追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

帰る間際の一騒動_3


「どうかされましたか?」
「あ……メアリーさん、なんでもありませんよ。お皿ありがとうございます」

 自分でもよく分からない違和感を覚え片付ける手が止まっていると、グレイではなくメアリーさんがお皿を持ってキッチンへと来ていた。
 俺はなんでも無いと言いつつ手に持っているお皿を受け取り、ぬるま湯につける。

「なんでもありません、は大抵なにかがある前振りですよね。秘密や第六感的な前兆でも感じましたか?」
「言いたい事は分かりますが、本当になんでもないですから」

 確かに物語で“なんでもない”って言うキャラが居たら「お前それ先に言ってたら被害抑えられたよな!?」みたいな重要な案件を抱えていたりはするけれど。だけど俺が今感じた事は重要……では、ないと思う。

「なら良いのですが。気になる事がありましたら遠慮なさらないでくださいね」
「はい、お気遣いありがとうございます」

 事実メアリーさんは違和感が無いようであるし、俺の勘違いだろう。
 変に気にし過ぎていても良くないし、忘れる事にしよう。

「ふふ、皆さん楽しそうですよね。シルバ君も初めよりは気兼ねなくなってきていますし、シキに来たのは良かったかもしれません」
「領主としてその言葉は嬉しいですが、感想はもう少し後になって影響を確認してからの方が良いと思います。どのような症状が出るか分かりませんよ」
「なんですかその病気の経過観察的な言い回しは」

 お皿を渡して会話はそこで終了せず、メアリーさんはまだ色々と話しているダイニングの方を向いて嬉しそうな表情で微笑んでいた。
 作ったような笑顔や言葉では無いので、良かったという言葉自体は本音であるのだろう。
 同じ転生者としての感じ方としては、先程俺が感じた喜びとは同じものかは分からないが。

「それで、愛については分かりましたか?」
「うっ……覚えていましたか」
「そりゃ覚えていますよ」

 新年早々シキ来て、愛を教えてくださいと叫んで、ヴァイオレットさんに勘違いされかけたんだから忘れない方がどうかしている。

「で、分かったんですか?」
「……色々な形がある、というのは分かりました。結局は愛というものは感じ方でどうとでもなる、という事でしょうか。なのでこれからも勉強していきます」
「そうですか……」

 実際俺だって愛の定義と言われても、正直よく分からないので偉そうに決めつけることは出来ないし、俺だってヴァイオレットさんとかグレイとかと一緒に理解はしていきたい。だからメアリーさんが言う所のこれからも勉強する、という言葉には賛成ではある。

「あんまり話しすぎるとヴァイオレットに嫉妬されてしまいますね。私は戻ります」

 賛成ではあるのだが、ヴァイオレットさんと俺に気を使って去ろうとするメアリーさんになにか言わないといけない気がした。質問でも自分の考えでもなんでもいいから、なにか……

「あの」
「はい、どうされましたか?」

 そして俺は自分の考えが纏まらない内に、戻ろうとするメアリーさんに声をかけてしまう。メアリーさんは俺の呼びかけに対し、少し疑問の表情で立ち止まって俺の言葉を待つ。
 俺が呼び止めたにも関わらず、待たせる訳にもいかないので思いついた事を言おうとして、

「……もし今年、グレイとアプリコットが入学する事になったら、少し気にかけてやってくださいね。アイツらは色んな意味で純粋ですから」

 そんな、俺はそんな当たり障りのない言葉をかけたのであった。

「はい、勿論ですよ。可愛い後輩のため、私に出来る事はしますから。クロさんに言った“誰かを幸福にするため”は変わらず私の信念ですから。その“誰か”の中で彼らは私にとって、少し特別ですから喜んでサポートしますよ」

 俺の言葉に対して、メアリーさんはヴァーミリオン殿下辺りが見たら喜びで発狂するのではないかと思うような微笑みを俺に向けながら返答をする。
 ……なんだろう、さっきのアレもそうだけど、このままで良いのだろうか? けれど何故そんな疑問を持つかもよく分からない。

「……そうですね。あの子達が無事入学するためにも、為さなくてはならないことを為さねばなりません」

 ただ、小さく決意に満ちた、聞き逃してはならないメアリーさんの去る間際に呟いた言葉を、俺は気付くことが出来なかった。

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