追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
帰る間際の一騒動_1
朝起きると、あたたかい、ぬくもりを感じていた。
火術石を使う暖房器具(魔法道具)や、毛布などでは感じられない、心地の良いぬくもり。
自身の体温と似ていて、自身の肌と同じような感触で、自分の身体よりは何処か若々しい、肌の感触。
「――ん、ぅ……」
そして僅かに漏れる吐息と、着ている服が擦れる、自身のモノとは違う、僅かではあるが身近に感じる誰かの音。
――ああ、そうか。昨日の夜、俺は……
昨夜の事を思い出し、自分の状況を理解する。
皆で温泉に入った後に、あのような事が起こり、結果として感情が抑えきれずにこのような状況になったのだ。
俺も慣れない――いや、初めての事であったし、どうすれば良いのかと不安であったが、なんとか朝を迎えられたようだ。
俺に寄り添う形で腕を掴んで寝ているその子は、昨夜のような緊張で怯えているような声ではなく、今は落ち着いたかのような声を発し、声は俺の耳に撫でるように入ってくる。今ではこの子の昨日の怯えが若干懐かしさすら覚えてしまうような、穏やかな表情で俺の隣で眠っている。
「さて」
しかし、このままという訳にもいかない。
いくら穏やかとは言えこのままの状態では俺も起きるに起きれ無いし、今日の朝食の準備は俺の仕事なのでそろそろ起きなくてはいけない。
昨夜の激しい声と体の運動を考えれば、まだ疲れて眠っているのだろうが一瞬だけでも起きて貰おう。
「悪いけど……」
そして俺は年相応の寝顔を見せる――
「――なぁ、グレイ、シルバ。朝食の準備をしたいから一旦起きてくれ」
両隣で腕を掴んで寝ている、グレイとシルバにそう告げた。
◆
「……昨日は取り乱してごめんなさい」
朝食時。
ひどく自己嫌悪に苛まれているシルバが、座った状態で朝食も食べずに謝ってきた。
なんと言うべきか、このまま放っておけば自己嫌悪でそのまま旅に出そうな勢いである。理由は簡単で、シルバ(とグレイ)が俺のベッドで寝る原因となった事である。
「あはは、いやでもシルバ君、雷苦手だったんだね」
「……昔からどうも雷は駄目で……」
原因。すなわち雷。
温泉に入って屋敷に戻り、少し経つと天気が急変して曇りだし雷が何度も鳴り響いたのだ。
俺は入れ違いに温泉に入ったカナリアの事がなんとなく心配になったので、一度温泉に行き「雷……怖い……!」と女湯で蹲り、俺の存在を確認するなり精一杯強がっていたカナリアを回収。そして天気が崩れきる前に屋敷に一緒に戻ると、
『雷……怖い……!』
と、ほんの数分前に聞いた事があるようなセリフを言うシルバが部屋の片隅で蹲りメアリーさんに慰められていた。
どうもシルバは雷魔法などは平気らしいのだが、自然発生する雷の類は苦手らしい。確かあの乙女ゲームだと……迫害を受け、シルバだけで逃げたボロボロの廃墟で雷雨に襲われ出るに出られず、一晩過ごす事になった事がトラウマになった、だっただろうか。
『じゃあ今日は私と一緒に寝ますか?』
そして恐らく邪心など無い心配したメアリーさんはあの乙女ゲームで出て来た似たよう事を提案した。
『おお、メアリーちゃん大胆! でも確かにこのままじゃ心配だね』
『ふ、ふふふ、私も一緒に寝て良いですよ。なにせエルフですからね!』
『リアちゃん、エルフ関係無いと思うし震えてるよ』
周囲も心配と悪乗り、あと打算的な事も含めてシルバ達が一緒な部屋で寝る所か同じベッドで寝る感じの流れになっていたのだが、
『……いや、付き合ってもいない成人男女が同衾をするな』
というヴァイオレットさんの一言で同衾は無くなった。しかしこのままシルバだけで寝れるような精神状態でもなく、どういう訳か俺と一緒に寝る事になった。そしてシルバに妙な感情を向けているグレイが「ならば私めも!」と妙な所で張り合って今朝の状況になったのである。
「でも、雪、凄いねー」
窓の外を見ながらクリームヒルトさんは外の天気の感想を言う。
昨日の雷は雪の前に鳴る雷の類であったのかは分からないが、ともかく今の外は吹雪いている。
「今日帰る予定でしたが、このままでは無理そうですね」
朝食を食べながら、メアリーは心配そうな声を出す。
流石にこの状態で馬車を出すのは難しい。出せない事も無いだろうが、危険性はあるので出来るだけ避けた方が良いだろう。
「くっ、我がもっと力を付ければこの程度の雪なぞ無効化できるというのに……!」
「広範囲の天気を操ったら世界的魔法使いですね」
「我にとっては世界的魔法使いになど通過点にすぎぬ!」
「アプリコット様であればいずれ為すことが出来ます!」
「う、うむ、そうであるな。分かっているでは無いか弟子よ!」
「…………」
あと、天気とは関係無いがアプリコットのキレがいつもより悪い気がする。
元気なので風邪とかでは無いだろうが、グレイに対しての反応が変わっているように思える。……俺の予想が正しければ、もしかしたらもしかするかもしれないが、今は見守るだけにしておこう。
「いざとなったらロボに送ってもらいますか? 全員一緒には無理ですけど、何回かに分けて隣町くらいまでならこの吹雪の中でも平気でしょうし」
「えっ、ロボの背中に乗れるのですか!? 是非お願いしたいです!」
「メアリーさん、あの不思議生命体? の事好きなんだね……僕は乗る? 気になれないよ……」
「あはは、良い子だよロボちゃん。ちょっと金属に覆われた不思議ロボなだけで」
「不思議ロボってなに。ロボって固有名詞になっているの、アレ」
「あ、でも吹雪の中だと錆びたり壊れたりしないのかな」
「大丈夫ですよ、なんだかよく分からない力で守られます」
「なんだかよく分からない力なら大丈夫だね!」
「大丈夫、じゃないよ!? なんだかよく分からない力ってなに!?」
なんだかよく分からない力はなんだかよく分からない力である。ロボ自身も理解していないのだからどうしようもない事である。
「いや、昨日ロボは“メンテナンスガ必要ナノデ”と言っていたが」
「あー、なら無理ですね。メンテナンス中は外装脱がないと駄目ですから」
ともかくロボならば大丈夫かもしれないと、もう少し雪の勢いが弱まったら頼みに行こうと思った所で、ヴァイオレットさんが思い出したかのように俺に伝える。
あの技術ならば外装を脱がずともメンテナンスできそうなものであるが、数ヵ月に一度完全に脱いで整備しないといけないらしい。そしてロボは素顔を誰かに見られる事を苦手としているので、メンテナンス中は終わってロボ自らが外に出て来ない限りは会ってはいけないのがシキでのルールである。
「そうなんですね。やはり、誰しも見られたくない事は有りますものね」
「本当に中に人? が居たんだ……」
その事を伝えると、メアリーさん達は納得しながら食後の紅茶を飲んでいた。シルバはロボの存在がまだ受け入れ切れていないようであるが、メアリーさんが納得しているので無理に自分に言い聞かせているように見える。
「ロボちゃんの本名はブロンドちゃんって言うんだよ」
「へぇ、綺麗な名前だな。ちゃん付けって事は……やっぱり女性なんだな」
「ロボちゃん自身も言っていたし、声も女の子でしょ?」
「いや、中身見えないから分からないよ。声とか自由に変えられそうだし。……ん、てことはクリームヒルトもロボ……さんの中身は見た事ないのか」
「あはは、まぁね。前に一緒に温泉に入ったけど、あのままの状態で入ってたし」
「入ったのか……」
あ、そういえばお客ばかりで紅茶がそろそろ切れそうだったな。今度買っておくか。
俺がそう思いつつ、皆の会話を聞きながら珈琲を啜る。
しかし皆紅茶派だな。王国では紅茶の方が親しまれているとはいえ、紅茶より珈琲を進んで飲むのは俺とアプリコット位だ。ヴァイオレットさんも紅茶派だし。
「というか、素顔見た事ある子って誰かいるの?」
「ああ、それなら――」
さて、そろそろ片付けを始めようかと思いつつ珈琲を一気に飲み干そうとした所で。
「クロ様だけですね。ロボ様の素顔をご覧になられたのは。メンテナンス中のロボ様の一糸纏わぬ姿をご覧になられたとか」
グレイのその言葉を聞いて咽かけて、
「クロ殿、もしや昔から女性の裸を既に見慣れているから、私の身体では満足できないのか……?」
「ごっ!?」
ヴァイオレットさんの追及で気管支に入りかけ、
「まぁ確かに私が昔、裸で迫ってもクロは断りを入れましたから、慣れているやもしれませんね」
「ごふっ!?」
カナリアの発言で思い切り咳き込んだ。
なんだ、昨日のヴァイオレットさんから貰った幸福の反動で家族から追及でも受ける日なのか今日は!
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