追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

温泉上がりに○○_1


「なんか女湯が妙に静かなような気がするな」
「そうですね。妙に静かだったと言いますか……あ、動かないでくださいクロ様」

 グレイ達と色々話しをし、これ以上入っているとのぼせそうであったので、あがって脱衣所にて服を着て涼んでいた。脱衣所とは言え簡易であり、単純に服を入れる用の籠やスペースがある程度ではある。しかし、温泉の熱気のお陰か冬の冷気を感じさせず、寒暖差があまりなく過ごすには丁度良い場所だ。

「なぁグレイ。もういいだろ、髪も乾いたし、そこまで熱心にやらなくても……」
「いいえ、駄目です。ただでさえクロ様は油断すると半乾きで過ごされて髪を痛めるのですから。この間も急に縫いたくなったと仰って半乾きだったでは無いですか」
「一応拭いているし、大丈夫だと思うんだが」
「駄目です。私めにお任せください」
「……はぁい」

 そしてその脱衣所で、俺は適当な場所に腰掛けてグレイに髪を乾かしてもらい髪の毛を梳かれケアをされていた。

「くっ、くくく……どっちが保護者か分からないな、クロ」
「うるせぇ変態医者」
「変態でなければ医者なんぞやって居られるか」
「世界の医者に謝れ」

 そして俺の様子を見てアイボリーは面白いものを見ているかのように、ニヤニヤと口元を笑わせながら俺を揶揄ってくる。さっさと帰って怪我の研究でもしていれば良いというのに、面白がって残りやがって。

「ふぅん、グレイって髪を梳いたりするのが得意なんだ」
「というか、グレイは珈琲とかを淹れるのも上手いし、全体的にああやって誰かに仕える系が得意なんだよ。父親大好きなヤツだから、クロアイツが喜んだ事は率先して覚えてるんだよ」
「そういえば紅茶美味しかったよね」

 珈琲や紅茶は俺が好んで飲んでたから見様見真似で淹れて、褒めたらとことん勉強しだしたからな、グレイは。髪も出会い当時に色々とボロボロだったから、まずは綺麗にして髪とかを梳いてあげたら覚えた訳であるし、純粋に喜んでもらえる事をするのが好きなんだろう。
 もし学園に入学したら、グレイが淹れた珈琲を飲めなくなるのが寂しくなるな。少し教えて貰わなくては。

「ふ、ふふふふ……梳いてケアをしていけばいくほど綺麗になっていくこの感触……良いです、良いです……! ですがクロ様の髪は梳くだけでは駄目です。いっそのこともう一度洗って香油を――!」
「おーい、グレイ、少し落ち着いてなー?」

 まぁ偶にこうやって暴走する時はあるが。俺の為を想ってやってくれているので嬉しいと言えば嬉しいのだが。

「……慣れているね」
「過ごして数年とは言え親子だからな。それにシキの領主をやれているんだ。あのくらいの対応はお手のものだろう」

 そのシキの民にお前も含まれているんだがな。腕は確かなので文句は言い辛いが。

「お前もグレイに教わったらどうだ。髪のケアは覚えておいて損はあるまい」
「いや、僕は別に……」
「覚えれば魅力が磨かれ愛しの女に一目置かれるかもしれないぞ」
「グレイ、教えてくれ」

 即落ちしてんじゃないぞこの男。というかアイボリーはシルバがどんな奴かこの温泉の会話でもう理解しているんだな。

「はい、構いませんが……」

 と、いつもであれば素直にかつ楽しそうに教えるグレイであるが、何故か少し複雑そうな声色であった。長年過ごしているのでようやく分かる程度の、ほんの僅かな戸惑いに含まれる……嫉妬? だろうか。とにかく妙な感情が含まれていた。
 ……もしかして急に学園に入学すると言い出したのは、シルバが関係していたりするのだろうか。

「なぁ、グレイ聞きたいんだが――」

 と俺が当たり障りのない感じに聞こうとしたのだが、思いがけぬ横やりでその質問が口から出ることは無かった。

『我を煽るが我とて今まで一緒に入っていたからな! 貴女達と違って我は混浴できる勇気はあるのだぞ! ヘタレでは無いからな!』
『コットちゃんは意識してなかったから出来た事でしょ!』
『なにを! 意識していようがいまいが我は一歩先を行っているのだ!』
『そこまで言うんなら私だって混浴くらい大丈夫だから! 神父様が居ようと居なかろうとガツガツ行く勇気くらい私にだってあるから!』
『え、ええ! 私だってそ、そのくらい出来ますよ!』
『私とて一度はクロ殿とい、一緒に入ったからな! 家族一緒に入るくらい平気だ!』
『あはは、行っちゃう? じゃあ行っちゃう!? この姿はだかのまま皆で突撃しちゃう?』

 そして唐突に聞こえてきた声に、俺とシルバは目を見合わせた。
 アイボリーは露骨に面倒くさそうな表情になり、グレイは「皆さんで入るという事でしょうか?」と、単純により賑やかにお風呂に入れるのかな、という感じの表情である。
 何故そのような会話になったかも分からないし、いきなり声が聞こえ始めたのかも分からない。ただ、分かる事は彼女らが暴走している事。そして男湯に突撃しそうである事。
 ならば取るべき行動は一つだ。

「男湯の入り口封じておくか」
「そうだね」

 下手をすれば破壊して入ってきそうだが、その場合は中から声をかけて大人しくなってもらおう。少し時間を置けば外の冷気で頭も冷えるだろう。

「なんだお前ら、愛しの妻や女と一緒に入りたくは無いのか。合法的に見ることが出来るチャンスだろうが」
「こんな方法で見ても嬉しくない」
「他の男に見せたくはない」
「見たくないのか?」
『見たい。けど、恥ずかしい』
「お前ら妙な所で……いや、なんでもない」

 今、確実にヘタレかなにかそれに準ずる言葉を言いそうだったな。
 だけど今そのまま流されたら、ヴァイオレットさんは恥ずかしさで暫く視線を合わせる事すらしなさそうなので遠慮願いたい。

「よく分かりませんが、私めは皆さんと入れるのならば楽しそうであるので、もう少し入っていても大丈夫でしょうか? アプリコット様の髪を洗いたいですし」
「やめておけ。多分、暴走だから変に居ると巻き込まれるぞ」
「?」

 会話の内容的に、グレイだけが残ると変な扱いを受けそうである。
 疑問符を浮かべるグレイの手を引いて、俺達は温泉の扉を封じるのであった。

「あ、あれ? せっかく温泉に辿り着いたのになんで閉まっているのでしょう? お、おーい開けてくださいー! 意地悪しないでくださいー!」
「……カナリア、こっちは男湯だ」
「え、クロ? ……あれ、いつの間に男女別になったのです!?」
「前に言っただろうが!」

 そして封じた直後に、男湯に入ろうとしている温泉に来たであろう、ヴァイオレットさん達の暴走とは関係ないカナリアの声が外から聞こえて来た。相変わらずの抜けっぷりである。多分もう少し早く来ていたら迷わず入って、迷わず脱いで一緒に入っていただろう。
 というか辿り着いたってなんだ。もしかして辿り着けなかったことがあったのか。

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