追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

銀が慣れてしまうまで_1(:灰)


View.グレイ


 白い雪は積もっているが降っていない、そんな雪だるまや雪の創作物を作りたい衝動に駆られるような、とある日の冬の早朝。
 私とアプリコット様は昨日謎の事故のため出来なかったクリームヒルトちゃん達のシキの案内へと繰り出していた。
 昨日のようにクリームヒルトちゃん達三名だけでも良いとは思うのだが、何故かアプリコット様が案内をするというので私も付いて行く次第だ。明言はしないが、アプリコット様は昨日の事故に関連して案内を申し出た気がする。

「あはは、寒い! 白い! 誰も起きていない! ひゃっふーう!」
「クリームヒルト、お前はもう少し落ち着け! 成人した者としてはしたないぞ!」
「ふふ、新雪で積もった雪景色の前には老若男女関係無いんだよシルバ君! ほら、誰も踏んでいない所に足跡つけるってなんだかワクワクするよね!」
「気持ちは分からないでも無いが――」
「だーいぶ!」
「それは危ないからやめておけ!」

 降り積もった雪の我が屋敷の庭の先にて、クリームヒルトちゃんは走り回って燥いでいた。私と同程度の身長で小柄なせいか、年齢よりも幼く見えて小さな犬種を彷彿とさせるような笑顔である。
 シルバ……様は、そんなクリームヒルトちゃんを止めようとして小さな雪玉をぶつけられ、少し経つとやり返し雪合戦を始めていた。私が見ているとクリームヒルトちゃんが「グレイ君もやろうよー」と言ってきたので、アプリコット様の方を見る。

「参加してくればよいぞ、弟子。遊ぶ友というのは貴重であるからな」
「はい!」

 私は返事をすると、手に持っていた温かい飲み物の入った魔法筒を近くに置き、雪合戦に参加した。
 ここ数日は色々と対応に追われていたり、風邪をひいたりしていたので雪遊びするのは久々である。さらには相手が年下の私に対しても親しく接してくれているクリームヒルトちゃんだ。楽しまなくては。

「しかし、早朝からでなくても良かったのではないか?」
「昔読んだ本で、冬は早朝が素晴らしいって歌がありまして。冬と言えば晴れて日が差し始めた朝が良いと思いまして」
「ふむ、確かに分かる気はするな。時にそのうたとはどのようなうたなのだ、紅き双眸の金獅子メアリーさん?」
「ええ、春はあけぼのという――」

 私達が雪合戦をしている中、少し離れた所で微笑ましそうに見ている、いつもの服装のアプリコット様とマフラーなどの簡単な防寒具を身に着けたメアリー様。両者は年齢もそう変わらないせいなのか、どこか友達同士のようにも見える。
 以前の私であれば両者が二人きりで話すのを良くは思わず止めていただろう。今も完全に気を許した訳では無いが、以前……学園祭の頃にお会いしたメアリー様と比べると、今のメアリー様は少しだけ親しみが持てるような感覚があるので、特に警戒する必要も感じられない。どう変わったかと言語化すると難しいが、とにかく今は平気である。

「あはは、喰らえ私の必殺アンダースローホップアップ!」
「この、喰らえ、僕の両手同時っ、わぷっ!?」
「シル――」
「シルバ君!」

 両手に手の平サイズの雪玉を持ったシルバ様が、突然コケて万歳状態で雪の上に倒れる。
 それに気づいたクリームヒルトちゃんは名前を呼んで素早く駆け寄ろうとして、それよりも早く話していたメアリー様がシルバ様に駆け寄った。
 雪の上であるというのに素早い動きは、慣れていないにも限らずに不思議なほど綺麗な所作であった。

「大丈夫ですか!?」
「う、うん、大丈夫だよ。雪がクッションになったから……」

 慌てて心配をするメアリー様に対し、シルバ様は少し戸惑って大丈夫だと報告する。
 シルバ様は身体に怪我を無いか見られることに対して顔を少し赤くして、すぐさま立ち上がり大丈夫だとアピールする。
 その様子を見てメアリー様は安堵したような表情になった。……なんと言うべきかは分からないが、弟を心配する過保護な姉、という感じがする。

「雪には気をつけて下さいね。足が取られやすいんですから」
「いや、雪じゃなくってなにかに躓いて……ん?」
「躓いた? それって……え?」

 私とクリームヒルトちゃんも大丈夫かと駆け寄るとシルバ様は躓いたと言い、その躓いた辺りらしき場所に視線を向ける。私達がその場所に目を向けると、明らかに地面の色ではない部分が露出していた。

「褐色の――肌?」

 そして褐色のの色らしきものは、こちらの言葉に反応したかのように動き、もぞもぞと起き上がり始めた。

「モンスター!? え、人ですか!?」
「メアリーさん! ぼ、僕の後ろに下がって!」

 警戒するメアリー様達。庇うようにシルバ様がメアリー様の前に立ち、メアリー様はいつでも前に出て庇えるようにシルバ様の肩に手を置き警戒態勢を取る。
 その起き上がり始めた人物らしき方は、動きと共に被った雪が落ちていき段々とシルエットがハッキリしだしていく。

「あ、おはようー、グレイお兄ちゃん達。良いお昼寝日和だねー」
「おはようございますブラウンさん。お昼寝中でしたか?」
「うん。ふらふらーって来たら、ちょっと眠くなって。ここで蹲って寝てたんだ。……あれ、おかしいな。太陽が東に有るよ?」

 やはりというか、起き上がって来たのはブラウンさんであった。相変わらず高い身長で羨ましい。私も彼のように眠れば身長が伸びるのだろうか。

「おはよーブラウン君。もう、駄目だよ雪の下で寝てちゃ。寝るならキチンと自分の部屋でね!」
「うん、分かったよクリームヒルトお姉ちゃん。……じゃ、今から帰って寝るね。お昼寝は済んだし」
「あはは、うん。寝る子は育つって言うし、温かくして寝てねー。あ、刀忘れてるよ」

 クリームヒルトちゃんは眠そうに目をさするブラウンさんに、武器である彼女の背丈よりも長い武長い刀を持たせ、笑顔で手を振り見送った。
 そして歩いて私達に寄って来たアプリコット様は、シルバ様に怪我や霜焼けが無いのを確認すると杖を教会の方へと向けて私達に告げる。

「さて、雪合戦も一区切りした事であるし、我達も行くとするか。まずは朝の祈りをやっている教会からか」
「そうですね。あ、荷物取ってきます」
「ほれ、弟子が持っていた荷物だ。取りに行かずとも良い」
「流石ですね、アプリコット様!」
「待って! 今のはスルーして良い問題なの!?」

 いつもの事なので私達が案内を始めようとすると、何故かシルバ様が慌てた表情で私達に問いただしてくる。
 慌てるという事はなにか理解できないか大変な事があったという事だが、なにか不思議な事でもあったのだろうか?

「ええと……あの男の方に会うのは私も初めてですが、あの方は一体……?」

 メアリー様も珍しく理解出来ないかのような表情で私達に聞いてくる。
 ただ、慌てるシルバ様と違ってあくまでも冷静に聞こうとしているが。ともかく、疑問を浮かべられたのなら答えておこう。

「彼はブラウンさんです。私めやアプリコット様とよく遊んだり修行をしたりして、よく色んな所で眠っておられる方です」
「私と初めて会った時も温泉のお湯の中で眠っていたし、その後も良く立ったまま寝てたりする子だよ」
「雪の下で寝ているのも去年や一昨年も見た光景だな。危ないから我も気をつけるようには言っているのだが……妙な加護があるお陰で平気なので心配は要らんらしいが」
「そうなんですね……」
「……落ち着こう。昨日も少しだけ変わった方々には会った。まだ慌てるな、僕……!」

 私達が説明すると、メアリー様は少し信じられないようにブラウンさんの背後を見やり、シルバ様は何故かブツブツと自分に言い聞かせていた。
 するとなにかに気が付いたかのように、メアリー様は私の方を見る。

「あれ、グレイ君がさん付けって珍しいね。基本的に様付けなのに」
「年下の友に様付け、というのも妙な感じがしまして。さん付けで呼んでおります」

 私にとっては多くの方は尊敬すべきお方だ。
 様付けは基本であるが、あまりも自分を謙ると相手にも失礼だとクロ様に言われたので、来客でない限りは年下の方はさん付けで呼ぶようにはしている。

「……年下? グレイ君って、幾つでしたでしょうか?」
「十一です」
「……あの方、ってお幾つですか?」
「七歳です」
「……育っていますね。身長はクロさんと同じくらいじゃないですか?」
「はい。ここ数ヵ月で伸びて、クロ様を抜かれました」
「あ、やっぱり? 前見た時よりも大きくなったと思ってたんだ」

 余談ではあるが、クロ様はその事実にショックを受けていた。クロ様も平均よりはあるとは思うが、子供だと思っていたブラウンさんに抜かれたのはショックであったらしい。ヴァイオレット様はその様子を見て「今ほどの身長差の方が、……もしやすいのだが」と呟いていたが。何故かその後赤い表情になってはいたが。

「落ち着こう。田舎ではのびのびと過ごしているから、人族の子であろうとも育っているんだ。別に変な事じゃない……七歳は成長期なんだ……」

 シルバ様はまたもや小さな声で自分に言い聞かせていた。
 ブラウンさんはエルフとドワーフと人間とオークの血が混じった混血であるのだが、見た目は人族であるし、今話しかけても聞いて貰えそうにないので後で訂正しておこう。

「よ、よし、じゃあ行こうか。ええと初めは昨日も会った……な格好のシスターさんが居る所だったっけ」
「うん、えっちい格好をしたシアンちゃんの所だよ!」
「うっ……折角濁したのに……」
「クリームヒルト。女の子があまりそういうことを言うんじゃありません」
「あはは、でもえっちいでしょ?」
「…………あれは教義的な格好ですから。いえ、あの深いスリットは教義に関係無いですが」

 クリームヒルトちゃんの言葉に、メアリー様は言い辛そうな表情で返答していた。
 私はあまりシスターというものを見ないのでよく分からないのだが、シアン様の格好はそんなにも珍しいのだろうか。学園祭で見た他のシスターの方々は確かに違う格好をしていたが。

「……あの女性、その、刺激的だから、僕はあまり見ない方が良いのではないんじゃないかなーって思うんだけど」
「確かに刺激的かもしれぬし、昨日の事故の件などで自由奔放なシアンさんばかり見ているかもしれぬが……」

 少し行き辛そうにしているシルバ様に対し、アプリコット様は少し得意気な微笑みを浮かべてポーズをとる。相変わらずその所作は美しく格好良い。いつかあのような仕草を自然に出来るようになりたいものだ。

「だが、彼女は間違いなく立派な修道女シスターである。このままだと、貴殿に勘違いされたまま終わりそうであるからな。朝の祈りを見ればそれが分かるだろう」
「そう……なの?」
「ああ、そうだ」

 疑問顔なシルバ様に対し、不敵な笑みを浮かべて先導していくアプリコット様。
 私の師匠は相変わらず頼もしく、尊敬できるお方だ。

「…………むぅ」

 だけどその笑みをシルバ様に向ける事に対し、何故か胸のあたりにモヤモヤが襲った。





備考:各々のおおよその身長(一月現在)
クロ      170後半
ヴァイオレット 160半ば
グレイ     150前後
アプリコット  150半ば
クリームヒルト 150未満
メアリー    170程度
シルバ     160程度
ブラウン    180超え

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