追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

特に意味の無い夢(:菫)


View.ヴァイオレット


 ある日の夜。私は夢を見た。

 事故の処理や義兄様達との雑談と嫁査定。薬の副作用でよく眠っていたクリームヒルトや妙に大人しいシルバなどへの対応。ここ数日行われていたヴェールさんのモンスターの調査報告を受けて、問題は無いがまた調査を行うかもしれないという話を聞いた、そんな夜。
 昨日のような女子会とやらは開かなかったが、様々な事を目が覚めて元気があるクリームヒルトやゲン義兄様達と話し、寝るのが二日続けて遅くなった。更にはいつもより疲れていたのもあり、クロ殿が叫んでいた言葉を頭の中で何度も思い返していると、いつのまにか寝てしまったようだ。

――ここは……?

 そして夢の中で見たのは、不思議な場所に居る私。夢の中で夢と認識できるのだから、明晰夢というヤツなのだろう。
 だが不思議な事に、その夢は私の全く知らない風景の場所であった。夢とは基本的に記憶の整理という話を昔学んだことがあるので、私の想像もした事の無い知らない場所に少し戸惑いつつ、夢なのだからそんなものかと、夢のせいか上手く働かない思考で結論付けた。

――明晰夢なら、クロ殿が出てくればよかったのに。

 そして夢だからこそ出来る事をやりたかった。
 なにをやるのかと問われれば悩む所ではあるが、とにかく普段出来ない事をやってみたい。例えばクロ殿をお姫様抱っこをするとか……あ、そういえば以前メアリーがやっていたな。今度は現実でクロ殿に……

『――クロ君!?』

 と、夢の中で登場した誰かが、クロ殿の名前を呼んだ。
 その言葉に反応して声がしたと思う方向を向くと、相変わらず見た事の無い場所で見た事の無い誰かが居て。その呼びかけた先には――

『大丈夫、どうしたのその血!? 事故、事件!?』

 背は私より低い程度の、黒い髪にクロ殿碧い目とは違う黒い眼の少年。血に濡れて、何処か虚ろな雰囲気を持つ少年であった。

『ご安心ください。これは襲われた時の返り血で俺自身は怪我をしていません。不作法なので洗おうと思ったのですが、閉園時間に間に合いそうになかったので。以前は時間を過ぎて迷惑をおかけしましたから』

 少年はエプロンを付けた女性に対し深々と頭を下げ、大丈夫だと変わらず虚ろな雰囲気のまま告げていた。その後に「妹を引き取りに来ました」と言い、心配をする女性を他所に妹らしき小さな少女を引き取ろうとしていた。
 妹らしき白い髪の少女はクロと呼ばれた少年を見るや否や嬉しそうに駆け寄り、血塗れにも関わらずそのまま胸にダイブし「おかえりー」と笑っていた。
 異様な光景に女性はなにも言えず、少年と少女は何処かへと帰っていった。

――なんだろう、この夢は。

 登場する者達を誰も知らない。似た本を昔読んだ記憶も無い。
 クロ、と呼ばれた少年は何処かクロ殿と似ている気はするが、似ているだけで何処かが違うとも感じ取れた。
 しかしそんな私の疑問を無視して、不思議な夢は続いていく。

『お兄ちゃん、お兄ちゃん』
『どうした、妹ちゃん』
『お母さんって、めったに帰って来ないけど、何処行っとるんや?』
『あまり気にしない方が良い。大きくなったら分かるよ』
『そうなんけ。私がのくてぇさけ、分からんのやの。ま。別にだんねけど』
『というかなんだその喋り方。わざとらし過ぎるだろその方言は』


『兄さん、兄さん』
『どうした、妹さん』
『兄さんに言われて笑うようにしたんだけど、私の笑い方って、変かな』
『……どうだろうな。笑い方なんて人それぞれだし』
『このゲームに出て来るキャラみたいに笑えば良いかな。あーはっはっはっは!』
『いきなりそんな悪役キャラの高笑いを通常の笑い方にしたら驚くわ』
『じゃあこのキャラの……おきょきょきょきょきょ!』
『何故それを選んだ。……というか凄いキャラが登場する乙女ゲームだな。……乙女ゲームってこんなのが多いのか?』
『まぁ主人公が変身できて、選択で地蔵に変身しておけば大抵正解な乙女ゲームもあるし』
『マジかよスゲェな』


『お兄様、お兄様』
『どうした、妹様』
『習っている空手辞めたい。誰も相手にならないし、つまらない』
『別に良いが……単にゲームをしたいだけじゃないだろうな』
『うん! 今度発売するRPG+乙女ゲームっていう悪魔合体したゲームの為に時間を作りたい!』
『おいコラ。……まぁ、良いか』


にいにい
『どうした、妹』
にいってよく私のするゲームを見ながら服縫えるよね。手元狂わないの? しかも手縫いで』
『こういうのは慣れだし、大丈夫な作業の時に縫っているからなぁ。まぁ大丈夫だよ』
『そうなんだ……あ、また死んだ!? なんで!?』
『気のせいでなければ、その乙女ゲームキャラよく死ぬよな』
『うん、今回は■■■■■■■殿下を一人にしないよう護衛を申し出たら、次の朝嫉妬に狂ったキャラに主人公ヒロインが殺されていたよ……』
『普通そこは攻略対象ヒーローを一人にさせたら死んでいるパターンが多いが、外してくるな……女の嫉妬というヤツを表現したのだろうか』
『ちなみに殺したのは攻略対象ヒーロー好きで嫉妬に狂った男キャラだよ』
『マジかよ』


『兄貴、兄貴』
『どうした、貴妹きまい
『ようやくこのゲームトゥルーまで辿り着けたよ』
『おお、ようやくか。理不尽はあったけど、■■はこのゲーム好きだったから辿り着けて良かったな』
『うん、長かった……理不尽があるくせに面白いのが悔しかったよ……あ、でも』
『でも?』
『色んなキャラは幸せになったんだけど、結局あのキャラだけは幸せにならなかったなぁ』
『あのキャラ……ああ、悪役の――』


 まるでツギハギだらけの記憶を読み取っているかのように様々な風景と、少年少女の会話が流れていって――

「――っ!」

 と、そこで目を覚ました。
 周囲を見渡すと、よく見慣れた部屋に、ベッドで眠っていて。隣には「一緒に寝る!」と言ってすやすやと寝ているクリームヒルトと、「ならば私も!」と言って同じく寝ているメアリーが居る。
 それ以外は特に代わりの無い、かけてあるものが無いと肌寒いような、私の部屋だ。
 何故あのような夢を見たのだろうと夢を思い返そうとするが、内容はあまり思い出せなかった。
 生き物は起きると夢の九割を忘れるという。だから私も思い出せないでいるのだろう。
 無理に思い出す事も無いと、私は気にしないことにした。
 所詮は只の夢なのだから。





備考:翻訳
『そうなんけ。私がのくてぇさけ、分からんのやの。ま。別にだんねけど』

『そうなんだ。私が馬鹿だから理解できないんだ。ま、別に良いけど』

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