追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
その頃の攻略対象達_5(:茶青)
View.アッシュ
「くっ、強くなったね弟達よ……」
「ぜー……出来ましたら、別の機会でその言葉を聞きたかったです……せめてこの年始の期間は城に居られて父上をご安心させてください……」
「はーい」
私達は息を切らし、いつの間にかドレスから着替えて王城から抜け出そうとするスカーレット様を捕まえることが出来た。
身体能力だけで言えばシャルレベルを有し、魔法に関しては満遍なく優れ、冒険者稼業で実戦経験も有りし方だ。騒ぎにならないように捕まえるのも一苦労であった。
「……でも、本当に変わったね、ヴァーミリオン」
「なにがですか?」
「いや、今までの貴方なら、私が抜け出そうとしても誰かに任せて自分は追い駆けて来なかったのに」
「……? 確かに……そうかもしれませんね……?」
疲れているヴァーミリオンを興味深そうに観察し、その疑問にヴァーミリオン自身も不思議そうな表情になる。……しかし、第三王子が第二王女の両手首を後ろで掴んで動けないようにしているのは異様な光景である。
「アッシュも貴族以外の執事とかに私を見かけなかったか聞いてちゃんと感謝していたし、シャルもいつもよりは冷静に見ていた気もするし、エクル君も以前見た時と比べて雰囲気変わった気がするし……昔と変わったね」
言われてみれば私も変わったのだろうか。
かつて私がメアリーに涙を浮かべられながら頬を叩かれた事がキッカケであったように、シャル達もなにかしらの影響を受けて変わりはした。今はまだ変わろうとしている最中なので、それが良い事なのかは私ではまだ判断できないが……
「以前よりは今の方が好きかな、私は。やっぱりメアリー・スーの影響?」
少なからず周囲の者達には良い変化だと言われることが多い気はする。
父様は私の変化にあまり良くない表情を浮かべるが、母様には笑顔を向けられる事も多くなった。
メアリーの影響ならば、それは喜ばしい事なのだろう。何故かは分からないが嬉しくなる。
「私の場合はメアリーの影響も大いにありますが、ハートフィールド男爵の影響もあるかと」
「クロ君の?」
「最近同級生に奇行に走る輩が多く居るのです。それに頭を悩ませるのですが、以前私が行ったシキ……それ以上の者達が居る所を思い出すと、不思議と冷静になりまして。まずは出来る事を頑張ろうという気になるのです」
「……そっか。アッシュも苦労しているんだね……」
付け加えると奇行に走る輩とは、まだマシであるがここに居るヴァーミリオンやシャルも含まれる。
だが、少年好きを昂らせ家庭教師になって少年の元へと教育しに行きたいと願う女同級生や、シスターへの感情を拗らせ神父になりたいと願う男爵令息や、野菜と一緒に寝る生徒、黒魔術の格好をしだしてついには浮き始めた生徒などと比べればマシではあるのだが。
「ますます会いたくなったな、メアリー・スー。……ねぇ、ヴァーミリオン」
「駄目です」
「まだなにも言ってない。ねぇ、手を離してくれない? ほら、ドレス姿をお父様に見せて最低限の役割を果たしたからもう居なくても大丈夫だって!」
「駄目です」
「弟の妃候補を姉として見たいの! だからシキに行かせて!」
「駄目です。というより、メアリーに会う事とシキに行く事の関係性は無いはずです」
確かにスカーレット様は不思議な事を仰る。
まるでその言い方ではシキにメアリーが居るような口ぶりであるが。
「え、彼女って今シキに居るんでしょ?」
「……どういう事ですか?」
「えっと、かなり綺麗な行商の方と学園長が話している所を聞いたんだけど、シキには今錬金魔法の使い手がいるーって」
「それはクリームヒルトでは? ええと……メアリー以外にも後一名錬金魔法を使う者が居るのです。アイツはヴァイオレットと仲が良いですから」
錬金魔法の使い手、というだけならばネフライトも当てはまる。
それだけでは不確定であるし、ヴァーミリオンの言うようにネフライトの可能性の方が高いだろう。彼女はシキにも見事に適応した感性の持ち主であるし。
「いや、錬金魔法の使い手がどちらも居るって話だけど」
「……成程」
どちらも、と言うならばメアリーも居る事にはなる。だが、行商をする者と学園長の話など信憑性に欠けるだろう。行商の者は文字通りピンからキリまで居る。信用が大切だとする者も居れば、騙そうとする者も居る。ましてや情報を取り扱う輩など、こちらが信用した相手でなければ参考にする事すら危うい――
「スカーレット姉さん。俺もシキに行きます。俺も一緒に行く協力をして頂けるならば、姉さんが抜け出せるように根回しをしましょう」
「ヴァーミリオン?」
なにを言いだすのだ、この国の将来を担う可能性がある第三王子は。声色が真剣であるが本気では無いだろうな。
「待て、ヴァーミリオンはまだパーティーにて役割がある。それに行くのならば護衛が必要だろう。騎士団長である父や他の者達は要職者達の護衛にて行けぬが、その息子である俺ならば自由に動けて信用もある。俺が行こう」
「シャル?」
なにを言いだすのだ、この騎士団長と大魔導士を親に持つ将来有望な幼馴染は。こっちも声色が本気である。
「いや、私が一緒に行こう。シャトルーズは騎士団長の息子というだけだ。私ならばすぐに護衛を複数名付けることが出来るし、国王陛下にも私の実力は買われている。私の方が信頼は厚いだろう」
「エクル?」
なにを言いだすのだ、この魔法に優れた国王様にも一目置かれている眼鏡をかけた伯爵家令息は。無駄に眼鏡を光らせるな。
「待て、お前ら。そんな不確定の情報を頼りにシキに行くというのか? 行商者相手なんて信憑性に乏し――」
『メアリーが居る可能性があるならば行くしかないだろうが?』
なんだコイツら。なにか精神汚染系の魔法にでもかかっているのだろうか。
なんでそんな「なに当たり前の事を聞いているんだ?」みたいな表情を浮かべているんだ。馬鹿か。馬鹿なのか?
ヴァーミリオンがメアリー成分が足りないとか言っていたが、まさかこいつらも似たような症状にかかっているというのか?
「そうだ、いっそ私達全員で行けばいいのではないか?」
「確かに。第三王子、フォーサイス家令息、現騎士団長の息子である俺……これだけ居れば戦力的に申し分あるまい」
「確かに。俺達ならば刺客であろうと対応できる。アッシュは来ないようであるし、後はアッシュに任せて俺達はシキとやらに向かっても良いかもしれん」
コイツら私にどれだけの負担をかける気だ巫山戯るな。
戦力的には申し分ないだろうが、コイツらが抜け出したら立場的にも色々と邪推されるだろうが。
だがコイツら声と表情が本気である。今の内に空間歪曲石の使用禁止名簿にコイツらを記載して移動を封じた方が良いかもしれないレベルである。
「……なんだろう、弟達の将来が心配になって来た……違う意味で彼女に会った方が良い気がしてきたよ……」
ある意味元凶であるスカーレット様のそんな呟きを辛うじて聞きながら、私はコイツらの説得に当たり、一時間後にはどうにか全員の説得に成功した。正直この一時間は私の持つ全ての能力を発揮できたと思う。
いつの日かメアリーが「偶には自分の最高能力を出さないと、本気の出し方を忘れてしまうよ」と言っていたが、もっと別の機会で発揮したかったものである。
……今年はこのような事が起こり続けないように、この後祈る事にしようと思う。
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