追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
萌黄による質疑応答書_3
「――では、調査に対するご協力ありがとう」
俺達の事故に対する一通りの話も終わり、ヴェールさんは俺達が話した事を空中に浮かんだ紙とペンで書き記し纏めていた。なんでも自動的に書きたい事を書いてくれる魔法だとか。なんか本当に大魔導士っぽくてカッコいい魔法である。本当に大魔導士ではあるけれど。
「まぁ魔力の暴走かな。魔力の暴発という結論になりそうだ」
今回の件がどうなるのかを問うと、アプリコットとシルバの互いが闇魔法を得意としているので、その魔法が不意に発動した、という形になるとの事だ。当事者を注意するだけにして、事件ではなく事故にするらしい。報告も大々的にはせず、一地方で起きた事故程度に収めるらしい。
その報告を聞いてシルバが少し居辛そうにしていたが、メアリーさんがこっそりと手を握って首を横に振り所作で「シルバ君のせいでは無いですよ」と優しく微笑んでいた。……あれは素なのか、まだ抜け切れていない状態なのかは分からない。
「ふふ、しかし色々な事を聞けて楽しかったよ」
その様子をチラリと見て、ヴェールさんは子供の恋愛を微笑ましく見守る大人な女性のような笑みを浮かべていた。
正直な所質問の内容が妙にずれていたというか、ヴェールさん自身が揶揄うために質問してきた内容が多かった気がするが、洗脳されていないかとか親しい者同士の証言は無効とか事件分析としては間違いではない内容なのが質が悪かった。
何故俺は事故の質疑応答でヴァイオレットさんが大好きである事が真実であると大声で叫ばなきゃならんのだ。事実だしヴァイオレットさんが顔を赤くして可愛い姿を見れたから良かったが。
「ああ、それとクロ君。もう少し尋ねたい事があるのだが、良いかい?」
メアリーさんがヴァイオレットさん達と話しているのを見て、気付かれないような声で俺に問いをかけてくる。……【認識阻害】をかけているかもしれないな。
「……構いませんが」
「警戒しなくて良いよ……とは言えないね。色々恥ずかしい思いをしただろうから」
「自覚あるんですね」
しかし事故関連に対しての質問ならば答えないといけない。もし呪の力の影響とかで俺の精神状態を疑っているようならばもう一度くらいなら好きだと叫ぶのも――いや、止めておこう。俺もヴァイオレットさんも精神が持たなさそうだ。
「メアリー君とキミって、同郷だったりするのかい?」
「はい?」
しかし聞いてきた内容は少し想定外の質問であった。
メアリーさんと俺が同郷と問うが、そもそもメアリーさんが何処出身か知らないんだけどな。もしも前世の事を言うならば、日本という国に住んでいた、という大まかな種別で言うなら同郷かもしれないが、そんな話では無いだろう。
「違いますよ、そもそも俺メアリーさんの出身地とか知らないですし。もしかしたら実は同じ所に住んでいて幼少期に会っていた……とか言う可能性もありますが、恐らく無いかと」
「そうかい。ではクリームヒルト君とは?」
「同じく彼女の故郷を知りませんね。何処か地方出身……とは言っていた気がしますが」
あの乙女ゲームの設定的にも、彼女の言葉からもクリームヒルトさんの出身地をよくは知らない。同年代が少なくて、田舎という事は覚えているが……そういえば、クリームヒルトさんやメアリーさんって年末年始に故郷に帰らなくて良かったのだろうか。
冬休みとか主に帰省する生徒が多いだろうに。シルバは天涯孤独だから分からないでも無いが……
「しかし何故急にそんな事を?」
「……ああ、キミたちの身体――」
「身体が素晴らしいから、身体を育む地に行けば楽園があるのではないか、という答えは無しでお願いしますね」
「それを封じられたら私は黙るしかなくなるな!」
堂々となにを言っているんだこの変態は。
……だけど回答に妙な間があったな。ヴェールさんはなんというか、俺達に妙な疑いをかけている気がする。普段の変態性で大分紛れているが。
「大体俺の故郷はゲン兄達とは確実に一緒ですが、兄達を見てどう思いますか?」
「悪くは無いが興奮には至らないな。……ふむ、やはり素晴らしい肉体はそう簡単に生まれる訳では無いという事か……」
質疑応答という事で席を外しているゲン兄達について聞くと、そのような回答が帰って来る。……やはり違和感があるな。兄達に興奮していないのは確かだろうが、別の所でなにかを隠しているような感覚である。
「という訳でお詫びに身体を触らせてくれないか」
「なにがという訳で、ですか」
文脈が飛び過ぎである。
どういう結論に至ったら俺がヴェールさんに身体を触らなせないといけないのだろうか。
「ほら、私一応子爵家の者だろう? 大魔導士って偉い立場だろう? なのに言葉を封じた罰というヤツだ」
「ほら、じゃないし今思いついた適当な事ですよね」
「じゃあ、学園長先生の調査報酬の前払いは?」
「じゃあ、でもない」
「触らせてくれたら調査の質も上がるかもしれないが……」
「そう言いつつにじり寄って来るのやめてください」
ジリ、ジリ……と間合いを詰めてくるヴェールさん。
これは本気でそう言っているのか、俺が疑いをかけているのを感じ取って誤魔化そうとしているのか分からない。出来れば後者であって欲しいが、目が真剣そのものなので隙あらば俺の身体を触ろうとする痴女にしか見えない。
「あまりクロ殿に近付かないでもらえるだろうか」
俺がどうするべきかと困っていると、ヴァイオレットさんが俺達に割り込む形で入って来た。
少し情けないが、割り込んできてくれたお陰で助かった。
「おっと、申し訳ない。些か近付きすぎたようだ」
ヴェールさんはヴァイオレットさんが割り込んで来たのを見ると、すぐさま一歩下がって距離を取り謝罪の言葉を口にする。相変わらず俺以外には子爵家の大魔導士としての振る舞いは中々崩れないな。……あまり嬉しくない特別扱いだな、俺。
「……ヴェールさん。貴女は以前均整の取れた身体が好きと言っていたが、もしやクロ殿の身体を……?」
と思っていると、ヴァイオレットさんがいきなり核心をついて来た。
会話を聞いていたのか、行動を見ていたのかは分からないがヴァイオレットさんはヴェールさんに対して疑いを持っているようだ。
……これがヴェールさんが浮気しようとしていると思っているのか、俺が狙われていると思っているのか、俺が賛同して俺もヴェールさんと浮気しようとしているのかで俺も対応が変わるが、下手に動くことも出来な――
「言っておくが、クロ殿の身体は私の方が遥かに好きであり、誰にも渡すつもりはないからな」
…………どうしよう、下手に動くことが出来ない。
「ほほう、惚気は結構だが言葉だけではなんとでも言える」
「……つまり、どうすればいい?」
「ヴァイオレット君が思う好きの証明をすれば良いだけだよ」
「……ふむ。身体にキスをすれば良いのだろうか?」
「やめて」
それをされたらヴェールさんに触られたトラウマは消えるけど、グレイ達の前でそれをされた羞恥でしばらく立ち直れなさそうである。
「……さて、質疑応答書の最後には“クロ・ハートフィールド男爵夫妻は仲睦まじく、キスをするのも憚らない”と記しておくか」
「構わない」
「やめて」
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