追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

のろけ_4


「さぁて、お取込み中の所悪いが良いだろうか」

 俺がヴァイオレットさんの手を握り、末永くよろしくという日頃から思っている事の意思表明をしていると、ヴェールさんが扉の所でいつものような魔女服を着ながら、杖で扉をトントンと叩いて不敵な感じにこちらを見ていた。
 もう少し顔が赤くて可愛らしいヴァイオレットさんを見ていたかったが仕方ない。呼ばれた以上は対応しなくては。

「なんですかヴェールさん。クリームヒルトさんの用事が終わって俺達に事故の質問でも?」
「それもあるのだが……」

 ヴェールさんはそこで言葉を区切ると、部屋の中を一瞥してから再び俺の方へと向き少し悩んだ表情で言葉を続ける。

「日を改めた方が良いだろうか?」
「構いませんよ。事故に関わっていない客もどうせ兄と姉ですし」
「どうせ言うな。ええと、貴女は……」
「ん? ああ、初めましてかな。私は――」

 ゲン兄がヴェールさんの方を向き、誰なのかと尋ね、ヴェールさんは魔女の帽子を脱ぎ自己紹介をする。
 と言うかヴェールさんのあの魔女服って軍服みたいな感じで一応正装なんだよな。この場に居るアプリコットが普段から似た系統の服を着ているせいであまり感じないが。

「……クロ殿」

 ヴェールさんが自己紹介をして、その身分などにゲン兄達が驚愕して畏まってみんなの視線がそちらに向いている中、ヴァイオレットさんが小さな声で俺の名前を呼んできた。
 視線はこちらを向かずに俯き顔がとても赤い。

「至らぬ所はある。それに羞恥で上手く出来ない事も有るとは思うが……」
「それは俺も――っと?」

 俺もそうですよ、と言おうとした所で、握られていた手を少し引っ張られ、体勢を崩し少し前に身体を傾ける形となる。
  急にどうしたのかと思いつつ、ヴァイオレットさんは背伸びをして俺の右耳側に顔を近付け、

「これからもよろしくお願いします――クロ」

 と、耳元で囁いた。
 他の誰にも聞こえないような消え入るほど小さな声量で。だけど聞いて欲しいという想いが伝わって来るような耳元で。ヴァイオレットさんは俺の名を呼んだ。

「ええと、今……」

 俺が唐突な出来事に戸惑っていると、ヴァイオレットさんは耳元から顔を離し、再び俺の前へと体勢を戻す。
 相変わらず顔は赤いが、今度は俺の顔の方へと表情を向いている。

「……ふふ、こういうのも良いな。皆には自慢したいが、隠れて言うというのも駄目な事をしているかのようで悪くはないとは思わないか、クロ殿?」

 イタズラを覚えたばかりの子供のような表情でヴァイオレットさんは微笑んだ。
 今まで見た事の無いその表情は、言葉を返すのも忘れてつい見惚れてしまうほどには魅力的な表情で。まだ十五歳にも関わらず俺なんかよりも博識で所作が洗練されていて貴族らしい立ち居振る舞いをするヴァイオレットさんとは違う俺にだけ見せてくれるように仕向けた表情でつまりなにが言いたいかと言うと言わなくても良いが上手く思考が纏まらなくてつまりだその。

 ――くそう、なんだこの生き物。可愛いが過ぎる。

 結論だけ言えば全ては可愛いという言葉に収束する。あるいは愛おしい、だろうか。
 ともかくヴァイオレットさんが嫁で良かった。今すぐ先程言った言葉の抱きしめたいを有言実行したいが、それをしては折角隠れてしたというヴァイオレットさんの心遣いが無駄になってしまう。

「成程、確かに悪くないかもしれませんね」
「だろう? 同級生が隠れて恋愛をしていた気持ちが少し分かってしまった」

 つまり俺がするべき事と言えば。
 この昔を思い出して楽しそうに笑う彼女に言うべき言葉と言えば、一つしかない。

「悪くないどころか、良い事かもしれませんね――ヴァイオレット」

 俺も周囲には聞こえないように小さな声で、ヴァイオレットさんの名を呼んだ。

「クロ殿、今……」

 多分普段は気恥ずかしさから今まで通りの呼び方になるだろうが、それはそれで良い。なんというか、キスの時のような俺達だけの秘密の共有な感があってとても良い。
 そんな事を思いつつ、俺の言葉に不意打ちを喰らったかのようにさらに顔を赤くして驚愕の表情を浮かべるヴァイオレットさんを見て、不意打ちを成功したと喜んでいると。

「…………」
「…………」

 こちらを見ているアプリコットと目が合った。
 初めは頬が少し赤くて驚愕していたが、目が合うと物凄く気まずそうな表情へと変えていく。

「……いつから?」
「……すまぬ。知らないふりをしようとしたのだが、クロさんがヴァイオレットさんの名を呼んだのを聞いてつい見てしまって」
「……いつから?」
「……至らぬ所がある、あたりからだ」

 ほぼ初めからだな。
 ゲン兄達がヴェールさんと色々話していてこちらに意識が向いていないと思ったが、どうやら位置的にアプリコットだけがこちらを見ていたようだ。
 ヴァイオレットさんも俺達の会話を聞き、アプリコットの方へと視線を向けて驚いた表情になる。

「その……我も家族と呼べる貴方達が仲良くなった事は喜ばしい。祝福させてもらおうじゃないか。……おめでとう」

 アプリコットのいつもとは違う気の使った表情と言葉を聞いて俺達は顔を手で覆った。
 なんだこれ凄く恥ずかしい。先程の発言とは違う恥ずかしさだ。
 今すぐどこかで大声で叫んでこの感情を吐き捨てたい欲求が渦巻いている。むしろ叫んでは駄目だろうか。でも叫ぶと今度は外に走り出したくなりそうである。

「……なにがあったのかは分からないが、やっぱり日を改めた方が良いのかもしれないね」
「ええと、私もよく分かりませんが、弟夫婦が申し訳ありません」
「いや、構わないよ。私の時はあのような初々しい感じは無かったから羨ましいよ。……帰ったら夫の堪能しようかな、そういうプレイで」
「なにか仰いましたか?」
「いや、君達が領地に戻ったらしようとしている事をしたいと思っただけだよ」
「へ?」

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