追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
のろけ_1
「ごめん、取り乱した」
噴いた珈琲を拭きとり、間を置いて少し冷静になった所で急に大きな声を出した事をゲン兄とこちらに反応したスミ姉達に謝った。
「いや、構わないが……どうしたんだよ急に」
「今貴族が云々言い出してたけれど、クロも貴族よね、一応」
「一応言うなや。確かに一応ではあるけれど」
「そこは良いのよ。で、どうしたのよ急に」
「ええと……」
ヴァイオレットさんが身重と言われて動揺してしまった。
……なんて事を素直に言うべきなのだろうか。動揺した理由を説明しようと足掻いても変に心配される気がする。
ゲン兄達のヴァイオレットさんへの好感度は上がったと言うべきか、噂であるような傲慢かつ高飛車な性格ではないとは判断されるようになったようだが、元々は俺達が上手く結婚生活を送れているか心配で来たのだ。説明をすれば、安心しているゲン兄達の感情が再び不仲を疑うようになってしまう。
「……ゲン兄が唐突に踏み入ったことを言うものだから、驚いたんだよ」
「踏み入った事かもしれんが、無視して良い事でもあるまい。最初の時のコスモスは大変だったんだからな」
「踏み入った、ってなにを言ったのよゲン兄様」
「ヴァイオレット嬢が身重だから気を使えという話だ」
「成程ね。クロ、確かにあまり踏み込む話題じゃないかもしれないけれど、目を逸らしては駄目なんだから、キチンと聞きなさい。私だって大変だったんだから」
経験者は語るというヤツか。
いずれ来たる時の為に聞いてみても良い気はするが、あまりこの兄と姉の話は参考にならない気がする。
「今は三、四ヶ月目くらい? 私の時は平気だったけど、自覚症状も出てきて体調が悪くなってくるんだから」
「スミ姉確か八か月目くらいの時に“自然の声を聞かせる!”ってシキに来て元気に飯食って馬に乗ろうとしていたよな。当時のメイドに止められていたけど。聞けばずっとその調子だって聞いたし」
「スミはともかく、俺の時はずっと落ち着いて対応をだな」
「ゲン兄は慌てすぎてコスモスさんに窘められたって聞いたぞ。それにあの方は長女が産まれる十日前まで妊娠が分からなかったって聞いたが」
以前から聞いていた事を言うと、ゲン兄達は黙った。
ライムさんには「妻は元気だよ。本当に元気すぎて子供が心配になるレベルだ」と領主会議で言われたことがあるし。
コスモスさんは会議の時に長女と一緒に来ていて、お祝いの言葉をかけて会話をしていたら「そういえばアレがずっと止まっていた気がしてはいたのよね」とか言うほどのほほんとしていたからな。多分というか、この兄達に関しては参考にならない。
というか言われなくても前世の同僚や、シキに住まう方などで気遣いは学んでいるつもりだ。その際には最大限気を使ってサポートするのは当然の事である。
……うん、だけどそれ以前の問題なんだよな。
「……? クロ様――父上と母上はそのような事をもうなされていたのですか? いつの間に……」
「あ、いや。……グレイ君の前で話すべき話題じゃないかな。気にしなくて良いよ、グレイ君。でもお母さんにの身体は労わってあげな。お母さんだけの身体じゃ――」
「キスですら先日初めてなされた父上達が、既にそのような……やはりキッカケがあるとスキップ&全速前進なのでしょうか。あれ、でも三、四ヶ月目ですか……?」
「え?」
「は?」
『はい?』
あ、言ってしまった。
グレイの言葉に、ゲン兄達だけではなく黙って居たジョンブリアンさんやコルクさんも疑問の声をあげた。
そしてゲン兄達は元居た席に戻り、グレイが淹れた紅茶を一口啜りなにかを考えると、俺の方を見る。考えるのになにか飲まないといけないんだろうか、この兄姉は。
「うん、そうだよな。息子の前でひけらかすモノじゃないもんな、うん」
「そうね、子供の教育に悪いものね。弁えないと」
「旦那様。そういった言葉は時と場所を弁えた部屋でしている者が言える言葉です」
「奥様。そういう言葉は十時間以上続けて従者に気を使わせない心遣いが出来てから仰ってください」
「今は言うな」
「今は言わないで良いわ」
この兄と姉は普段なにをやっているんだ。
後で迷惑をかけているとこの方達に謝っておくとしよう。というかグレイの前だから内緒にしていると思っているようだ。……よし、その方面にしておこう。
「父上、父上。どういう事なのでしょうか? イエロー様が仰っておりましたが、父上達はかまととぶっているというヤツなのですか? ……私めに弟か妹が?」
あ、駄目だ。このままだとグレイが期待をしてしまった挙句、ヴァイオレットさんにお祝いしに行ってしまう。そして落ち込む様子が目に浮かぶ。あとイエローさんは後で説教だ。
「グレイ、すまないが身重とかは誤解だから気にしなくて良いぞ」
「そうなのですか? では以前のキスも……」
「……うん、グレイの認識で間違いないぞ」
「そうなのですね。……少し残念です。あ、珈琲と紅茶を淹れてきますね」
「うん、頼むぞー……」
なんで俺は息子の前でこんな事話さにゃならんのだ。
そう思いながら、俺が噴いたせいでなくなった珈琲とゲン兄達が考えの為に飲んで空に紅茶を淹れに行ったグレイを見送った。
そして背後に誰かが近付いてくるのが分かる。正直振り返りたくない。
「なぁ、クロ。お前ってやっぱり……」
「同性愛でも、妻は大切にしてあげなさいよ……」
「違う」
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