追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
クリームヒルトという女の子_6
軽く汚れを落として着替え、魔法の影響も抜けてきて大分落ち着いた。
俺が受けた力は恐らくシルバの特殊な力が共鳴か暴走かして起きた影響だろう。
呪の力。
いわゆる怨念的なモノが魔力に籠り、魔法を使うと必ずその影響を受けてしまうというシルバ・セイフライドが持つ生まれついての特殊体質。あの乙女ゲームの序盤で主人公と接する事で制御が出来るようになるが、完全には制御できずたまに暴発する事も有る代物である。シルバルートだと終盤で結構暴走する。最終的には力と和解し暴走はなくなるのだが。
今回はアプリコットなどがその力を気にした結果起きた事であると言うし、感情が昂ってアプリコットの闇魔法かオーキッドの黒魔術師としての体質に共鳴したのだろうが……事実はハッキリしていないし、当事者のシルバにとっては忌むべき力に近い。憶測で決めつけるのは止めておこう。
『申し訳、ありませんでした!!』
そうでなくても目を覚ましたシルバが状況を把握するなり、物凄い勢いで俺とアプリコットに謝って来て大変であった。
俺に対する警戒して少し生意気な態度は何処へやらで、土下座をする勢いで謝り倒していた。恐らく自分の力が制御できずに起きた事故だと思っているのだろう。そして影響を受けた俺とアプリコットには特に謝って来た。
一応は原因が不明で俺達はシルバの力を知らないので、“シルバの近くで起きた原因不明の事故”という扱いで対処をしようと思っている。
『僕、事故現場に行ってきます! なにか贖ざ――分かるかもしれない!』
しかしシルバ自身は明言はしないが、自分で起こしたと思っている事故を対処したいと言ってそのまま事故現場へと直行した。……まぁメアリーさんも居るし大丈夫だろうとは思うが。シルバの力に関してシルバも知っていると把握しているのはメアリーさんだけであるだろうし、彼女に任せよう。
『我は許されざるべき原初の箱に触れてしまったのやもしれん……彼の様子を見てくる』
そして俺と同じく影響を受けたアプリコットは復活すると、シルバが事故現場へ行ったと聞き、ゲン兄達が疑問符を浮かべる言葉を残し同じように事故現場へと戻った。
確かシルバの不思議な力に目を付けたとかで絡んだという話であるので、自身のせいで傷をつけてしまったのならばと気にしてシルバに謝罪しに行ったのだろう。根は良い子だからな。
「クロ、聞きたい事があるんだが」
「どうしたゲン兄」
グレイが改めて淹れた珈琲を飲みながら、グレイがスミ姉とコルクさん達と話しているのを眺めながらゆっくりとしていると、ゲン兄が俺に話しかけてくる。
今から話す内容を内緒にしたいような表情であり、声もグレイ達に聞こえないように潜めていたので、俺も倣って声を潜める。
「あの泊まりに来た学友に関してなんだが」
「クリームヒルトさん達?」
「そうだ。……クリームヒルト君はともかく、あの子達、決闘の相手と聞いたんだが、どういう事なんだ?」
「ああ、それか……」
ゲン兄の聞きたい事はよく分かった。なにかの折にクリームヒルトさん達の話になり、メアリーさん達が決闘の相手だと知ったのだろう。
ヴァイオレットさん自身には聞き辛いし、状況だけ見れば学園での相容れない相手と一緒に居るという訳の分からない事態なので俺に聞きたかったのだろう。
「という事は、友達とハッキリと言えるのはクリームヒルト君くらいなのか」
「そうなるな」
正直俺も分からない部分は多々あるが、とりあえず分かる範囲で説明をすると少しは納得してくれたようだ。
メアリーさんに関しては複雑な事情もあるので、仲直りはしかけているとだけ伝えた。
「しかしクリームヒルト君か。元気で可愛い子だな。少し抜けていはいるけど、そこが愛嬌があって良いというか」
ゲン兄は天然系が好きなのだろうか?
コスモスさんとは違う天然系であるが、あるいは素直な子が好きなのだろうか。そういえば昔カナリアに迫られたのもゲン兄が女性の相手を上手く出来ないせいであったが、攻撃性の少ない子が良いのかもしれない。
……あれ、カナリアと言えば、ゲン兄達になにかを伝え忘れているような気がする。
「あの素直さがヴァイオレット嬢とも身分関係なく友達になれる強さなんだろう。見た目に寄らず強い子だ」
伝え忘れた事を思い出そうとしたが、ゲン兄が言葉を続けたのですぐに霧散する。
重要ならばまた思い出すだろう。
「そうだな。学園に居た頃はあまり話せなかったらしいが、決闘の時も実家の所用で学園から離れていなかったらヴァイオレットさんの味方をしていたと聞くし」
「ヴァーミリオン殿下とかを相手にか?」
「ああ。それに以前学園の生徒が研修に来た時も、敵意を向ける中唯一親しく話そうとしてくれた子だからな。優しくて強い子ではあるんだろう」
強くはあるが、危うくもある。
俺的には好ましいし、ヴァイオレットさんと話している姿を見ているとお互いに楽しそうであるので、友達として接してくれている事も嬉しい。
「流されない自分というモノを持っているんだな。身分目当ての擦り寄りじゃないからこそヴァイオレット嬢とも仲良くなれたんだろうな」
「そう……だな」
「どうした、歯切れの悪い」
「いや、別になんでもない」
だけどやはり違和感があるのだ。
俺があの乙女ゲームを知っており、メアリーさんが主人公の立場を掻っ攫っているから湧き出ている感情かもしれないが、得も言われぬ違和感。
明るく、元気で、勉強が少し苦手で、アルコールに弱く、笑い方に特徴があって、喜怒哀楽を表現出来る。ヴァイオレットさんの為にヴァーミリオン殿下に対しても怒る事が出来るような、友達想いの良い子だ。
――あれ? 今あげた特徴でおかしいのがあったような。
しかしメアリーさん自身は違和を感じていないようであるし、気にしすぎかもしれないが。
あとそれとは別に、俺にはまだ引き出せないヴァイオレットさんの表情を引き出せているので羨ましい。とても羨ましい。
「よく分からんが……まぁあの子は錬金魔法の使い手というと将来も安心だな」
「だろうな。クリームヒルトさんならどこでも上手くやれそうだし」
「今年は彼女とは別に錬金魔法を使う子が居ると聞くが……あれ、でもヴァイオレット嬢の決闘の相手も……?」
「うん、あのメアリーさんだ。錬金魔法どころかあらゆる分野の魔法に優れて既に引く手数多だ」
「おお……あの子なんか能力高すぎない?」
うん、とても高い。
なんかヴァイオレットさんと友達になろうと躍起になっている所を見るとそうとは思えないが、メアリーさんの才能は色々と突き抜けているからな。本当に見えないけれど。
「あ、そういえば話は変わるけどな」
あまりこの分野について話さない方が良いと判断したのか、ゲン兄はクリームヒルトさん達の話題を終え、別の話題を切り出した。
「色々とヴァイオレット嬢と話したけどさ。噂と違って良い子だな」
「変な事を話していないだろうな」
「おおいに話したが気にするな」
「おいコラ」
別に俺の幼少期とか話す分には恥ずかしいが別に良いけれど、余計な事を話していたら本当にゲン兄の詩とか送り付けてやるからな。
コスモスさんは多分「わー私の知らない楽しい世界です!」とか言ってゲン兄に他の詩も要求するだろう。そして子供の寝物語に聞かせるだろう。ゲン兄はその様を見て苦しめば良いんだ。
「冗談だよ。昔話に花を咲かせただけだ。変に曲解はしていない」
「……なら良いが」
「まぁお前もあんな良い子……良いご令嬢と婚約出来たんだ。大切にしろよ」
「言われなくてもするさ」
「お前らなら俺の次くらいに幸せな家族になれるさ」
「ゲン兄を超えて幸せな家族になるから安心しろ」
成り行きではあったが、ヴァイオレットさんと婚約出来た事自体は大いに感謝しているしこれからも仲良くしていきたい。
前世の母とか今世の両親を見ていると夫婦というものに良い印象が無く、異性を恋愛的な意味で好きになれるイメージがあまり無かった俺だが、ここまで大切な相手が出来るとは思わなかった。
様々な困難はあるだろうが、これからも――
「しかし、彼女お腹は目立たないな。けれど目立たないといえ女性は大変なんだ。気は使ってやれよ」
「ん、なんの事だ?」
俺はよく分からない気遣いをするゲン兄に疑問を持ちつつ、珈琲を口に運び、
「なんの事って……彼女は身重なんだから気を使えという話だよ」
「ごふっげほっ!?」
そして俺は珈琲を噴いたのであった。
「――この価値観の違う貴族の兄貴め!」
「急にどうした!?」
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