追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

クリームヒルトという女の子_5(:菫)


View.ヴァイオレット


 廃嫡。
 ヴェールさんは確かにそう言った。私とてまだ正式にされていないそれは、クリームヒルトにされた事であるという。

「……ヴェールさん。いくら貴女とは言えども、そのような――」
「クリームヒルト君はネフライト家を追い出されているよ」

 私が睨みながら否定しようとするが、ヴェールさんは変わらず仕事の時のような真面目な声と表情で私の言葉を更に否定する。
 メアリーはヴェールさんの言葉に否定することなく、まるで言われた事が事実で言い返せないかのように黙って居る。

「彼女は平民だ。私達貴族のような形ではなく、正式な書類上では決まっている訳では無いが……」
「あまり他者のプライバシーに立ち入るべきでは無いのではないでしょうか」

 しかし言葉を続けようとすると、メアリーは微笑みは崩さないまま少し怒った表情になりヴェールさんを諫めた。

「私は廃嫡その件に関し聞き及んでいます。しかしそれはクリームヒルト自身の問題であり、私達が踏み込むべき事ではありません。例え噂であろうとも、当事者が居ないここでは話すのは失礼です」
「……知っていたのか、メアリー」
「……ええ、学園祭で貴女と別れた日にクリームヒルト自身から聞きました」

 当時を少し聞くと、あまり吹聴するものではないと多くの者には言っていないらしいが廃嫡自体は事実であるという。
 理由については今ここでは話せないと少し辛そうな表情でメアリーは答えた。

「私も驚いたんです。私の知る彼女であれば、廃嫡は有り得ないのに。」
「そうだな。彼女はとにかく明るくて、努力家で、私にも話しかけてくれた。そんな彼女が……」
「私のせいかな、と思う所も有ります。ですが、彼女は――」
「家族の事であれば、メアリーは関係あるまい」
「……そう、ですね」

 今回来てくれた時も、相変わらず明るくて羨ましいと思ったクリームヒルト。
 貴族平民関係なく話し、メアリーとは違う方面で有名で親しみを持てた彼女が廃嫡される要素なんて思い浮かばない。
 ……もし私が知らない辛い感情があったのならば、家族の事は繊細であるが、友と言ってくれたクリームヒルトの相談事に乗り、力を貸したい。寄り添えるのならば寄り添おう。

「――ああ、やはりそうか」

 そう私が決意をすると、ヴェールさんはなにかに納得したような表情となる。
 先程までの問う視線ではなく、仕事のような声でもなく。少し悲しみを孕むような声色であり、私達にはまだない経験ゆえに分かってしまったような声であった。

「ヴェールさん?」
「……悪いとは思っている。メアリー君が今言ったように、他者が立ち入る問題でも吹聴する話でもない。だけどどうしてもこの場で聞いておきたかったんだ。クリームヒルト君の元にも直接謝罪をしよう。――申し訳なかった」

 ヴェールさんは先程まであんなにも質問の回答拒否を許さないというような気迫は霧散し、私が知っているプライベート時のような柔和な女性おねえさんのような優しい表情になった後、帽子を取り深々と頭を下げた。

「……何故、そのような問いを?」
「……どう足掻いても言い訳になる。それでも許してくれるのならば説明しよう」
「構いません」
「……そうだね、仕事だ」

 その行動に面を喰らいつつ、私はあくまでも冷静に問うと、ヴェールさんは頭をあげて私達を見て答えた。

「錬金魔法という特別な魔法の使い手。貴族平民関係なくコミュニティを作り、ネフライト家では廃嫡。実家の方でも元々孤立気味であった事から、なにか企む可能性もある。から大魔導士アークウィザードとして注意するように、と上層部うえから言われていてね」
「……私自身が言うのもおかしな話ですが、それならば同じ錬金魔法の使い手である私も注意する者の中には入るのでは? クリームヒルトだけ注意するというのは……」

 実家でも元々孤立気味、という言葉は気になったが、メアリーはヴェールさんの説明に対して疑問を持つ。
 確かに錬金魔法というものは使えるだけで珍しいのだから、メアリーの疑問は尤もである。あるが……

「あぁ……いや、本当は言うべきでは無いのだろうが……メアリー君はとっくに要注意観察対象だよ」
「え」

 そしてヴェールさんの言葉にメアリーは固まった。

「そりゃあ平民が第三王子の婚約者と決闘をして、公爵家の娘を学園から追い出して、次期王の有力候補の第三王子、その近侍である侯爵家の跡取り、とりわけ発言権が強い伯爵家令息、現騎士団長と大魔導士アークウィザードが居る子爵家の息子。さらには様々な噂があるセイフライド家の最後の血筋。多くの男性を魅了する中でも、この五名と特に仲良くしている平民の錬金魔法の使い手」
「…………」
「……言っておくけれど、君。貴族内でも割と危険な位置に居るんだよ? 今はこうしてバレずにシキに居るから誰も手を出せないでいるけれどね」

 ……そうだろうな。むしろ何故注意されるべき対象になっていないと思っていたのだろうか。
 公爵家の娘わたしと決闘――までならば“公爵家の娘が嫉妬して暴走したため公爵家に難があり”か、殿下が“若さゆえに愛が暴走した”などの捉えられもするだろうが、プラスアルファでメアリーは付与されている要素が多すぎるのだ。
 挙句には決闘した相手と再び仲直りしようと友達になろうとしている。なんて事が知れ渡れば、私はまだ(一応)廃嫡はされていないので、下手をすればバレンタイン公爵家も取り入り、権力掌握を企んでいると思われても仕方ないのだが。

「……私の事は良いんです。クリームヒルトの事が問題なんです」
「話を逸らしたな」
「逸らしたね」
「ヴァイオレットはどちらの味方なんですか!」
「クリームヒルト」
「そこは私と言ってくださいよ!」

 残念ながら嘘は吐けない。
 今のような表情をするメアリーは今の私にとっては好ましいが、今はクリームヒルトの味方である。そもそもメアリーが自ら墓穴を掘っただけであるしな。

「ともかく! クリームヒルトの廃嫡はなにかの間違いだと思いますし、私達が気安く触れて良い問題ではありません! 今は事件を解決する事に勤しみますよ! 現場検証と状況把握をすれば自ずとやるべき事の方向性は見えてきます! はい、良いですね!」
「そ、そうだな」
「分かったよ。事件解決をしたいから身体を触ってもいいかい、メアリー君」
「事件解決の為ならば構いませ――え、今なんと言いましたか?」

 メアリーが自身の両手を叩いて、仕切り直すために大きく声を出す。
 先程まであまりこちらを見ていなかった周囲の者達も何事かと見るが、メアリー達は気にせずに事件解決の為に行動しようとしていた。ヴェールさんに至っては場を和ませるために冗談も言っている。

「…………」

 だが、今回起きた事も気になるのは確かだ。しかし、それよりもヴェールさんの言動が私の知っている彼女とどうも違っていたように見えたのがより気になった。
 仕事の為とは言っていたが、今の一連のクリームヒルト関連の事は、彼女自身の疑問を晴らす為の流れであったように思える。

『――ああ、やはりそうか』

 ……ヴェールさんのあの言葉の真意は、なんだったのだろうか。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品