追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
転生してからのお話_3
今アレの所に行ったとしても、殴れて精々数発。
護衛や取り巻きに抑えられてその後待つのは只の処刑、良くて国外追放。悪いがアレの為に死にたくは無いし、数発程度で収まりもしない。
だが、この後開かれる学園祭の闘技場決闘ならば話は違う。闘技場の試合は決闘であり、負けを認めるまで終わりもしないし、基本的に一対一だ。
王族は威厳を示すためと言って、王族に連なる者は必ず出場するのが習わしとなっており、三年の第二王女も毎年出ていると聞く。ならばアレも出る。
以前タン達と「誰が最後まで勝ち抜くか」「負けた方が学食奢りな」「勝ったら元々学食無料権があるじゃないか」みたいな話をして笑い合っていたので、俺も参加申し込みだけはしていた。俺の実力では優勝は難しくても、上位を目指して少しでもアイツらと約束した馬鹿な事を果たしたかったからだ。
「そういえばこの後お前は闘技場にて決闘に参加するのであったな。……分かっているとは思うが、カーマイン殿下相手には本気で行き、負けろ」
シッコク兄は俺の様子を見てなにを思ったのかは分からないが、そんな事を言い出す。要は接待試合をしろと言いたいのだろう。本気で行って、ある程度苦戦させた後逆転の快感を与えろ、といった所か。
……カナリアさんの事など、シッコク兄の中では終わった事なのだろうな。
「あの女に情でも湧いていたのか。父様の話だと、あの女が迫っても断ったと聞くから女として魅力がないものと思っていたが……なんだ、学園生活で心境に変化でもあったか」
あったかどうかと問われれば、あった事になる。
学園ではカナリアさんの就業形態も仕える相手も面倒を見る範囲も変わったので、大分互いの心情の変化もあっただろう。キッカケは不本意ながら去年の夜伽未遂があったからであるし、それ以降は首都に給仕服以外で繰り出したり、一緒にオレンジさんの定食屋でご飯を食べたり、学問の良い機会だからと互いに教え合った。
「そうか、関係は持ったのか。お前も奴隷の使い方くらいは知ったようだな。ゲンのように女に不慣れにはならないようだ」
「……何故そうなるのでしょう、シッコク兄様。彼女は奴隷とは関係ない、姉のような存在です」
関係。つまりは男女の性的な交わり。生憎とそんな関係は無い。
カナリアさんは異性の相手と言うよりは、まるで前世の妹のような手はかかるが居ると落ち着く姉のような、友情や親愛のような――
「家族でもない限り、男女で友情・信頼関係を結べる訳がない。結局は肉欲・愛欲以外に結び付く。しかも相手は奴隷だ。生まれそのものが違うのだから、あるのは利用するかされるかだ」
ああ。本当に。コイツらは――
「……失礼致しました、シッコク兄様。此度は予想に反した事ばかりで動揺していたようです。私クロ・ハートフィールドは自身の心に恥じないよう務めましょう。然るにあたって、闘技場の試合は私の身体能力を活かした素晴らしい決闘を致しますのでご期待ください」
俺は礼をして、嘘偽りのない言葉をつらつらと並び立てる。
シッコク兄は俺の態度に満足いったのか、一言二言、言葉をかけて去っていった。
やる事は決まった。
思いの外俺の心情は落ち着いていた。感情が深く沈んでいる感覚が、今の自分に自覚出来ていた。
◆
試合前にゲン兄に会った。なにか言っていたが「五月蠅い」と言ってその場を去ったらなにも言わず、追い駆けて来なかった。
一回戦の混合戦の後に、吐き気が少しあったのでトイレ行き、その帰りにスミ姉に会った。なにか言いたそうにしていたがなにも言わなかったので、「なに?」と尋ねると何故か身を強張らせ動かずにいたので、そのまま去った。
スミ姉と別れた後、試合の見える所に移動していると、何故か偶々すれ違った三年の第二王女が俺に話しかけて来た。赤い髪に王族特有の紫の瞳はアレを思い出すので見たくないのだが、変に気取られると嫌なのでキチンと対応はした。けれど会話の内容は覚えていない。
一回戦の他の試合を見ていると、遠くのVIP席にヴァーミリオン殿下が居るのが見えた。王族として見に来たのだろうか。どうでも良いが、俺が居るという事は彼の歩みに関わる事はあるのだろうか。もし俺がアレと決闘をするのならば――いや、それは関係ないか。ついでに彼の周囲を見たが、菫色髪の女の子は居なかった。
二回戦。相手はアレであった。
なんたる僥倖。なんたる不運。
ここで機会が与えられて嬉しい。ここで機会が出来てしまっては引き返せない。
今日を逃したら機会は無い。今日を逃していたら冷静になったかもしれない。
これは大切な友の復讐で。これはただの八つ当たりで。
『――の名の元に、この試合は――』
姉のような存在の女性にも、友に対しても顔向けできない事をやろうとしている。
だけど今、この場において我慢出来るほど大人ではなく、俺は先や家族の事はどうでも良かった。
「二回戦の相手はお前か。王族だからと言って気は使わなくて良い、全力を持って俺が勝とう。そしてお前も一応貴族なのだろう? ならば負ける時は潔く負けを認めるんだ。負けを認めなくて泥試合は御免だ。またくだらない理由で怪我もしたくはない――では、良い試合をしようじゃないか。名前は知らんが、貴族の生徒よ」
決闘の口上を述べている間に、ソレは俺に対してそんな事を言い出した。
――よし、もう無理だ。
一貴族の俺の事なんて知らないなんてのはおかしくない。けれど、どうしてもこの余裕じみた態度が最後の理性を壊した。
どうせこいつはあの乙女ゲームでも出て来ない設定だけの男だから、なにがあっても、どのルートにも影響が無いだろう。
ならば良いじゃないか。どうなっても。
『では、二回戦第一試合――始めっ!』
試合開始の声が響いた瞬間、俺は距離を詰めてソレの腹に拳を入れた。
「強化_加速_付加__開始」
殴られたソレも含め、誰もがなにが起きたか理解できない中、俺はソレの髪を掴んでなけなしの魔力を使った、後先を考えない強化を行う。
「集中_無視_起動__開始。――さて、良い泥試合をしましょう、第二王子様」
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