追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
転生してからのお話_1
ある時、俺は熱を出したらしく見知らぬ女性の看病を受けていた。綺麗な人で、見た事のない服で、耳が尖っているというあまり見ない特徴を持つ女性。
意識がハッキリしだし、話せるようになるとさらに誰か見知らぬ女性が俺の名を呼び安堵したように泣いていた。
――誰だ?
俺の名を呼ぶという事は知り合いなのだろう。だが、生憎とこのような女性は知らない。
そして身体にも違和感がある。熱などではない、身体を充分に動かせない感覚。
二十数年生きて来たこの身体の違和感を確かめようと自身の手を見た所で――見慣れぬ小さな手が視界に入った。
小さな子供のような、誰かの手。にも関わらず、俺の働いている感覚が自身の手だと知らせている。違和感が無いはずなのに、違和感が拭えない。
そもそも俺は誰だ。いや「クロ」と呼ばれていたのだから、俺は一色・黒だ。
日本に産まれ、良く笑う八歳下の妹である■■と住んでいて、型紙師で、デザイナーの友人が自分のブランドを作るとか言って本当に作った会社に勤めて、楽しい時を過ごして――
「……え?」
そして、死んだんだ。
◆
三歳の頃。俺は自身の状況を把握した。
死因はハッキリ思い出せないが、いわゆる前世の記憶を持った状態でこちらでの生を受けたようだ。初めの二週間はその事実を受け入れられず、妹や友人にもう会えない事に取り乱し精神は不安定になった。お陰で今世の父と母、兄弟に迷惑を掛けた。
この世界は科学の代わりに魔法が日常生活に溶け込んでおり、魔物……モンスターも居るらしい。そんな世界のとある王国貴族の三男坊として生を受けた。
何故前世の記憶があるのかとか疑問はあるが、これは前世で見た事がある異世界転生というヤツだろうと思い、チートとかそんなのが俺に備わっているのかと思ったが、決してそんな事は無かった! ……魔法の才能は殆ど無かったし、特殊な能力とかも無かった。むしろ能力が無いかと色々試していたら使用人(カナリアさん・森妖精族・奴隷らしい)に心配された。お陰で未だに妙な目で見られる。
ならば二十数年で蓄積した知識でこの世界には無いものを作って一儲け……とも考えたが、よく考えれば俺は使い方は知っていても作り方を知らないようなものばかりで、この世界に再現できるものは無かった。
「……大人しく今世を楽しむか」
そう決意して、今世での生活に慣れようとした。
……妹のような前向きさが俺にもあれば、すぐに切り替えて楽しめたんだろうけどな。
あと醤油が欲しい。似たような物はあるけど醤油の味付けが恋しい。
四歳の頃。この世界は前世での乙女ゲームの世界だと理解した。
確かにやけにイケメン率は高いなとは思ったが、まさか乙女ゲームの世界だとは思わなかった。
きっかけは第三王子が産まれたという知らせだ。名前はヴァーミリオン・ランドルフ。妹が好きであった剣と魔法の乙女ゲー“火輪が差す頃に、朱に染まる”のメイン攻略対象と同名である。
……元々感づいては居た。だが“なにかのゲームでこの設定があったような……”程度の違和感で、なにかまでは思い出せなかった。だがキッカケがあるとドンドン思い出すモノで、お陰で学園とかこの世界の行く末とか名称不明の主人公とか色々思い出した。
つまりこの世界で俺は……前世で見た事のあるゲームの世界転生物的な行動をとれば良いのだろうか。
知っているやつだと悪役に転生して、破滅を免れるために主人公と攻略対象対策をしていたら全員に惚れられていた、とか。サブキャラ(男)に転生して主人公とかを攻略して乙女ゲームキャラのハーレムを作ったり、とか。悪役を破滅させないために行動する、とか。そんな感じの行動をとれば良いのだろうか。
確か出て来る女の子のキャラは主人公は可愛らしい小柄な子で、悪役令嬢は……目つきが鋭くて必ず何処かで退場していたな。他にも暗殺する子とか攻略対象の幼馴染の騎士候補生とか女の子キャラは割と居た部類だったはずだ。
――あれ、でもヴァーミリオン殿下が今産まれたって事は、三年制の学園に俺は一緒に通えないんじゃないか?
それに主人公は何処かの田舎町出身って事しか分からないし、悪役令嬢は公爵家だったような。準男爵家の俺に関われる機会なんてないんじゃないだろうか。
……よし、あの乙女ゲームは選択次第で簡単に死んだり大怪我を負うゲームだからな。下手に関わらない方が良いんだ、そうなんだ。
「あの、クロ様。お部屋から奇妙な絵が描かれた紙が出て来たのですが……」
そしてカナリアさんが乙女ゲームに関して俺の覚えている限りを書きだした、日本語で書かれたメモを見つけて恐る恐る聞いて来た。お陰で妙な目から心配そうな視線を投げかけられる事になった。多分精神的な意味で心配されている。誤解である。
あと味噌の味が恋しい。似たような味はあるが、味噌汁が飲みたい。出来れば白の。
五歳の頃。なんだか教育が厳しくなって気がし始めた。
貴族社会とはこんなものなのだろうか? あまり慣れそうにもないが、この年齢で教育を受けられる事は裕福な証拠なのだろう。感謝するべきだ。
だけどそれはそれとして空いている時間に抜け出して遊ぶくらいは許されても良いだろう。お小遣いは貰っているし、糸とか布とか買ってこっそり縫っていた。そして領地の子とも遊んだりした。
途中から父親には裁縫も遊ぶのも貴族のする事ではないと怒られたけれども、無視してし続けた。遊ぶ方は相手にも迷惑が掛かるので少し自重はしたが。
「クロちゃんはもっと落ち着いて欲しいわねぇ。カラスバちゃん達の面倒を見るのは上手いのだけどねぇ」
そして母親にそう言われた。
……うん、あれだ。外見年齢よりも遥かに高い精神年齢を発揮すると気味悪がられる可能性が有るから、落ち着かないようにしているだけだ。
割と素の部分が多いとかそんなことは無い。俺は目立たないようにしているだけだ。そうに違いない。もしくは肉体年齢に引っ張られているだけなんだ。
あとチョコ食べたい。
八歳の頃。両親と兄と姉達があまり好きではなくなった。
親とはこんな、もしくはこの世界ではこんなモノかと思っていた自分ではあるが、流石にこの世界でも異常である事に気付いた。
教育して、料理を食べる時も家に居る時は同席して、お茶会デビューをした兄達には交流がどうであったか、そして現在の国の情勢や勉強の様子を聞く。
前世の住む所とお金さえ与えればいいと思っている母や、妻が居るのに母に手を出した父親と比べれば遥かに恵まれているかと思っていたのだが。
確かに父親は「もっと良い相手と交流を図りハートフィールド家に繁栄を!」とか良く呟いていた。身分が上の娘さんを紹介して「仲を良くして取り入れ」なんて事もよく言っていた。
母親は枕元で「クロちゃんは私の健康的で騎士な部分……ふ、ふふふふ」とよく言っていた。母はなんと言うか俺達子供を偶に自分自身かのように言ってはいたが……
「つまり俺の両親って毒親なんでしょうか」
「……明言は避けさせていただきます」
「それって認めていますよね、カナリアさん」
「え、そうなるのですか?」
やはり良い親とは言えないそうだ。でも育ててくれているので良しとしよう。
兄と姉達は父たちの影響を受けたせいか最近笑わない気がする。どころか俺を見る目が変わって気もする。弟と妹はまだ俺を遊んでくれる兄として慕ってはくれているのだが。
あと、カナリアさんって割とポンコツだとも気付いた。言動だけではなく色々とドジをする。
この世界に来てからはある意味一番長い付き合いなので一緒に居るのは気が楽ではあるが、クビにならないのかと不安になる。……綺麗ではあるし、父の趣味だったりするのだろうか。でも彼女はそういう方面は疎いらしいのだが。
あと刺身が食べたいけど食に関しては色々諦めた。
お茶会デビューをし始めた頃。貴族の間にも友達が出来た。
貴族の性格はあまり好きになれない。父親の妙なコネで色々なお茶会に参加出来ているが、準男爵だからなのかハートフィールド家の評判が良くないからなのか分からないが、よく見下される。
そんな貴族には友達なんて出来ないと思っていたが、気が合う相手は何処かには居るもので、同い年の男女各一名ずつ仲良くなった。
半環族の血が流れた小柄な伯爵家の三女のマルーンと、なんか俺の身体能力を見せたら(木登り)絡まれるようになった子爵家次男のバフ。きっかけは些細ではあったが、同じお茶会に出たらよく話して遊ぶくらいには仲良くなった。
同じ年齢で一緒に学園に入るのだから、これで少しは学園が楽しみになった。
あの乙女ゲームのより前の時の学園って、主人公達が問題を解決する前の学園だから、色々と物騒で貴族平民間の溝があり、変な習慣があるだろうから行くの少し嫌だったんだよな……魔法を学べるのは楽しそうではあったが。
「伯爵家と子爵家の子か。ふ、クロもやるではないか」
父親はそんな事を言っていたが、そこは気にしないでおこう。
なんだか、お前はそちら方面はあまり期待していなかったのだが、みたいな感じがしたのは気のせいだろう、多分。
シッコク兄が学園の最高学年となり、ゲン兄が学園に入学した頃。俺は攻略対象を見た。
ヴァーミリオン殿下やアッシュとシャトルーズ……だったか。彼らをお茶会で見かけた。
取り巻きが酷くてあまり見られなかったが、アッシュの張り付いた笑顔を除けば、十歳でやそこらで既になにか悟ったようなつまらなそうな表情で、かなりの美形であった。
彼らが主人公と仲良くなったり、池に落ちたり、ドラゴンを倒したりこの国を担う男達になるのか……
この国の未来が危うくなるようなバッドエンドにならない事を祈ろう。精一杯青春を謳歌してくれ。
「――殿下、貴方は――なのですから――」
「またお前か、ヴァ――――俺の決――のだな?」
「いえ――そのような――」
バフもマルーンも忙しくて会話が出来ないでいたので、適当に時間を潰していると殿下と誰か話しているのが遠目に見えた。
……喧嘩だろうか。でも女の子の方がなにかを話して、殿下が呆れた様に対応しているように見える。
殿下にあのように言うとは身分の高い偉い子なのだろうか。
菫色の綺麗な長い髪を一部編み込んだ子。顔は見えないが……あれ、でも確かこの特徴は……?
なにか違和感があったが、彼らは何処かへ行ってしまいすぐにマルーン達とも会えたので考えようとした事はすぐに忘れてしまった。
ただ彼女の事は……
――所作が綺麗な子だったな
とだけ印象に残った。感情が少し昂っていたように見えるが、立ち居振る舞いは洗練されていた。ああいうのは少し憧れる。
学園に入学する前の年の頃。カナリアさんに襲われかけた。
命を狙ってのものではなく、俺の父親に命令された夜伽である。
唐突に手錠でベッドに拘束させられ、カナリアさんが服を全て脱いで迫った時は何事かと思った。お腹にある奴隷用の拘束紋以外は白い肌で傷も少なく、スラッとした身体でとても綺麗であった。
何故こんな事をするのかと問うと、なんでも一足早く入学したゲン兄が女性に不慣れで上手く相手を見つけられず、俺がそんな事にならないように女性に慣れさせるためであるとか。
もしこれがカナリアさんが俺を慕ってくれて……とかならとりあえず拘束を解いて貰うよう説得し、今回は見送って順に話し合って信頼関係ではなく親愛関係として交流を深めようとはするのだが。
「大きなお世話だ! これ以上俺に余計な事をするのならハートフィールド家自体ぶっ壊してやる!」
今までの鬱憤なども有り、命令をした父に詰め寄り胸倉を掴んで叫んだ。
母は癇癪を起す所か泣き崩れ、使用人達は俺を止められずに慌て騒ぎ、まだ家に居たカラスバとクリには怯えられた。
普段なら父も怒鳴り散らし喧嘩になるだろうが、手錠で拘束したはずの俺の手首から血が出て、ベッドに拘束するための金属の細い支柱を破壊してきて来た事と、扉を魔法で閉めたのに拳と足で破壊し、血だらけになった俺の手を見て怒鳴る事なく、もうこういった事はしないと約束をした。
「……私は、女としても魅力が無いのでしょうか」
そして俺に断られた事が、自身に魅力がなくてされた必死に抵抗された故に起きた事だと思ったカナリアさんが、酷く落ち込んで取り乱した跡がある様子で彼女の部屋に閉じこもっていたのでフォローをした。
カナリアさんは魅力的だ。経験の無い俺にだってそれくらい分かる。
身長が高くて肌が綺麗で胸が小さくて体のバランスが良い。ドジは踏むが歩き方は綺麗だし、魅力的な女性だ。なにせそんな女性は服を着るのがとても映える。巨乳は巨乳で作り甲斐があるが、油断をすれば太ったラインになってしまう。それに対してカナリアさんは高身長で小ぶりな胸で実に衣装映えする女性であると!
「は、はぁ……褒めてくださっている……のですよね?」
俺が型紙師として思う貴女は女性として魅力的ですよと伝え、だから偶に貴女の着る服を作っていたんじゃないかと言った。
長く綺麗な脚。特徴的な綺麗な尖った耳。金糸雀色の髪だって長く綺麗だ。俺があげているケア用のクリームも塗ってあげてはいるものの、手は度重なる失敗で少し荒れてはいるが、努力の証なので俺としては好ましいし。という事を言いたかったのだが。
だけどあまり通じなかった。何故だ。
備考
カナリア
金糸雀色髪金糸雀色目
ハートフィールド家のメイド(奴隷・他国で買われた)。
クロの奇行に対応できる者として働いていた純エルフ。
基本家事全般が出来ない要領の悪い子なので転々と仕えて来て、ハートフィールド家でも解雇されそうであったのだが、クロの奇行に対応できる者として働いていた。ちなみにクロはその事実をずっと知らなかった。
クロのお陰でずっとハートフィールド家にいれたので感謝していたりもする。
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