追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
次兄次女の査定と過去話_5(:菫)
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私は弱い存在だ。
その事実を今、理解した。
私は公爵家の娘として、そして将来の王妃候補として恥をかかないように幼少期からあらゆる教育を受けて来た。にも関わらず、精神的に脆い部分があったため滅私に徹していた私ではあるが、ここまで心が弱いとは思わなかった。
いや、そもそも殿下関連となると精神を昂らせ、結果学園を追い出された私だ。好きな存在に対して周囲が見えなくなるのだろう。
あるいは融通が利かない可能性もあるが……この場合は両方であるな。
「……クロの昔話、聞きたいですか?」
「はい」
「喰い気味に答えられましたねヴァイオレット様」
ともかく、私はゲン義兄様とスミ義姉様の昔話に勝てなかった。
対象となる相手が居ない状態での昔話、というのは当事者を前にする時と違う話を聞くことが出来る。が、反面悪い事……と言うほどでもないが良い事ではない事も理解できる。
しかし抗い難い誘惑なのだ。グレイやシアン、アプリコットなどシキに住まう者達も知らないような過去。学園に入学する前などの話を聞きたい。
事実ならば話してよいとクロ殿も言っていた事であるし、聞いても……良いだろう。うん、確かに言っていたので聞こう。よし、聞こう。
「そうですね、クロは……昔から変わった子でした」
だろうな。私を受け入れるような方であるし。
あとシキに住まう方々の相手を普通にしているからな。……ん、そうなると私も――気にしないでおこう。
「昔……いつだったかな。熱を出して一日寝込んだことがあったんです」
「クロが三歳の時よゲン兄様。私の五歳の誕生日の次の日だったから覚えているわ」
「ああ、そうだったな。ともかく、その後二週間くらい拒食し酷くやつれた時があったんです」
「え?」
初めは幼少期の無邪気な話を聞けるかと思ったのだが、ゲン義兄様から出た話題は想像と違う方面の話であった。
だがクロ殿が拒食……となると、今では強化魔法をかけずにある程度の太さの木ならば素手で破壊できる健康体であるが、昔は体調があまり優れない子であったのだろうか。
「よく分からない言葉は話すし、父様や母様、スミとかが話しても錯乱状態でした。しばらく経つと落ち着きましたが、それ以降性格が変わったんです。元は燥ぐのが好きな子供でしたが、落ち着きがない中でも――不思議と、冷静な面もあったんです」
だが聞いていると昔からクロ殿は健康的な子であったらしい。その時だけ不自然なほど弱っていて、回復後は元気な子供生活を送っていたそうだ。
偶に妙な言葉を呟くが、好奇心旺盛でこっそりと抜け出して平民の子とも遊んだり、隠れて縫物を作っていたとの事だ。父親には特に怒られていたとの事。
クロ殿達の親御は貴族の位に異様な執着心と上昇志向を示し、婚姻も当時子爵家の娘を様々な事を弄して結んだとの事。……その後相手の家は没落したようではあるが。
話を聞いていると、子供を利用して爵位を上げようとする準男爵であったようであり、七兄弟も全て有望な家に取り入らせるために無理矢理産ませた所があったらしい。
さらには子供の頃から洗脳に近い形で教育をし、ゲン義兄様達もその教育の影響を受けていたらしいが、クロ殿だけは影響を受けずに流していたらしい。なので父親もクロ殿の事はその身体能力で騎士になってくれれば上々という程度にしか期待しなかったそうだ。
結果として、カーマイン殿下の件があり勘当状態と同義になっている訳だが。
「はは、でもクロのお陰で準男爵から男爵になりましたし、俺達も様々な土地で領主となっている訳ですから、不本意でも我が父の望みになっているかもしれませんがね」
ちなみに準男爵から男爵になった理由は、カーマイン殿下がハートフィールド家自体を男爵にしたそうだ。
何故憎んでいる相手の陞爵をしたのかと一瞬思ったが、男爵と準男爵では王国への貢献が大分変わってくるからだろう。ようは嫌がらせ以外の何物でもない。
そして母君の方は準男爵の生活に不満があったそうだが、実家が没落して自棄になり生涯を一からやり直したいと思った。しかし子供が生まれて「この子ならば私の代わりに……いえ、むしろこの子は私……?」となり、彼女の思う貴族らしさが無ければ癇癪を起すような母親だったとの事。
……あれ、クロ殿は結構な悪意や身勝手さに晒された生活を送っていたのだな。よく歪まなかったと思う。
「ええ、正直私もそう思います。ゲン兄様も私も、クロが居なかったらシッコク兄様やロイロ姉様のように……ああ、失礼しました」
シッコク義兄様は父親の意志を引き継いだハートフィールド家の長兄で、ロイロ義姉様は母親の意志を引き継いだ長姉との事だ。クロ殿との仲は悪いらしい。
何故引き継いだのか……と思うが、私自身もバレンタイン家の教育の影響を受けていたのでとやかくは言えないな。
「ともかく、父と母の影響を躱す抜け目ない処世術を持っていたクロなんです。ですけど大人のような冷静さを持っていた訳でも無く、平民や貴族の間にも損得勘定抜きで遊ぶような友達も居ましたし、遊ぶのが楽しいと言うような子供らしい感もあったんです」
クロ殿はシキでの対応に追われる時が多いが、それ以外では今でも楽しそうにする時があるからな。
色情魔とも男友達のように気安く話している時も見る時もあれば、怪我好きともお茶を飲みながら読んだ本について話す時もあり、毒好きとも薬剤・植物に関しての話題に花を咲かせたりする事もある。
今も表情が可愛らしい時もあるが、やはり昔も可愛らしかったのだろうな。そうに違いない。間違いない。そしてそんな可愛らしい表情をゲン義兄様達は見て来たのか。くっ、羨ましい。だが今の表情を私は見られるのか。ならばその表情を見て落ち着く事にしよう。
「……ですが、クロを怖いと思った時がありました」
「怖い?」
クロ殿が怖いと思った時か。
ゲン義兄様達も教育の影響を受けている中自己を保っていた事が怖い――という事ではなさそうだ。
「はい。正直言うならば俺達が学園に居た頃やクロがお茶会にも出るようになった時くらいは、貴族らしくないクロを“身勝手”と何処かで思っていたのでしょう。その頃は一歩引いていました」
それは……私も学園に居た頃などの貴族としての在り方に拘っていた時であれば思っていたかもしれない。
ゲン義兄様達も昔は一緒に居る事もあったが、親の呪縛から逃れられないと思っていた時期にクロ殿をそう思っていたとの事。
そして、
「……クロの殺害をも躊躇わない悪意を目の当たりにした時、俺達はクロを怖いと思ったんです。ですが……」
怖いと思った時に、クロ殿の脆さも知ってしまったとの事。
だがその脆さはゲン義兄様達が失っていた物でもあり、今の生活が送れているキッカケにもなった出来事。
「……申し訳ない、ヴァイオレット嬢。本当はクロの口から聞きたいのかもしれませんが、話させてください。あの時の事を」
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