追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

領主会議(飲み会)にて_4


 ゲン兄とスミ姉が少し大声を出したので注目を浴び、俺達はなんでもないと周囲に謝り再び兄弟の会話を再開する。

「いや正直グレイ君を息子にしたと聞いた時も、結婚しないけど子供は欲しいのかと……少年系の……」
「正直私は男の子に興味があるのではと初め疑っていたのよ?」
「アンタら弟をそんな風に思っていたのかよ。じゃあなんでアプリコットも保護したと思っているんだ」
「同性愛を隠すため異性と結婚するってよく聞く話だぞ」
「そうだけど!」

 つまりなんだ。この兄姉は弟をブライさんとノワール学園長(仮)と同じ性癖な感じに思っていたのか。本気では思っていないけれど、疑いがあった感じか。

「だってお前学生時代特定の誰かと付き合う気配無かったし、幼少期もあの親が勧めるお見合いとかも断っていただろ?」
「可愛い子紹介されても反応悪かったわよね」

 幼少期だと精神も大分子供寄りになっていたこともあったが、紹介される事の意味は分かっていたし、異性として見ると色々問題がありそうで避けていたからな。
 ……それに前世と今世の親を見ていると、あまり結婚に良いイメージが無かったからというのもある。

「昔から変わっていたよな、クロは。偶によく分からないことを言ったり、父上が止めても隠れて服を縫ったり」
「“遊んで楽しむのに平民とか考えないといけないのか”とかね。お陰で私とゲン兄様は父様母様の教えに染まらずに済んだけどね」

 ……それは俺が貴族社会に慣れていなかったのもあるけれど。
 此処だけ聞くと前世で見た事のある転生系のような子供の頃に学力や倫理観を発揮して注目を浴びる――みたいな感じではあるが。

「でも学力は正直国語・外国語以外は今一つだったが」
「言葉も話せるだけで試験とかは散々だったわよね。数字の計算は早かったけど」
「けど、複雑になった途端に根をあげてたな」
「……悪かったな、勉強出来なくて」

 そんな事は俺には無かった。よく落ち着けと言われたくらいである。
 言い訳では無いが、前世では小中と最低限しか勉強しなかったし、中学卒業後は専門学校だったから服飾以外ではこの世界でも通じる学問的知識は正直無い。
 一応は日本・英・仏・独とかの語学は元より話せたので王国とか帝国の言語には苦労しなかったけれど、文字通り話せて読めるだけなので問いなどの試験的なモノになると散々だったのである。
 ようは勉学は付いて行くだけでやっとの状態であった。魔法に関しては基礎は出来ても……という感じだったし。

「ともかく、何処か一歩引いていた感じがあったクロが結婚か……感慨深いな」
「ええ。そうね……所でいつ結婚したの? ここ一ヵ月の間?」
「四ヶ月前。今五ヶ月目」
「大分前じゃないか」
「なんで連絡しなかったのよ」
「手紙送ったはずなんだけどな……」

 ゲン兄とスミ姉。そしてあまり送りたくなかったがシッコク兄とロイロ姉にも結婚の報告の手紙は結婚後すぐに送ったはずなんだけどな。
 その事を伝えたが、どちらも貰っていないと言う。なんで手紙が通っていなかったのだろうか。
 確かに出してから返事まで間が開いているとは思った。次の手紙ではあまり触れなかったから、もしかしてバレンタイン公爵家か無理に結婚させられたと思い気を使っているのかと思っていたのだが……あ、もしかして。

「もしかして検閲が厳しい時に送ったからな……場所が分かると思って破棄された可能性もあるのか」
「検閲?」
「破棄?」

 送ったのは隠れていたとはいえヴァイオレットさんの監視が厳しかった時期だ。
 確かバーントさんとアンバーさんのように比較的好意的な者が何処かに居て、ヴァイオレットさんの味方になって下手な希望を抱かせないようにするため、だったか。
 避けたつもりだったが、何処かで場所が分かる情報として破棄された可能性もある。

「娘がやらかしたから、罰も含め味方を付けさせないように、ね。子供をなんだと思っているんだ、その親」
「まったくね、碌な親じゃないわよ。……でも、そこまでできるって事は結構身分が高い家系のご令嬢だったりするの?」
「ああ、そうだ。名前は? 俺の義理の妹になるんだ。……どんな子か知らないが、知っておきたい」

 ゲン兄とスミ姉の声が若干だが変わる。こういう時は何処かで警戒している時にする時の声だ。
 俺のやらかし自体は貴族社会では詳細を知っている者は少なくは無いが、どちらかと言うと第二王子アレが流した適当な悪評の方が知れ渡っている。
 そしてそのおれの元に嫁いだ“やらかした”女性だ。性格が悪いとか俺になにか仕出かしていないかと心配してくれているのだろう。……本当に良い兄と姉だ。だけどその心配は杞憂である。

「ヴァイオレットさんだよ。元はヴァイオレット・バレンタイン」
「ヴァイオレットさんか。その子はどん、な……?」
「バレン……タイン?」
「うん、バレンタイン」
「……公爵家の?」
「うん、公爵家の」
「第三王子の、元婚約者の?」
「うん、元婚約者の子」

 あ、今度は声が引き攣った。
 ヤバい事になったと言わんばかりの表情だ。そりゃ弟(男爵家)が王子の元婚約者(公爵家)と結婚していたら驚くよな。俺だって驚いた。

「空が……青いな。こんなに青いと心まで洗われる……」
「今、夜だぞゲン兄。ついでに今は曇天だ」
「ワインって、喉越しが命よね」
「それ麦酒ビールの感想だと思うぞスミ姉」

 ゲン兄とスミ姉は何処か虚空を見ていた。
 ……とりあえずしばらく待っておこう。







「……大体理解した。何処かで謹慎中だと思っていたが、まさかクロと結婚しているとは……」
「私は罰を雪ぐために教会で修道女シスターとして滅私奉公している、って聞いたけどね」

 落ち着いてからどうにか俺とヴァイオレットさんが婚姻を結んだあらましを説明し、大体は納得してくれた。
 仕方ないと言えば仕方ない事ではあるだろう。なにか相当な事をやらかさないと結ばれないような身分差だし。相当な事をヴァイオレットさんはやらかした訳だけど。

「殿下とかに身勝手な決闘吹っ掛けた、と聞くが実際の所どうなんだ?」
決闘そのの件はあまり語らないでおくよ。俺だって詳細を知っている訳でも無いし」

 メアリーさんの話を聞く限りではいわゆる“ゲーム通り”に進んでいたようであるから、詳細を知っていると言えば知っているのだが。
 何故知っているのかと問われれば答え辛いし、あまり言わないでおこう。

「……あまり良い話を聞かないが、大丈夫か? キツイ性格していたり……」
「俺には勿体無いくらいの良い女性だよ。仕事も手伝ってくれるし、グレイも息子として受け入れてくれたし」

 心配そうに質問してきたゲン兄であったが、俺の答えに対して少し間を置き考える。

「……そうか」

 すると何処か安堵したかのように納得してくれた言葉と表情になる。
 俺が嘘や無理をしている訳では無いと判断したように見える……が、こういう時のゲン兄は、何処かで疑っている時のリアクションだ。
 ゲン兄が言っていたようにヴァイオレットさんの評判は良くはない。傍から見れば暴走の結果、殿下と婚約破棄してバレンタイン家に傷をつけた娘として扱われている。その件は否定はしない。
 だが公爵家であった事は確かであるし、多少なりとも権力は有している。その権力を使ってなにかしていないかとか心配なのだろうが。

「俺達の夫婦仲は良好だよ。例えば――」

 よし、ここは俺達が夫婦円満な事を語れば良いだろう。
 何故か兄と姉共に俺が女性に興味ないと疑いをかけていた事も語れば晴らすことが出来るだろう。

「例えば、どんなことがあったんだ、クロ?」

 あれ、でもなにを語るべきなんだ?
 指輪を渡した時の事を話せば俺の渡した時の台詞を言わないといけない気がする。家族の前で告白じみた台詞を言うのは恥ずかしい。
 グレイを救った事は改造オーク(殿下顔)とか話せばそちらの説明の方が確実に長くなる。場合によっては違う心配をされる。
 ……キスをした話なんて兄と姉に赤裸々に語るのはなんか嫌だ。ていうか結婚四ヶ月でキスに辿り着いたとか逆に不仲を疑われそうである。
 ああ、いや。グレイの看病を一緒にしたとか首都でおすすめの店にいったとか色々あるので、そちらを話せば良いのだろうか。
 だが分かりやすいエピソードとなると……そうだ。パーティーに行くときに寒いだろうからと身を寄せてくれた話はどうだ。あの時のヴァイオレットさんはとても可愛くて、腕に――

『――はぁ、はぁ……腕、筋肉、バランス、しなり……頬を擦りたい……!』

「ぐっ!?」
「どうした、クロ!?」
「なんで急に腕を抑えるのよ!?」

 くそ、腕から連想して変態を想像しまったではないか。マズいぞ、俺。時間にすれば数分の出来事のはずなのにあの変態の行動が色々と侵食している。
 落ち着くんだ。前世でもああいう変態は居たじゃないか。会社のデザイナーは殆どが変な性癖を持っていたじゃないか。それと同じなんだ。だから気にしてはいけないんだ……!

「やはり、無理をしているんじゃないか?」
「お兄様やお姉ちゃんの前でくらい甘えて良いのよ? ほら、ここで無理なら何処か部屋に行きましょ? 昔みたいにお姉ちゃーんって甘えて良いのよ?」
「俺スミ姉をお姉ちゃんって呼んだ記憶ほぼないんだが」

 いや、そこはどうでも良い。
 むしろエピソードを話そうとして辛そうに腕を抑えたから、本格的にゲン兄とスミ姉が心配しだした事だ。
 違うエピソードを用意しろ。そう、温泉だ。シアンの勝手とは言え、家族仲良く温泉に入った――

『私の身体に見られて恥ずかしい箇所は無い。隠す必要など何処にある』

「くそう、消え去れ変態め……!」
「頭を抱えてどうしたんだクロ!」
「変態って、彼女になにをされたの!?」

 違う。変態はあの己が肉体を異性おれの前でも隠すことなく晒したシュバルツさんだ。温泉からシュバルツさんの出会いを連想してしまった。あの出会いは本当に衝撃的だったからな……!
 でも問題はそこではない。今度は俺がヴァイオレットさんに変態的扱いを受けてしまっている勘違いされてしまった。これは本格的にマズイ。

「クロ、俺はお前の兄として放っておけない」
「そうね、ゲン兄様。弟を放っておくなんて出来ないわ」
「いや、これは違――」

 う、と俺が言葉を続ける前に俺の両肩をそれぞれが叩く。まるで「大丈夫だ」と弟を安心させるかのような慈愛の表情である。

「スミ、俺は大丈夫だが、いけるか?」
「ええ、連絡さえ入れれば数日は大丈夫。だから行きましょう」
「……何処に行くんだ、ゲン兄、スミ姉?」

 なんか嫌な予感がする。

『――義妹に会いに、シキへ!』

 ……どうしよう。もういっそシキに来てもらってヴァイオレットさんを直接見て貰った方が早い気がして来た。

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