追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

噂という名の情報_3


「私の身体げいじゅつを見たくない、だと? クロくん、キミは正気か!」
「そうだぞ、彼女の素晴らしき肉体げいじゅつを見たくないなんて、クロ君、それでも男子か!」
「正気ですし男です」

 興味はありますし見たいか見たくないかとだけ問われれば、見たいと答えるかもしれないが、それ以上に他の要因が色々ありすぎて見たいとは思えない。
 落ち着け、俺だって昔はデッサンの授業とか妹とかで見て来たんだ。今更どうという事はない。……もう二十年以上前の事だし、興味があるのは確かだけど。

「健全な男の子なら美しいものは見たいだろう? なら彼女の美しさを見ようじゃないか。ついでにキミも脱ぐと良い」
「なにを俺まで脱がそうとしていやがる」
「ほう、クロ君の肉体か。確かに鍛え抜かれてはいるからね、私と並ぶと良いかもしれない。――なに、恥ずかしがることは無いよ。私の美しさの前に霞まないかが不安かもしれないが」
「恥ずかしいのは確かだが、そう言う理由で脱ぎたくないんじゃない」

 くそ、コイツら面倒臭い。シキの住民でも無いのに一員と言われても納得できる。
 だがどうにかして穏便に済まさなくてはならない。下手をすれば無理矢理脱がされて我が屋敷の玄関先で服を脱ぐ男女に、それを見て興奮する魔女という訳の分からないシーンが完成してしまう。
 もし第三者がそれを見た暁には俺はしばらく立ち直れないだろう。ヴァイオレットさんかグレイに見つかった暁には――うん、グレイはまだ変な勘違いをして誤魔化せる可能性はあるが、ヴァイオレットさんはショックを受けて立ち直れなくなるか、「なんというか、その……辛かったんだな」とか言い変に気を使って優しくされそうだ。どちらにしろ俺の精神が危うくなる。

「……シュバルツさんは確かに美しいですし、俺も男である以上は異性の身体には興味があります。ですが俺には大切な家族が居る以上はそうやすやすと他の女性の身体に対し興味を持つ事は好ましくないでしょう」

 まぁヴェールさんの場合も夫と子が居るはずなんだけどな。というか今更だがこの状況を見て夫のクレールさんはどう思うのだろう。……いや、夫の肉体も好きと言っていたし、この感情も夫に向けているとしたら、それでもなお受け入れているという事になるのだろうか。つまり妻の変態性を理解して舐められ――これ以上この事を考えるのはやめておこう。クレールさんと出会った時にマトモに顔を見れそうにない。

「ふむ、相変わらずヴァイオレットくんに対して誠実そうで安心したよ。すまないねお嬢さんフラウ、並び立つ時はまたいずれだ」
「いずれもなにも来ないと思いますよ」
「だがもし、ヴァイオレットくんが並び立って脱いでくれと言ったら脱ぐだろう?」
「え」

 ヴァイオレットさんがシュバルツさんと並び立って脱いでくれと言ったら……い、いや落ち着け、言う訳がない。
 だが脱いで並び立って見たいと言われたら――俺は、どうするべきなんだ……!?

「い、いえ、ヴァイオレットさんが言う訳ないでしょう?」
「つまり言われたら脱ぐのか」
「…………」
お嬢さんフラウ、彼を説得するより彼の妻を説得した方が良いかもしれない」
「そうか、残念だが仕方あるまい。無理矢理は良くないからな、彼の妻から説得して美しき肉体が並び立つ時を夢見よう」

 無理矢理が良くないとかどの口が言っているんだ。
 ……でも無理矢理OKだったら魔法関連では勝ち目無いし、魔法で昏倒させられ縛られた後脱がされてひたすら舐められ――これ以上この事を考えるのはやめておこう。トラウマが増えそうだ。

「ああ、そうだ。自己紹介がまだだったね。私の名はシュバルツ。行商などをやっている者だ。以後、なにかご入用な時は御贔屓に」
「これはご丁寧にありがとう。私はヴェール・カルヴィン。一応王国直属の魔道研究兼実働部門総括の大魔導士アークウィザードをやっている」
「ああ、やはりそうであったか。噂は聞いている。あまりにも美しく若々しいためお嬢さんフラウと呼んでしまったが、不躾な対応をお許し願いたい」

 ……そうだよな。ヴェールさん立派な方なんだよな。王国直属の大魔導士アークウィザードなんてそんな簡単になれないし、年齢を考えればかなり若い部類で職務を務めてる方になるし。
 全然そんな感じはしないけれど。

「いや、気にすることは無いよ。私の事を知りもしないのに敬えと言う方が失礼だからね。それに公共の場でも無いから、別に先程までの対応で構わないよ」
「そうか、ご配慮痛み入る」

 このマトモさを一割で良いから俺の方に向けてくれないかな。無理か。

「しかし、貴女のような方がシキに来るとは……む、クロくんに会いに来たというのならば、もしかしたら私は邪魔であるかな」
「ああ、そちらも気にしなくて良い。シキに来たのは仕事だし、彼に会いに来たのは仕事と実益のためだ」

 実益ってようは俺の身体に対してとかだったりするのだろうか。……自分で言っていて、なにいってんだコイツ状態になっているな。
 その仕事とやらも本当にあるのかは疑わしいが……流石にそこまでではないか。

「おや、そうなのか。だが仕事関連ならば私が聞くのもあまり好ましくはあるまい。席を外したいが、私も商売があってね。中で待機していても良いだろうか」
「いや、気にする事は無いよ。キミも知っている情報だろうからね。何故知っているかは分からない機密のはずだが」
「おや、なんの事だろうか。私は貴女が関わるような機密とは関りの無いただの行商をするものだよ」
「へえ、そうなのか」
「私の場合は特色上様々な情報を売買するのでね。偶々仕入れたのが貴女の興味を引くモノだったかもしれないね」
「……ふふ、では今回はそうしておこう」
「ああ、そうしてもらえると助かるよ。美しきミセス・ヴェール」

 ……何処から聞かれていたかは分からないが、気配もなくやってきて俺達の会話に入り込んできたからもしやとは思ったが、先程の話の内容からシュバルツさんが外部に漏れないはずの情報を話していた事は流石に分かるか。
 変態とは言え、やはり職務は全うするらしい。変態とは言え。

「よし、では脱ぐとするか」

 そして唐突にシュバルツさんは自身の服に手をかけた。
 なにを言い出すんだこの変態。

「待ってください、何故当たり前の様に脱ごうとするんです」
「? 不思議な事を言うね。キミが脱がなくて構わないと言ったが、別に私が脱がないとは言っていないよ」
「そうだな。よし、堪能させてもらおうじゃないか」

 だとしてもここでやらないで欲しい――いや、でも他でやられても困るし、だからと言って屋敷の近くや中でやられても――ああ、くそ脱ぎ出し始めやがった! このままでは変な誤解を受けたり、色々とマズイ事が起きてしまう。

「……クロさんが屋敷前で、女性の方と女性の身体の鑑賞を……!?」

 ……例えばこんな風に、メアリーさんなど事情の知らない者からすれば変に誤解を受けるように。

「ヴァイオレット、ほら、クロさんだって男性ですし、異性の身体に興味を持つ事は仕方ないですから!」
「落ち着け。……大体事情は分かる。だがヴェールさんは……? 一応説明だけはしてもらえるか、クロ殿」

 こんな風に、複雑そうな表情でヴァイオレットさんに憐れまれたりしたり。

「――はっ! これが話に聞くハーレム鈍感系難聴男というやつなのですね!」

 こんな風に、グレイ息子に変な誤解を与えてしまう。
 ……とりあえず、脱衣だけは止めておこう。

「そして確かハーレム鈍感系難聴女はメアリー様の事を言うと聞きます」
「え」





役に立たない備考
ヴェールのシュバルツの肉体好きは、あくまでも女性の中で最上位であって、芸術を見ているようなもののため、夫やクロの方の肉体の方が興奮します。ですが普通にシュバルツにも興奮します。

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