追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
偶に起きる衝動的な感情_1
新年早々メアリーさんが愛を知るためにシキに来るという、よく分からない事が起きた。
別に来ること自体は構わない。ヴァイオレットさんと以前のような険悪な雰囲気では無いようであるし、メアリーさんは俺よりも遥かに様々な才能に溢れた女性であるから様々な知識を教えても貰える。
ただシキの領民の十数名がメアリーさんの魅力でやられるという事をやらかしてしまっていては頭も痛くなるものである。しかも天然でやっているから質が悪い。
とはいえ、信条や行動原理自体は神父様のような“他者を救いたい”であるから、別にやりすぎなければ良いのだけれど。
「おお、雑煮……私が食べた事があるやつと少し違いますけれど、美味しいです」
そして今は落ち着いて、メアリーさんは我が家で雑煮を食べていた。
落ち着かせ方に関しては殺到する奴らに落ち着くように言って、ちょっと対応しただけで鎮静化していた。こちらも特に意識せずいつも通りらしいが……なんとなく学園でもどのように振舞っているか分かった気がする。多分意識して行動しようとすると明後日の方向にいくパターンだと思う。
「む、メアリーは好きなのか……出汁は悪くないのだが、餅? が、慣れなくてな……だが悪くはない……からな。少しでも美味しく食べたいが……」
「無理しなくて良いですよ。これはただの俺の趣味な食べ物ですし」
雑煮を食べるメアリーさんを見ながら、ヴァイオレットさんは少し複雑そうな表情をしていた。餅は感触とか味が独特であるから慣れるまでには時間がかかるかもしれない。
それに食に関しては、ヴァイオレットさんは無理に食べたりすると受け付けなかったりして吐く手前までに行くからあまり無理はしてほしくない。
「だがクロ殿は好きなのだろう? 私もクロ殿が好きなモノは好きになりたい」
おおっと、予想外の一撃が突然襲い掛かって来た。
無理して欲しくないのは確かであるが、俺が好きなモノを理解してくれようとする言葉がとても心に刺さって来た。くそ、新年早々これでは今年の俺の幸せ数値がすぐに底をつくのではなかろうか。
「だが、クロ殿からは新年に食べる縁起物……と聞いているが、メアリーも食べた事があるのか?」
「はい、昔居た場所で食べていましたね。随分と食べていませんでしたが、確かお祝い事の日に食べるもの……でしたね」
メアリーさんはそう言いながら俺を見てくる。
俺はその問いに一応頷くが、詳しい由来は知らない。食べるようになったのも年末番組で妹が食べたいと言い出したから食べるようになっただけであるし、ハッキリ言うならば季節限定料理! ……みたいな感じだ。
「確かそこでは他にも色々新年に色々と縁起物がありましたね。オセチとかハマヤとか炬燵で食べるアイスとかシシマイとかですね」
「メアリーは詳しいんだな」
いや、なんか途中で変な物が混じっていたぞ。
「あとは女子なら振袖とかですね。私も着た事はありますけど、ずっと着れ無かったな……」
振袖か。
振袖は値段が高いし、簡単に着られる服が増えてからはあまり見なかった服装だな。
とはいえ見なかった訳でも無いし、デザイナーの気まぐれで何度か試作や製品も作ったこともある。……下着を着ける着けないで大分難易度が変わるんだよな、あれ。それはそれで楽しいんだけど。
「フリソデ……?」
「はい、私は成長してから着た事はありませんけど、とても雅で良い服ですよ。大和撫子、という純粋で女性的な美の象徴として着られる事が多いと聞きますね」
「ほう、それは私も興味があるな」
「あ、ヴァイオレットなら似合うでしょうね」
ヴァイオレットさんの振袖姿……だと?
なんだそれは。見たい。とても見たい。
只でさえ魅力的なヴァイオレットさんだぞ。振袖とか着たら新たな一面が見れる上に大変な事になるのではないか? 俺が。
「どういう服なんだ?」
「そうですね、口での説明は難しいのでので簡単に書きます。ええっと、こんな感じです」
「今錬金魔法で瞬時に紙を作って、素早く書いたな……どれどれ。……確かに見た事の無い服だ。動き辛そうだが……着てみたくはあるな」
ヴァイオレットさんの菫色の長い髪。白い肌。蒼い瞳。どれをとっても美しいお方だ。
体形はモデル体型と言っても差し支えなく、振袖が似合うとされている体形とは離れていはいるが、そこは型紙師の腕の見せ所だ。ヴァイオレットさんの現状に完璧に沿う振袖を縫って見せようじゃないか……!
「クロ殿はこの服を知っているのか? 私に似合――」
「似合います。間違いなく似合います。そして申し訳ありません、ヴァイオレットさん。振り袖という貴女の可能性を俺が今の今まで失念していた事が恥ずかしい……!」
「ク、クロ殿?」
「ですが安心してください! 着てみたいというその要望に答えましょう!」
「しまった、これはいつぞやのドレスを縫う時にも起きた発作……! このままではマズイ!」
「え? い、一体なにが……!?」
ふははは、そうだ。俺に出来なくて誰に出来る。
ヴァイオレットさんの素晴らしい服は俺が縫って見せる。デザイン関連に関してはあまり俺は良くないが、全ての知識を掘り起こして似合う振袖を俺は作って見せる。
「まずは布と糸を購入しなくては。そうなると二十番と三十番が心許ないな。一時的に代用は出来るだろうが、仕入れるとなると……」
「ク、クロさん? どうしたんです?」
「大した持て成しも出来なくて申し訳ありません。俺は少し縫いたい物が出来たんです。そしてありがとうございます。振袖という新たな可能性を思い出させてくれて」
「は、はぁ……?」
これはメアリーさんに感謝しなくては。
可愛くて美しくて綺麗なヴァイオレットさんの魅力にさらなる高みを見ることが出来るのだ。その機会を与えてくれたメアリーさんには感謝してもしきれない。
「ええっと……本当になにが起きているんでしょうか?」
「クロ様は服飾関連になるとああなる事が偶にあるのです」
「あれ、グレイ君。体調は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。お気遣いいただきありがとうございます。ともかく、ああなると一度電池が切れるか無理矢理気絶でもさせないとひたすら服を縫い続けます」
「そうなんですね……意外な一面です」
ふふふ、そして次は布だ。
ヴァイオレットさんに布色を見繕うためにも布から探し出さねば。
確かシュバルツさんが来ていたし、次来る時には珍しい布を仕入れるって言っていたし、布を売って貰おうか。
そこで布から過去に作った事のあるデザインを呼び起こし、布とヴァイオレットさんに似合う振袖を縫わねば!
「……止めましょうか? 振袖って確か凝れば何ヵ月とか余裕で吹っ飛びますよ?」
「……そうですね。止めた方が良いでしょう。お願いできますでしょうか」
「はい、分かり――あれ?」
「どうされ――おや?」
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