追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

年末の懺悔室にて_3(:紺)


View.シアン


「私は男性の肉体美が好きだ。勘違いして欲しくないのは、筋肉を含めた身体全体のバランスや形状、動きや感触などが好きであり、筋肉好きなだけではない。そして別に誰彼構わず興奮する訳でも無い。あくまでも興奮するのは素晴らしい肉体を誇った者だけだ。それ以外は興味ない」
「は、はい」

 この女性はなにを言っているのだろうか。
 ようは何処かの怪我好きや毒物愛好家のように、一定のモノに興奮するという事なのだろうけれど――い、いえ、なにが好きかは個々それぞれだ。罪を犯さない限りはそこを差別してはならない。
 ……まぁ興奮するという対象であるシキの領主とは関係ないけれど、Cさんが若干トラウマを持っていたので気をつけなければならないのは確かだけど。

「元々は夫以外には興味も無かった。夫が私の理想とする肉体であったからだ。だが……私は出会ったのだ。夫と同等の理想とする肉体を持つ男性に」
「……それは」

 それはつまりクロの身体が目当てという事だろうか。
 ……自分で言っておいてなんだけど、クロの身体目当てって凄い言葉だね。

「言っておくが夫も領主も身体だけが目当てという訳では無い。確かに素晴らしい肉体ではあるが、性格も含め色々と興味があったから婚姻も結んだし、興奮したんだ」

 興奮って普通に使っている時点であまり良くないという事を彼女は自覚しているのだろうか。
 別に興奮すること自体は悪くない。男女の関係を作る以上は必要な事ではあるけど……

「興味、ですか?」
「ああ、夫は性格も含め好きであるし、領主の場合は――」
「場合は?」
「……そうだね、不思議な存在感、というやつだろうか」

 不思議な存在感?
 確かにクロは貴族の領主としては変わっている。
 元々準男爵家であったが、シキの領主になるにあたって男爵となったハートフィールド家三男。だがどちらかと言うと平民の感覚を持ち、こちらの身分が下でも気にせず誰とでも接して、偶に妙なことを言う私より一つ上の男性。
 変わってはいるが……

「キミは感じた事が無いか? 彼の不思議な存在感を」
「……私は言及できる立場にありませんので」
「答えて欲しい。懺悔をするにあたってこれは必要な事だ」
「……そうですね。私から見れば他者は全員が不思議な感覚を持つ迷える者です。他者は誰もが不思議であり、変であり、普通なのだと思いますよ。ですから我が領主も不思議な存在です」
「成程、良い答えだ」

 変わってはいるが、それは特別に変という訳では無い。
 むしろ私としては貴族の見方を変えてくれた男である。だけど、敢えて言うなら同じ褌を持つ不思議な存在というならば――

「それは、メアリー・スー君やクリームヒルト・ネフライト君に対してもそう言えるかな?」

 そう、リムちゃんやメアリーちゃんのような――

「……何故、その名が?」

 私は懺悔室というものは匿名であり、詮索は不要にも関わらず、つい聞き返してしまう。
 先程からだが、この女性……ヴェール・Cはなにを知ろうとしている?
 ヴェール・Cはまるで世間話のついでに私の思考を読むかのように、彼女らの名前を使った。取るに足らない違和感程度のものを押し広げるかのように使ったのだ。
 だが、なにが目的だろう。確かに彼女らは錬金魔法を使う希少な存在だし、メアリーちゃんに至っては学園でもあらゆる分野で突出した才能を持つ才女だ。それを目的とした他国からの間者という可能性もあるけれど……あるいはこの女はクロを追いやった第二王子アレの関係者だろうか。クロの交友関係を狙い、有らぬ事を擦り付けようとしている……?

「警戒しなくていい。ただ、私の感じる不思議な感覚というものが、その女の子達にも感じ取れるというだけだよ」
「……そうですか」

 そうは言うが、信用出来ない。
 不思議な感覚。というのはもしかしてただ目立つ存在で、身分が高すぎない存在を狙ってなにか為そうとしているのかも――

「本当に警戒しなくていいんだ。私は、私はただ……」
「…………」
「――彼女らが男性であれば、素晴らしい肉体になったのに、と思っただけなんだ」

 うん、あれ? 冗談や誤魔化しではない本気な声色で妙なことを言い始めたぞ、このヴェール・C(仮)。

「それはつまり……どういう事ですか?」
「ああ、実は私の息子はアゼリア学園に通っていてね。メアリー君に恋をしているんだ」

 息子とかいるの、この女性。しかも学園に通っている?
 え、つまり子と夫持ちで妻帯者のクロに手を出そうとしていたの?
 子を持っていなければ良いという訳では無いけれど、だとしても――い、いや、恋や愛に年齢は関係ない……けども!

「恋愛は自由にさせているが、ちょっと馬鹿な事をやってね。息子がそこまでするなんてどういう女性かと気になって、学園祭で見たのだが素晴らしい肉体の持ち主だったよ。あれで男性フェロモンが出ていたら危うかった。綺麗で無駄のない身体で正に美の女神ヴィナスだ」

 なに言ってるのだろうこの女性。
 それに馬鹿な事……というのは、イオちゃん関連の事だろうか。だとすればもしかして、あの劇の主演の中の誰かの母親なのだろうか。

「クリームヒルト君とは以前ちょっとした折に出会ってね。彼女の場合はまるでクロくんの妹かのような癒される肉体だった。あれも男性であれば危うかった。清涼感があって良いね」
「清涼感……ですか」
「ああ、そうだとも。冠水した天空の鏡のような塩原を連想させるメアリー君。湖に佇む白鳥かのようなクリームヒルト君。だが私が女であるからなのか、同じ女性である彼女らには一歩届かず興奮まではいかなかった。それこそやはり夫が至高であると実感し、素晴らしい夫を持てたと実感する程にね」

 ヤバい、この女性本気で言ってる。
 ある程度他者の感情や嘘真に敏感な私であるが、この時ばかりは外れていて欲しいと切に願ってしまった。

「だが、そこで出会ってしまったんだ。男性であれば良いのにと願った矢先に――まさに足りなかった一歩ピースを埋めた男性、そう、クロ君に」
「あのー」
「興奮した、ああ、興奮したとも。もし互いに未婚であれば迷わず自身を売り込んでいくほどには。しなやかな腕や身体にある男性らしい骨格と力強さ。無駄のない密度を誇る身体は服越しではない直に見て夫の様に舐めてみたい……!」
「すいませーん、ここは性癖暴露室じゃなくて、懺悔室ですよー」

 私は立ち上がって熱弁を振るっているだろう彼女を止めた。
 なんだかそろそろブレーキ掛けないといけない気がしたからである。
 このままだと興奮のあまりクロの所に飛び出して行ってさらなるトラウマをクロに植え付けそうなレベルだし。

「む、すまない、取り乱したね」

 彼女はコホン、と咳払いをすると、興奮した声を落ち着かせていた。
 良かった、言えば落ち着くような良識はあるようだ。そうでなければ黒魔術師オーくんに頼んでクロを守る対抗策を練らなければならない所であった。

「ともかく、以前シキの領主に出会った時に我を忘れてしまってね。いくら素晴らしい肉体とはいえ良くないと懺悔しに来たんだ」
「そうですか。では、本日の懺悔はそちらでよろしいでしょうか」
「うむ、後悔も反省もしていないし、まだまだ追い求めるが懺悔はしておこうと思ってね」

 本当にブレないなこの女性。一回神罰喰らった方が良いんじゃないだろうか。
 ……あれ、でもなんでこの女性は――私が彼女らに疑問を持っていた事を当てたのだろうか?
 それにクロ達を疑問視しているのもであったのは確かで……?

「時に、クロ君のなにか女性の好きな部位フェチとか知らないか? 例えば我が夫は鼠径部や足が好きなんだが。望まれるのなら磨きたい」
「多分変態性フェチを発揮しない、毅然とした初心な心が好きだと思いますよ」





一方その頃
「――!? なんだ、悪寒が……!? グレイのがうつったか……?」

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