追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
“普段”は立派
俺達はパーティー会場に戻ると、嫌がらせであろう王族名義の招待された立場ではあるとはいえ、なにもしない訳にはいかないため、最低限の挨拶だけをこなして後は流れに身を任せていた。
途中カラスバとクリを見かけたが「うわー、本当に噂の嫁連れてるよ」みたいな複雑そうな表情な後、言葉を交わさずに軽い礼だけをしてヴァイオレットさん達に見つからないように俺達から離れていった。別にそれ自体は構わないので良い。俺とアイツらが会ったと知られる親が面倒だし。……でも後で元気かどうかは確かめておきたいな。手紙とかも無いし。
正直もうこっそり抜け出して帰るか抜け出して時間を潰していても良いとは思うのだが……
「ドレス姿の時ってさ、あんまり料理を食べられないよね」
「食べる目的で作った訳じゃないからな」
「これなら学生服で良かったかな。どうせ着飾っても招待はかからないだろうし」
「お前が普段言っている彼氏でも見つけてはどうだ。パーティーではそういう目的もあるからな。別のクラスの水 組や木組などを見るなど……」
「あはは、色気より食い気! 運動したからお腹空いているし、貴族仕様のパーティーだから食べ物も飲み物も美味しいし!」
「……クリームヒルトがそれで良いなら良いが」
「あ、ごめん。その言葉は割と精神に来るよ。本当は良くなくもない事は分からずもがなだよ」
「どっちだ」
ああしてクリームヒルトさんと仲良く話している姿を見ていると帰り辛くもある。そのため俺は見た事のない料理に目を輝かせながら、少しずつ食べてはさらに美味しそうな表情になるグレイの傍に居シャンパンを持ちながら会話する姿を眺めていた。
しかしクリームヒルトさんもクラスの皆や友達などもいるのに、わざわざ時間を見ては話に来る辺りヴァイオレットさんと相変わらず仲が良いみたいだ。他の生徒であれば地位目当てとか色々警戒するが、クリームヒルトさんだとその心配もない上に楽しそうにしているヴァイオレットさんを見られてこちらも嬉しいものである。
――でも、彼女。今はどういう状態なんだろうか。
今そこにいるクリームヒルトさんとあの乙女ゲームの主人公は別存在だとは理解している。が、やはり気になる事もありはする。
“火輪が差す頃に、朱に染まる”の主なルートはノーマルやグッドなどの派生を除けば六。内一つはトゥルーエンド。残りは攻略対象の個別ルートだ。
だがその攻略対象は全員メアリーさんに惚れており、クリームヒルトさんに気があるような素振りを見せる者は居ない。
このまま行けば彼女も彼女なりの俺も知らないような伴侶を見つけたり、攻略対象と共に愛だの恋だのを育まずとも錬金魔法で大成して立派な職に就いて貴族の地位を貰うかもしれない。
メアリーさんもクリームヒルトさんに対しては妨害をするわけでもなく、救えないなどという訳でもなく、ただの友達として接しているようである。そして性格は俺の知るあの乙女ゲームのような天真爛漫かつ守りたくなるような愛らしさを有しながら、殿下相手にも一歩も引かずに己を貫き通せる強さを持つ性格だ。
……だけどなんだろう。彼女の笑い方もそうだが、あのまま放置して良いのかと不安になる事がある。
「私だって彼氏は欲しいよ。だけど試合のお陰で爆弾魔っていうような渾名が付いちゃってて。払拭も出来ない内に彼氏が出来ると思う?」
「そこを利用すべきなのではないか? 確か……ギャップ狙いのボディーブロー、というやつだ。シアンさんが言っていた」
「なんとなく意味は分かるけど……うーん、じゃあ行った方が良いかな。低身長でも興味を持って貰えるような子供好きのオジサンとか……いっそゴシックな服装とか良かったかも……」
「……クリームヒルトがそれで良いなら良いが」
「あはは、流石に冗談だよ。……狙い目は最近シアンさんに性癖を狂わされたとか言う彼かな。太腿を露出すれば行けると思うんだけど……」
「待て」
……まぁ変に心配し過ぎか。
何処かの兄妹の様に声や香りに興奮していたり、鍛冶師のようなショタに目覚めている訳でもない。ましてや変態魔法使いの様に肉体フェチとかでもないし、美しさを誇示するため脱ぎだしポージングをするわけでもない。
……思い返すと“変”に慣れ過ぎているな、俺。多分そのせいで疑心暗鬼になっているのだろう。
「私を呼んだかな、クロ君」
呼んでねぇ。
俺はそう言いそうになる言葉をシャンパンと一緒に飲み込み、声をかけて来たヴェールさんの方へと向く。
ていうか自然に俺の心を読んでいなかったか、この魔女。
「どうされましたか。先程まではご子息と共に居られたと思っておりましたが」
「息子も年頃でね。母親が一緒では楽しめるものも楽しめないものだろうからね。挨拶や試合を見ての勧誘も一段落した事だし、後は若い者で、というやつだ。そこで暇そうなキミを見かけたものだから来たわけさ」
俺に対してはあんなだけど、ヴェールさんは普段はマトモらしいんだよな。
ヴァイオレットさんも評価を聴いたら「常に冷静沈着で、魔法を専門の扱う者ならば誰もが尊敬する」とか評していたし。正直あんな出会いのせいで信じられないけれど。
「警戒しなくていいよ。別に取って食う訳じゃないさ。キミの息子もいる前で自身の趣味を暴走させるような不品行な女ではないつもりだ」
アンタさっき俺にメアリーさんにやった事をやってくれってグレイも居る所で言っていたよな? ……という言葉をどうにか飲み込む。くっ、シャンパンが先程飲み込んだせいで空であるのが恨みがましい。どの口が言うんだと言いたい。
「クロ様、ヴェール様、よろしければこちらをどうぞ」
「ありがとう、グレイ」
「おや、ありがとうグレイ君」
俺が恨みがましく思っていると、先程まで料理に目を輝かせていたグレイがいつの間にやらトレイに乗せた状態でシャンパンを差し出してきた。相変わらずの仕事ぶりではあるが……
「だがキミは今日は招待者、クロ君の息子として招かれているんだ。あまりそういった従者じみた行為は良くないよ。手で持って渡す分には良いだろうけどね。その場合もクロ君に渡して、クロ君に渡させた方が良い」
「あっ……申し訳ありません。分かってはいたのですが、どうしても癖が抜けずに……」
俺が後で注意しようと思っていた事を先にヴェールさんに注意された。
そこの所のマナーについては俺も詳しくは無いが、流石にウエイターっぽく運ぶのは良くない。一応グレイも貴族ではあるのだし。
「ふふっ、グレイ君はまだ若いからね。またこれから慣れていけばいいさ。そうだね……今度は気になる女の子が出来た時にでもシャンパンを渡してみるといいものだ。会話するきっかけにもなるからな」
「気になる女性……ですか」
「ああ、今居るのか将来できるかは分からないが、キミなら相手の子も喜ぶだろうからね」
くそ、誰だこの大人な余裕を持ちながら微笑みを浮かべる女性は。
グレイの頭を撫でて微笑み、優しく諭す姿はヴェールさんが優しいお母さん的な姿を連想させる。俺にその表情を向けて欲しい訳では無いが、一割でもその落ち着きを変態性を発症させる時に見せて欲しい。
「おや、グレイ君は飲まないのかい? グラスは私達の分しかないが……良かったら私の分を飲むといい」
「飲んではみたいのですが、先程こちらのシャンパンには少量ですがアルコールが含まれていると聞きまして。アプ――我が師匠に少量でも成人しない内は飲むものではない、と教わっておりますので」
「ほう、立派な師匠だ。そして言いつけを守る良い弟子だ。ふふ、良い子だね」
「――ん、にゅう……」
本当に誰だこの女性は。
撫でられるグレイも普段なら恥ずかしがりそうなのに、撫でられるがままになっているし――ん、待て。シャンパンに少量のアルコール?
確かにアゼリア学園に通う学生は皆成人している年齢だ。種族にもよるが、少量のアルコールならば飲んでも良いのが我が王国の法律ではある。
だけどさっきこのシャンパンって……
「ん、どうしたクリームヒルト? 急にふら付き始めて……疲れているならば無理をせずとも何処かで休憩を……」
「はれ? ヴィオちゃんって分身出来たっけ?」
「ヴィオ? 分身? 急にどうしたんだクリームヒルト」
「それにしても暑いねー」
「いや、火暖房器具で適温だと思――ク、クリームヒルト! 何故脱ぎだす!」
「あはは、暑いから。……だからヴィオちゃんも脱ごう?」
「待て、クリームヒルト。落ち着け、な?」
「大丈夫! 皆で脱げば羞恥心なんていずれ忘れる!」
「つまり普通に初めは恥ずかしいという事ではないか」
俺はクリームヒルトさんが吐く前に水を飲ませるために走った。
流石に以前のような事が起きてドレスを台無しにされたくなかったし、なんか色々危うかった。
備考:途中のシャンパンマナーは適当な部分があります。
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