追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
元が一以上の二乗
「経緯は分かった。だがクロ殿、殿下相手に喧嘩は良くない」
「経緯は分かりました。ですが殿下、喧嘩はいけない事です」
胸倉を掴みあった後そのまま表に出て喧嘩しようとし、正面から出ると面倒なので適当な他者の居ない所に移動しようとしていた所をヴァイオレットさん達に見つかった。そして喧嘩を止められた後、俺達は会場に向かいながら説教を喰らっていた。
経緯に関しては喧嘩になりかけた途中から言葉自体は聞かれていたらしく、互いに大切な相手の為に怒っていたのは分かられていた。そして何故喧嘩するようになったのかを殿下が告白するなど変になった部分などを省略し説明した。
「気持ちは嬉しいが、流石に喧嘩は見過ごせないからな。気持ちは嬉しいが」
「気持ちは嬉しいですが、秘めてこそ良いモノもあると言いますか。気持ちは嬉しいですが」
ヴァイオレットさんとメアリーさんは顔が少しだけ赤かった。この可愛らしい表情が見られただけでも……と言ったら怒られそうである。
なお、合流したのかバーントさんとアンバーさんは僅かだが複雑そうな表情でヴァイオレットさん達の後ろに控えている。なんというか「ヴァイオレットさんを慕っていて見捨てた殿下が恨みがましい筈なのに、今の殿下は……」みたいなどう対応して良いか分からなそうな表情である。気持ちは分かる。
「ところでハートフィールドははぐらかしていたが、やはり仮面を被っていたのはメアリーだったのだな」
「はい。……ヴァイオレットとお話をしたかったのですが、私がそのまま連れ出すと二人きりで話せないと思いまして」
「だから仮面を被っていたのだな。メアリーがわざわざ選んだあの仮面、似合っていたぞ」
「えっ」
「えっ」
……殿下は本当にあの仮面をメアリーさんが好んでつけていたと思っているのか。
先程の告白の件と言い、何処かズレているのだろうか。
「……やはり――だな」
喧嘩しないように俺と殿下の間に入りメアリーさんと並びながら歩いているヴァイオレットさんが小声でなにかを呟いていた。
……しかし、ヴァイオレットさんとメアリーさんが並ぶと互いが互いを引き立たせている美しさがある。
ヴァイオレットさんは黒いドレス。メアリーさんは白いドレスなのでより顕著と言うべきである。
「やはりメアリーは存在しているだけでも空間をより彩らせるな。見ろ、すれ違う者達が皆お前の美しさに惹かれている」
「ふふっ、ありがとうございます殿下。ですが殿下がおられるから見ているのですよ。殿下の紅い衣裳もお似合いですから」
「ありがとう。だが……このまま会場に行くのは惜しいな」
「? 何故でしょう」
「会場に行けば多くの者達の視線がメアリーに集まる。……そうすれば俺は嫉妬に狂いそうだ。俺はお前を連れ出して、このまま独り占めしたい」
なんでコイツ俺達が隣に居るのに口説いてやがんだ。
確かに時代的にもあの乙女ゲーム的にも口説くのは強気なのは多いが、よくもまぁ元婚約者とその夫が居る前で口説けるものだ。
今の状態のメアリーさん好意に当てられて耐えられるのだろうか。医務室の時のように顔を手で覆い赤くして処理落ちしなければ良いが。
「駄目ですよ。貴方は気高き紅い獅子。王族の役目を果たさず逃げる原因を私に見つけたというならば、女としては嬉しいですが、私としては悲しいです。殿下を平民の私まで落としてしまうのですから」
「いや、そういう事では無く……」
「それに私は月組の皆とイベントの終わりを共に過ごすのも楽しいと思いますよ。楽しさは大切な相手と多くで共有したとい思いませんか、ヴァーミリオン君?」
「むっ……仕方あるまい」
うわぁ手強い。
忘れていたがメアリーさんは今まで仲良くなりながらも恋仲にはなっていない程手強い相手だった。俺の前では割と取り繕っていないので忘れていたけど。
「…………」
「ヴァイオレットさん、どうされました?」
と、メアリーさん達の寸劇を見ていると、ヴァイオレットさんも何処か複雑そうな表情でメアリーさん達を見ていた。
俺のようななにやってんだコイツら、というような感じではなさそうだ。
「殿下もあのような台詞を言うのだと思ってな」
「……もしかして、言われたかったりします? ……その、殿下に」
まさか、殿下が言っていたように、殿下への恋心が残っていて複雑とかじゃないだろうか。自分には言われなかった、新たな一面を見て……とか。
でも確かに十年以上慕っていた存在だから……いや、弱気になるな俺。でも慕っていた気持ちが残っているような反応をされても大丈夫なように心構えだけはしておこう。
「? 殿下に言われようとどうでも良いが……クロ殿に言って貰えると嬉しいことは確かだ」
ヴァイオレットさんに心底不思議そうな表情をされた。
くそ、違う意味で大丈夫じゃなかった。打算などは無さそうな表情で言われて効果は二乗である。
くっ、そんなこと言われてしまっては俺も言わざるを得ない。だが……
「そうですよね、やはりヴァイオレットさんがこの会場内に居る誰よりも魅力的なのは言わずとも確かですが、言葉ではっきりした方が良いですね……」
「え」
「ですがすいません、俺に教養が無いばかりに……! 俺の語彙力ではどうしても綺麗や大切といった単純な言葉になってしまうんです……!」
「えっと……クロ殿、今……」
「ですが、素晴らしい存在こそ最上の褒め言葉は単純になると思うんです。少なくとも今の俺ではこの言葉が精一杯です。――綺麗です、ヴァイオレットさん。貴方の夫として誇らしく思います」
言い訳の言葉が多くなり、男らしくなかったが精一杯の感情をこめてヴァイオレットさんを褒めた。
生憎と殿下とメアリーさんのような言葉は紡げないが、これ喜んでもらえると嬉しいのだが……呆れられなければいいと思いつつ、ヴァイオレットさんの様子を確かめる。
「…………あ、ありがとう、クロ殿。充分嬉しい……ぞ」
良かった、とりあえずは呆れられてはいないようだ。
なんかバーントさんとアンバーさんが後ろで声が素晴らしいだの照れの香りが素晴らしいだの小さく呟いていた気がする。あとメアリーさんが頬を少し赤くしてこちらを見ているのは気のせいか。
「聞き捨てならんな。メアリーの方が美しいに決まっているだろう」
そして殿下がまた喧嘩を売って来た。
よし、やはり一度買った方が良いようだ。
「やはり殿下とは一度殴り合ってどちらの主張が正しいかハッキリさせるべきなようですね。俺が勝ちますが」
「ああ、お前との話し合いは白黒一度ハッキリしておくべきだな。俺が正しいと証明されるのは必然だろうが」
「クロ殿、落ち着いてくれ。嬉しいが落ち着いてくれ」
「ヴァーミリオン君。何故当事者である私達を置いて私達の事を決めようとしているんです?」
再び喧嘩しそうになった所を、ヴァイオレットさん達に止められた。
……俺って王族と相性悪いのだろうか。
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