追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

拳で殴り合おうとする


「アイツと一緒に居ると楽しい、か。……俺には分からない感情だ」

 俺の言葉を聞いた殿下は、何処か遠い過去を振り返るかのような表情で呟いた。
 殿下にとってのヴァイオレットさんと俺にとってのヴァイオレットさんが印象イメージが離れすぎていて、どうも二つが結び付かないようだ。

「……俺はアイツを好きになる事は、出来ない」

 しばらく黙った後、殿下は嫌味などではなく感情を吐露するかのように呟いた。
 好きになることは出来ない。という事は、殿下もヴァイオレットさんが好意を抱いていたこと自体は自覚していたのだろうか。それでもなお殿下が好きになることは無かったようだが。…………。

「王族としての理想を強要したからですか?」
「そうだ」
「対等な存在が欲しかったようですからね」
「そうだ」
「……ですが、王族として生きる事からは逃げるつもりはないのですよね?」
「……そうだな」

 先の一年の部決勝で、殿下はメアリーさんに熱い言葉を貰っていた。内容はあの乙女ゲームカサスでも重要であった殿下の心情を変える「貴方と対等でいたい」という言葉。王族として生き方に嫌気がさしつつも、根は何処かで諦めていて無意識に手加減と下賜をしていた殿下の目を覚まさせた一言だ。

「……“我々は、他者と同じようになるために、自己を四分の三を喪失する”という言葉を知っているか?」
「……いいえ。不勉強なものでして」

 殿下は近くにある窓の外を見て過去を思い出しているかのように俺に問いかけた。だが生憎とそのような言葉は知らないので、俺は素直に否定する。

「メアリーが俺に言ったんだよ。何処かの哲学者の言葉だそうだ。そもそも強者は自分の運命を嘆かず、“自分”と“世界”から逃げず、自分を放棄しないのだとな」

 メアリーさんの言葉……というよりは前世での誰かの言葉だろうか。この世界の哲学者の言葉なら殿下は知っていそうだ。
 つまりそれは――

「ヴァーミリオン殿下は、王族として生きるために自己を放棄していて。ヴァイオレットさんは自己を放棄するのを助長していた、と言いたいのですか」

 殿下は王族として生きるためにヴァイオレットさんと同等……種類の違う厳しい教育を受けていたと聞く。
 殿下も抜け出してアッシュやシャトルーズなどと遊んでいた時期もあったそうだが、段々と難しくなり、そして求められた“在り方”は殿下の望む形とは違うモノだった。
 ようは顔も知らない国民だれかを満足させるためには、ただ王族という象徴シンボルとして生き、己を殺すしかなかったという事なのだろう。
 そしてその自己を殺す事を強要したヴァイオレットさんが鬱陶しく、あの乙女ゲームカサスでのあの選択肢ことばにもより失望していた。

「そうだ。……だが、先程の闘技場の試合でもメアリーに言われた。見ようとしていなかったのは俺の方であるとな。国民も、親も、教師も、友……そして、ヴァイオレット。……ハートフィールド、お前の言葉を聞いていると、許すべき事が分からなくなる」

 ……そういえばエクルが敵対した時も殿下は警戒をしていたが、黙っていて攻撃的では無かったな。あの時は腹が立っていたので敵にしか見えなかったが。あの時から色々と疑問を感じていたのだろうか。

「……もし追い出した事に罪悪感を感じているならばお門違いですよ。私はそういうつもりで言ってはいません」
「分かっている。ただ俺は、俺の世界に俺が蓋を閉じ、狭い箱庭の中で世界はつまらないと嘆いていたのかもしれないとな」

 やだメルヘンチック。
 ……茶化している場合ではないな。あの乙女ゲームカサスだったらルートは大分進んでいるし、メアリーさんが上手くいっていると認識しているほどルート通りなら、殿下も殿下なりに見方が変わっているのだろうか。

「ヴァイオレットがした事は許せない。だが敵対ばかりではなく、ハートフィールドのような味方も居るアイツと話すべきだと、お前の話を聞いて思った」

 ……もし俺の話を聞いて少しでもそう思ってくれたのならば重畳だ。
 敵対ではなく、対話を望んでくれるのなら――

「それはつまり……」

 もしかして殿下は――

「ああ、まずはメアリーと合流し、俺も仮面を被って話し合いをして、月夜をバックに俺とメアリー、そしてハートフィールド達がダンスを踊った後、俺は会場でメアリーに告白をする!」
「そうですか、成程。……なる、ほど?」

 あれ、おかしいな。
 途中まで納得していたはずなのに最後で理解できなくなったぞ。

「お待ちください、話が飛び過ぎて何処かおかしかった気がするのですが」
「ヴァイオレットには俺に対する謝罪よりも、まずは一番の被害者であるメアリーには謝罪してもらう。ここは外せない」
「そうですね、分かります。ですが仮面は何故?」
「あの仮面はメアリーが進んでつけていたように見えた。ならば好みであるものを共有したい。仮面を被って共有してメアリーがと心を一つにしてハートフィールド夫妻と互いを知るべきダイアローグだ。その後話し合いをしたらいい時間になるだろう。パーティー会場の外れで互いを知った後喧騒が遠くに聞こえる所で踊り、会場の告白で結ばれる……うん、良いシチュエーションだ」
「狂った世界の話ですね」

 うん、先にメアリーさんに謝罪を要求するまでは分かる。
 だから今ヴァイオレットさんとメアリーさんの話し合いの場を設けるのに協力している訳だし。だがそれ以降が色々おかしい。
 告白するにしても身分差とか問題はどうするとか、元婚約者が招待された状態で告白とか後の貴族社会でどうするんだとか色々あるぞ。
 そして今の状態のメアリーさんが告白を受ける余裕はあるのだろうか。

「ヴァイオレットさんもまだ整理が付いていないかもしれません。殿下に対して精神的に不安定の可能性もありますから、あまり仮面といった不安要素は排除して頂けると……」

 それにあの仮面は単純に、顔を隠すから以前クリームヒルトさんが作っていた仮面をつけよう! とか訳の分からない理屈を言ってメアリーさんが急ごしらえで作ったモノだ。好みでもなんでもないのだが。

「まさか……アイツは未だに俺への恋心を捨てきれないというのか……!」
「……何故そうなるのです」
「整理が付いていないというのは、ヴァイオレットが俺への好意を捨てきれていないという事なのだろう。そしてそれがお前との夫婦間の愛情を超えてしまうのではないかと不安なのではないのか」
「喧嘩売ってんのか」

 しまった、つい素の言葉が出てしまった。
 確かに殿下に対して恋心が残っていないかというのは不安ではあるが、整理が付いていない、というのはそういう意味ではない。

「喧嘩は売っていない。だがアイツが俺に相応しくあろうと努力をしてきたのは確かだろう」

 ……この殿下、イラッと来るな。自分に酔っているが無駄に美形なので言葉に納得しそうなのが腹立つ。

「好意というものは安々と打ち消せない。四ヶ月程度では十年という月日は超えられない。……すまないな」
「やはり喧嘩売っていますよね」
「何故そうなる」
「そうとしか聞こえません」

 ……もしかして俺は殿下に対して攻撃的になっていたのは、単純に、俺が大切に思っているヴァイオレットさんの綺麗さが、殿下の為に磨かれていた事に嫉妬していただけなのだろうか。

「残念でしたね。俺は既に末永く共に支え合おうと誓い合った仲なのですよ。婚約指輪を渡して、ヴァイオレットさんが微笑みながら返事をしてくれたんですよ」
「未だに手を出せていない夫婦がなにを言うか」
「手を出しまくっている女性に惹かれている殿下に言われたくありません」
「メアリーを愚弄する気か! 聖女の如きメアリーに多くの者が惹き込まれているのは当然だ! 今まで過ごした愛を説きつつも博愛主義のメアリーには届かなかった! だから王妃となるよう告白しようとしているんだ!」
「情けない事を堂々と言っているんじゃないですよ! ようは強気に出ても上手く躱されて来て恋愛関係になれていないという事だけでしょうが!」
「うっ……ぐっ……それはそうだが……! だが、お前は夫婦にもなっておきながら進展が無いではないか。キスの一つも出来ないお前に恋愛を説かれたくはない!」
「ぐっ……うっ……否定は出来ませんが、身体的接触だけが全てではないでしょう! 家族で共に過ごす時間も大切です!」
「ヘタレめ! ――はっ、まさかハートフィールド! お前はメアリーに惚れたとでもいうつもりか!」
「文脈が飛び過ぎです、何故そうなるのですか!」
「お前はメアリーに抱きかかえられただろう! さらには試合や医務室でも他に誰も居ない空間でメアリーと過ごした! ヘタレなお前がメアリーと接触して惹かれない訳ないだろう!」
「残念でしたね! 俺にとってヴァイオレットさんと夫婦である事が凄く幸福なんだよ! 幸福だから今更惹かれるものか! 婚約を戻してほしいと言っても遅いからな!」
「言わないし勝手にしろ! 俺はメアリーと共に有ろうとしている! 何故ならメアリーはヴァイオレットと比べ物にならないほど素晴らしい存在だからな!」
「ヴァイオレットさんの方が魅力的だろうが!」
「お前喧嘩売っているのか!」
「殿下こそ喧嘩を売っているだろう!」
「よし、表に出ろ!」
「ああ、出てやろうじゃないか!」

 俺達は罵倒し合い、胸倉を掴みあった。
 普通に不敬罪で処刑されそうであるが、そんな事よりもこの殿下がムカついた。
 カーマインの野郎とは違って殺意はないけど、とにかく腹が立って一発殴ってやりたかった。





備考:※殿下は今話ではこんなですが、普段は割とクールです。

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