追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
自然と出た笑み
“火輪が差す頃に、朱に染まる”のゲームにおいて、ヴァーミリオン殿下のルートでとある選択肢がある。
場面は赤い夕陽が部屋を染めている一室で、殿下が主人公に対してこう言う。
『お前も、俺が王族だから慕うのか? 王族としての生き方を強要し、王族の地位が無くなれば価値が無いと、王族の務めだからと俺を犠牲にし、俺を見ようとすらしない奴らと同じなのか?』
内容としては王族など身分がある相手にとってはよくある問題ではあるが、今まで隠していた殿下の葛藤や感情の吐露を見る事が出来る重要なシーンだ。
この問いに関しての選択肢は四つある。
・そんな事は無い。私は“ヴァーミリオン”が好きなんです
・何故そんなこと言うの! 私は……!
・ええ、そう。王族でない貴方に価値などないよ
・そんな事誰も言っていない!
という許容や否定などの選択肢だ。
一見すると正解は『そんな事は~』であり、事実この選択肢を選べば暫く会話をした後にスチルを挟んで仲が深くなり、ヴァーミリオンルートとしてそれ以降の選択肢を間違えなければ最後には幸福な結末が訪れる。
これでトゥルールートに行くための“全員のルートを最後までBAD以外で見る”というフラグが達成されるため、多くのプレイヤーがトゥルールートを終えるまで、ヴァーミリオンルートはこの結末がグッドエンドだと思ったままプレイする事になる。
……だがこの選択肢、ヴァーミリオングッドエンドに行くための正解は『ええ、そう。王族でない貴方に価値などないよ』なのだ。
『そんな事は~』を選択した場合の結末はノーマルエンドなのである。
言われた殿下は気があった主人公に言われた事にショックを受け、同時に「お前もヴァイオレットと同じなのだな」と失望する。
しかし主人公はそこで止まらない。なんと殿下の胸倉を掴んで(身長差約三十五cm)頭突きをくらわす。そしてこう言うのだ。
『責任から逃げて、楽になろうとしか考えていない貴方になんの魅力があるの。私は弱い男を慕う気も無いし、好きにはならないよ。……ペットのように可愛がって欲しかったら、娼館にでも行ったら? 身分とお金でいくらでも可愛がってもらえるよ』
と、主人公が攻略対象に娼館を進めるという凄い台詞を言う。ゲームには主人公の声が無いのだが、言葉の端々から冷たく言い放っているのが分かるほどに思い切り殿下を突き放す。
そしてその場面はそこで終了するため、プレイヤーは殿下のフラグが折れたと勘違いする。……しかしこの一連の流れが殿下の覚醒に繋がる重要なイベントなのだ。
殿下にはあらゆる才覚がある。だが才覚が色々あって抑えられており、その制限を解除するのに先程の主人公の言葉が必要であったのだ。
理由は……いや、今は置いておこう。
何故今そのような事を思い出しているのか。理由は簡単である。
「ハートフィールド。メアリーは何処だ」
その面倒な殿下が俺を問い詰めてきているのだ。
ヴァイオレットさんとメアリーさんを誰も居ない所で会話するように仕向け、グレイはクリームヒルトさんとヴェールさん共に会場近くで待機させ、バーントさんとアンバーさんは会話が聞こえない場所で、誰にも見られないように待機させた。
俺は誰かが追って来る事を考え、軽くうろついてヴァイオレットさん達の所に行かせないように周囲を回っていた。
そしてメアリーさんの【認識阻害】を抜けたのか、ただのカンなのかは分からないが仮面女性をメアリーさんだと確信して追って来たのは、王族と異名に合う赤い衣装の殿下だけであった。……派手なのに着こなせている辺り流石と言うべきか。
あと裁縫が素晴らしいな。裁縫をした方を紹介してもらいたい。
「こんばんは殿下。一年の部及び外部の者も参加する特別試合の優勝、おめでとうございます」
「そのような事はどうでも良い。メアリーは何処だと聞いている」
殿下は俺の礼に対し、俺に同じ質問をする。
殿下も俺がワザとらしくしているので腹立たしいのだろうが、生憎とメアリーさんの場所を言うつもりはない。
ヴァイオレットさんと話す機会を奪われたくないし、先程のエクルの件もあるから少し位とぼけても良いだろう。
「メアリーさんの居場所は知りませんよ。彼女は目立つ存在ですから、一度でも見かければ情報を提供できたかもしれませんが……申し訳ないです」
「……先程ハートフィールドが連れた仮面の女は?」
「誰なのでしょうね。仮面をつけていましたから、私には誰かは分かりかねませんね」
「分からないのに、あのような対応をしたというのか」
「分からないから、あのように対応をしたのですよ」
……自分で言っておいてなんだが不敬罪で捕まらないよな?
ヴァーミリオン殿下の兄をぶん殴っている時点で言うのも変だが。
「……クロ・ハートフィールド」
「はい?」
殿下は少し間を置き、俺の名前を呼ぶ。
てっきり俺の対応に腹を立て、独りでメアリーさんを探しに行くと思ったのだが。
「お前は何故そこまでしてあの女の味方をする」
「あの女、というと」
「……ヴァイオレットだ」
殿下は俺の問いに対して、冷静な声色ではあるがその名前をあまり呼びたく無いかのような間を開けて返答する。
初めて会話した時もそうであったが、殿下は相変わらずヴァイオレットさんの事が嫌いなようだ。というかこういう質問ばかりだな。
「エクルとの時もそうであったが、身分が上の俺達に対してもお前は引かない所か敵対の意志を見せた。……ヴァイオレットを大切な女だと言った」
「はい、間違いは無いです」
「それは元とはいえ公爵家の女だからか。それとも外見に惹かれたか」
「外見は好ましいと思いますが、公爵家云々は関係無いですよ。味方する理由は簡単で、ヴァイオレットさんは家族で尊敬できる方ですから」
「お前の前では大人しくしているかもしれないが、あの女は――」
「高慢かつ周囲を見ない激情家で、身分差に五月蠅く威圧が多く。殿下に王族の生き方と言い自分の理想像を強要する、殿下の事を理解しようともしない、殿下が一度も好きになった事は無い女性、ですよね」
「……そうだ。そんな女の何処に尊敬する所がある」
今の情報自体はあの乙女ゲームの情報だけど、間違いではないようだ。
正直味方する理由なんて「ごちゃごちゃ五月蠅い、大切に思って悪いか」と言いたいが……言ったら言ったで後々に面倒だし、説教みたいでアレだけど言いたいこともあったから言いたい事は言っておこう。
「そうですね。メアリーさんと殿下が仲良くしているのに嫉妬して、いつも小言を言っていたようですし、愛想も無くてつまらなく、幼少期にアッシュ卿達と遊ぶ事にも良い顔をせず、殿下の好きな食べ物……ポトフでしたっけ。それに対しても良い顔をしなかったそうですね」
「……ヴァイオレットから聞いたのか?」
「いいえ、私の想像ですよ。では、殿下。ヴァイオレットさんの好きな食べ物は知っておられますか?」
「お前はこう言いたいようだな。俺もヴァイオレットを理解しようとしなかったのに、俺だけが理解されることを望み、一方的に嫌っていた、と。だからお前がヴァイオレットの味方をする理由が分からないのだろう、と」
それもあると言えばある。
先程あの乙女ゲームにおける殿下の事について思い出したのも、理解されようとしている殿下の姿があったからなのだろう。
「では答えてやろう。好きな食べ物は“ない”だ。……昔つまらなそうに答えていたよ。好きも嫌いもないのだとな。……そういう女なんだ、アイツは。それとも歩み寄って意図を汲んで見てやれば良かったでも言いたいのか。今は違うとでも言いたいのか」
好きな食べ物は“ない”か。
昔答えていた、と言うからにはかつて殿下にも歩み寄ろうとした時があったという事だろうか。だけど結果は――今は別に良いか
「いえ、正解ですよ。ヴァイオレットさんは未だに一定以上食事をすると吐きますし、あまり好き嫌いについて語れないのでしょう」
「……吐く?」
「ええ、吐きます。とは言え元々人族女性平均程度は食べれますし、今は大分食べられるようにはなってきていますが」
「待て、そんな話は聞いた事が無い。適当な、」
「適当ではありませんよ。ある時に申し訳なさそうに言ってくれましたから。……殿下には言えなかったようですが。ですが仕方ない事かもしれません。ヴァイオレットさん自身も殿下を理解できておらず、自分の理想を押し付けたと思っているようですから、互いが互いを知らないのも無理は無かったのでしょうね」
……あれ、今更だが何故だろう。
何故俺は殿下にこんなに攻撃的に言葉を掛けているのだろうか。
「ハートフィールド、なにが言いたい。もしやお前はヴァイオレットが食事を満足にできないのも、王族に相応しくなるための厳しい教育の弊害であるから、同情してやれとでも言うつもりか」
「言ったら同情してくださるのでしょうか」
確かに一昨日に初めて殿下と会話した時の言葉に腹を立てていたのも事実であるが、シャトルーズやアッシュ、エクルの時も似たような罵倒の言葉を言われたじゃないか。
だけど、何故今の俺は殿下にこうも攻撃的になっているのだろう。
「……アイツの努力は知っている。気高くあろうと教養を磨き、強迫観念から拒食に陥りかけたといたのならば多少の同情はしよう。だからといってアイツの行動の全てが許される訳でもない」
「ええ、そうでしょうね。殿下やメアリーさん達にした事は簡単に許される事ではないでしょうし、私が許しを強制できる立場でもありません」
許す許さないは当事者の問題だ。
俺が出来るのは精々ヴァイオレットさんの心情を支え、場を整える位だろう。
……だけど、今の殿下の言葉を聞いて少しだけ安心した。ヴァイオレットさんの努力を一切知らないという事が無いという事は、まったく見ていなかったという事では無いのだろうから。
「ですが私にとってヴァイオレットさんは、一緒に仕事をしてくれて、俺達の為に料理を覚えようとしてくれて、慣れない場所にも慣れようとしてくれています。楽しそうに笑顔になるのを見ると、俺も嬉しく思うんです」
「アイツが……笑う?」
「……話が逸れましたね、申し訳ありません。俺がヴァイオレットさんの味方をする理由ですね。それは――」
味方をする理由。
やはり単純ではあるが、これだろうか。
「愛しき妻ですからね。一緒に居ると楽しいですから、俺はそれを守りたいだけですよ」
俺は自然に出た表情で殿下の質問に答えた。
俺にとって大切なのは、近くに居るヴァイオレット・ハートフィールドなのだから、それを守りたいだけだ。
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