追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

寒いから仕方ない


 時間を見ると丁度いい時間だったので、ドレスの上からコートを着て貰い、バーントさんとアンバーさんが必要な荷物を持つ。
 正直行くのは嫌だが、こちらから行かなければ迎えが来て強制的に連れて行かれるという話であるし、ならば自ら行った方が楽である。それに……ドレス姿のヴァイオレットさんと一緒に居られるので、そこは良しとしよう。

「んじゃ、すまないが俺達は行ってくるから」
「了解、いてらー」
「弟子も気をつけてな」
「はい、ありがとうございます。……後はお願いします」

 一応学園祭の総括パーティーは、招待者と関係者しか呼ばれない代物だ。
 そのため、パーティーには招待されていないため参加できないシアンとアプリコットに別れを告げ、俺達は宿泊所を出発する。
 首都は大規模な学園祭の大締めともあってか、首都の民が学園祭と一緒になって盛り上がっている雰囲気が感じ取れる。ようはなにかにかこつけて馬鹿騒ぎしたいのだろうが、警備の者も居るので羽目は外した様子は無い。
 中には俺達と同じように、一旦家に帰って着替えたのか、慣れない服を着てパーティーに行こうとしているような学園生や、緊張した面持ちで学園会場に向かう平民用白い学生服のまま学園に向かおうとしている者も居る。
 学園祭のパーティーではあるが、場合によっては将来にも影響する行事イベントだ。少しでも良く見せたいと頑張っているのだろう。

「ヴァイオレットさん、寒く無いですか?」
「コートのお陰で平気だ。クロ殿も平気か?」
「ええ、大丈夫ですよ」

 俺は歩いている最中に、隣を歩くヴァイオレットさんを気に掛ける。
 首都に雪は降っていないが、季節はもう冬だ。というか年末に近い。寒さも厳しくなっている。
 そんな寒空の下を歩いて貰っているのだ。気に掛けなくてはならない。

「母上、母上。こういう時寒いと言えば良いと聞きました」
「どういう意味だ、グレイ?」
「寒いと言って抱き着けば心も体も近くなり、色々と温まって良いとカーキー様が」

 あの色情魔、帰ったら殴ってやろうか。

「成程」
「え、納得するんですか」

 え、抱き着かれるの? ヴァイオレットさんにぎゅってされるの? カーキーグッジョブ。帰ったらお土産をあげよう。でもこの場で抱き着かれるのは恥ずかしい。

「抱き着くのは……恥ずかしいが、このくらいは良いだろう」

 ヴァイオレットさんは自身の右腕を俺の左腕と体の隙間に通し、右手を俺の手に置くような形にしてから身体を寄せて来た。
 ……………………成程。

「寒いですからね」
「ああ、寒いからな」
「寄り添った方が温かいですよね」
「ああ、温かいな」
「…………」
「…………」

 腕に身体を寄り添わせられるのは、いつかシュバルツさんが間違ってチョコにかかった状態で渡したサテュリオンに酔った時以来か。
 あの時はヴァイオレットさんも記憶になかったらしいが、今回は記憶にある状態でヴァイオレットさんから寄り添ってくれている。多分俺もそうだろうが、ヴァイオレットさんは少し照れて顔が赤くなっているように見える。“行ける!”と思ってやったは良いが、後から恥ずかしくなって来たと言う所だろうか。多分。

 ――うん、俺の嫁は今日も可愛い。

「グレイ君は私と一緒に腕を組みましょうね」
「はい? 構いませんが」
「妹よ。俺は感動している」
「ええ、兄さん。私も感動しています。あの二人を邪魔したくありません」
「そうだな。……というかその場所変われ。俺もグレイ君の音をもっと身近で堪能したい」
「誰が変わるものですか。私の香り幸福を奪うつもり?」
「? バーント様も腕を組まれたいのならば反対側をどうぞ?」
「流石はグレイ君……!」

 なんか後ろで騒いでいた気がするが、緊張とか周囲の騒ぎとか色々あって聞き取れなかった。
 ……もっとこの時間が続かないだろうか。







「へい、らっしゃーせーハートフィールドご家族ご一行様! 別にアゼリア学園を代表はしないけど生徒として歓迎するよ!」
「はい、ありがとうございますクリームヒルトさん」

 幸福な時間が終わり、学園生も増えて来たので惜しみながらも離れて会場の近くに行くと、クリームヒルトさんが元気に出迎えた。寒いだろうに、わざわざ俺達を待ってくれていたのだろう。
 クリームヒルトさんは服装は何処かで見た事があるドレス姿で、彼女の元気な笑顔に似合う明るい色のチュールフレアドレスを着ている。学生服と運動着以外はあまり見た事無いので少し新鮮で、初めて見たはずなのだが……あぁ、あの乙女ゲームカサスに出てきていたドレスか。通りで既視感があるはずだ。

「出迎えありがとうクリームヒルト。ドレス姿似合っているぞ」
「ふふふ、ありがとう。正直お金が無かったから学生服にしようとしたんだけど、どうにか間に合ったよ」
「む、手製なのか?」
「大本は錬金魔法で残りは手製だよ」
「ほう、そうなのか」

 便利だな、錬金魔法。
 せっかくなら教えてもらいたいがクリームヒルトさんの教えはあまり期待できそうにないし、メアリーさんは……教わったら面倒な事になりそうだ。

「あ、良かったら一緒に受付しよっか」
「はい、良いですよ――」
「こんばんは、ハートフィールド男爵。そしてクリームヒルト君」
「げ」

 クリームヒルトさんに言われるまま受付を済ませようとすると、変態、もといヴェールさんが現れた。パーティー会場前だと言うのに変わらず魔女のような服装だ。……一応この服がヴェールさんの正装になるのか。
 立場的にマズいのだが、どうしても先程の事を思い出し後ずさってしまう。

「げ、とは失礼だなクロ君」
「……失礼、レディ・ヴェール。不躾な対応をお許しください」

 俺はヴェールさんに礼をして謝る。一応はヴェールさんも子爵夫人の大魔導士アークウィザードの役職を持つ偉い方なので、流石にこの場所での今の反応はマズかった。

「お久しぶりですレディ・ヴァイオレット。不肖の息子がご迷惑を掛けたようで、息子に代わり謝罪をさせて頂きます」
「ヴェールさんか、久しいな。いや、あの件に関しては私の行動が招いた結果だ。貴女が謝る必要はない。……クロ殿とは知り合いだったのか?」
「ええ、以前に一度だけですが」

 ……うん、良かった。先程の件は言わないようだ。
 こうして会話する分には威厳のある物腰柔らかな立派な女性にしか見えないのが本当に不思議である。
 だがヴェールさんは何故今話しかけて来たのだろうか。ここに居る理由は恐らく保護者や大魔導士アークウィザードとして招待されたとかだろうが。

「ヴェールさん、こんばんはー。先程ぶりですが、やはりお綺麗ですね!」
「ありがとう、クリームヒルト君。キミの笑顔は真っ直ぐで癒されるよ」
「ありがとうございます!」

 それとやはりクリームヒルトさんとも顔見知りのようだ。
 以前から知り合いなのか、手紙を渡す時に知り合っただけなのかは、クリームヒルトさんは誰とでも仲良くなるタイプだからよく分からない。

「ところで、どうしたの……です? 今会場内からでて来た様な気がするんですけれど」
「んー、そうだな。なんと言うべきかは分からないが……端的に言うのならば」
「言うのならば?」
「……あの青々しい空間から逃げたかったのだよ」
「青々しい空間? どういう意味ですか?」

 ヴェールさんは会場内の方をチラリと見て、会場内が青々しい空間だと言う。
 一体どういう意味なのだろうか。

「そうだな、端的に言うとメアリー嬢の今宵のパートナーを決めるために、いかに己がメアリー嬢を愛しているかを叫んでいる。参加者は殿下を始めとして大体二十名程度か」

 なにやってるんだアイツら。まだ関係者もあまり集まっていないだろうが、傍迷惑にも程がある。いや、この世界のこの時代だと愛を語り合うのは不思議ではないのだけど。
 だがそちらに夢中ならば俺達に絡んでこないからマシなのだろうか。……俺達に気付いたら絡んできそうだな、普通に。

「ちなみにメアリー嬢不在の状況でだ」
「当事者が居ない状況でなにやっているんですかね」
「御尤もだな」





備考:王都の気候
日本のような四季があります。

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