追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

サラダバー!


『――勝者、メアリー・スー!』

 審判が判定を言い渡した瞬間、場内は一気に歓声と拍手に包まれた。
 勿論人気のあるメアリーさんが勝ったというのもあるが、互いの激闘を称える物だろう。
 最終的には文字通り一撃でも当たればその時点で勝負は決する、というような魔法の応酬だった。アプリコットに一撃が当たり護身符の耐久が切れただけで、もっと違う方法の戦いであれば勝者も変わっていたかもしれない。そう思わずにはいられない試合であった。

「ほら、グレイ。師匠の所に行こう」
「……はい、クロ様」

 アプリコットが負けた事に複雑そうな表情をしながら、俺の言葉にグレイは移動する準備をする。やはり尊敬するアプリコットが負けた事は悔しいようだ。

「アッシュ卿、シャトルーズ卿。こちらはこの後の準備の為に失礼させて頂きます。殿下達の御武運を祈らせて頂きます」
「そうですか。ではまた後程」
「はい、失礼します」

 メアリーさんが勝った事に喜んでいるアッシュ達にそれぞれが礼をし、俺達は離れていく。
 後程、というのはなんのための準備かを分かっているからだろう。

「ヴァイオレットさん、アンバーさん。先に行って準備だけしておいてもらえますか? 俺達よりは時間がかかるでしょうし、俺達はアプリコットを迎えてから行きますので」
「分かった。行こう、アンバー。服自体は着るのに時間がかかるものでもないだろうがな」
「承知いたしました」

 アッシュ達とある程度まで離れた所で、俺はヴァイオレットさん達に伝え、この場で別れる。
 本当は一緒に着いていきたいのだが……ごめんなさい、ヴァイオレットさん。

「クロ様、早く行きましょう。さぁ、早く」
「慌てるな。……バーントさん。すいませんがグレイと一緒に先に行ってもらえますか? ちょっとシアンに用事がありまして」
「? 承知いたしました。グレイ君、行こうか」
「はい」

 グレイもいち早く駆け付けたいと居ても立っても居られない様子で、選手が来るだろう入口にバーントさんと共に小走りに駆けていく。落ち着くように抑えてはいるが、早くアプリコットに声をかけたいという所だろう。

「……それで、どうしたのクロ。イオちゃんやレイちゃんを別の所に行かせてさ」

 ヴァイオレットさん達が先に行き、シアンと俺だけになると、シアンは周囲を確認してから俺にだけ聞こえるような声で尋ねて来た。
 相変わらずこういう時は鋭くて頼りになる存在である。……この頼もしさが神父様と一緒に居る時に一割くらい出たらもう少し仲も進展すると思うんだけどな。

「おいなんか失礼な事を考えていない?」
「気のせいだ。……なぁ、シアンさっきの試合中なんだが」
「あの妙な視線の事?」

 シアンは俺の聞きたい事を何気なしに答えて来た。
 ……本当にこの頼もしさが神父様と一緒の時に出ればな。俺も他者についてとやかく言えるほどでもないけど。

「とりあえず、これを読んでくれ」
「手紙? ほう、どれどれ………………成程。不幸の手紙ね」
「ある意味そうだが違う」

 シアンに手紙を渡し、読ませると俺と同じ反応を示した。確かに不幸の手紙ではあるのだが、シアンに判断して欲しい所はそうではない。

「名前は分からないけど、手紙の送り主自体は好きだという感情を持っているのは確かみたい。少なくとも悪意とかは感じられないし」
「そうか、ありがとう」
「んで、会うの? これがさっきの視線の主かもしれないんでしょ」
「一応はな」

 俺はシアンから手紙を返してもらうと、懐に仕舞いながらシアンの問いに答える。

「それで、女性と会うのに誰にも報せないんじゃ悪いからな。一応シアンに報告だけをとな」
「ふーん、ま、気をつけてね。私も一応警戒を――」
「見つけましたよ!」

 話の途中にシスター服を着た、藍色髪の女性が割り込んできた。
 声がした方に俺が振り向き、シアンは露骨に嫌そうな顔をしながら振り返る。

「シスター・シアン! 務めを忘れて何処に行っているかと思えば、殿方との逢瀬とは!」
「げっ、イン先輩」

 イン先輩とシアンが呼んだ相手は確か何回かシキにも来た事のある方だ。確か王国に居た時にシアンの教育者というか、面倒を押し付けられたお方。多分今回も面倒を押し付けられたシスター。

「お久しぶりです、インディゴさん」
「あれ、クロ様。お久しぶりです、貴方だったのですね」

 名前はインディゴという女性。年は俺より年上の……一応年上の二十歳。気苦労症なシスターである。
 ……うん、こうして普通のシスター服を見ると、シアンの服装がおかしいと改めて実感するな。

「あ、ご結婚なされたそうで。遅ればせながらお祝いの言葉を送らせて――はっ! まさかシスター・シアンとドロドロの三角関係!?」
「その場合割と一方通行矢印しか出ない悲しい三角関係になると思います」

 あ、そうだ。この方そういう恋愛悲劇本とかが好きな方だった。
 というかなんでどいつもこいつも浮気させたがるんだ。インディゴさんの場合はシスターとして良いのか。

「ともかく、シアンを捕まえに来たのでは?」
「あ、そうです。シスター・シアン! 大司教を罵倒した挙句、中指を立てた後逃げ回るとは何事ですか!」
「えー、あのエロ爺、私の嫌味どころかスノーホワイト神父様の悪口まで言ってたし、懺悔大会に来た若い女をエロ目的で見てたし、腹立つし」
「事実ですがもう少しやりようがあるでしょう!」

 この方も割と酷いこと言うな。
 というかシアンのヤツなにしやがっているんだ。俺もあの大司教は嫌いだけど、外面だけは良いんだから、インディゴさん以外の大抵の周囲にはシアンが悪いように映っているだろうな。

「それで、イン先輩は私を連れ戻しに来たわけですよね」
「ええ、大人しく戻って――」
「――ふっ! さらば!」
「シスター・シアン!? 逃げる上に服を破くとは何事ですかはしたない!」

 シアンは一瞬周囲を確認し、珍しくスリットの入っていなかったシスター服をまたスリットかの様に破き、逃げ出す。……シアンのヤツ、これで持って来た通常のシスター服を全部普段のような衣装にしたんじゃないか?

「あ、クロ! 大丈夫だと思うけど、一応気をつけてね! いざとなったら服を脱がせりゃ大抵の相手は羞恥心で追ってこれないから!」
「服を破いているお前に言われてもな」
「全部脱がせりゃいいの!」
「シスター・シアン! よく分かりませんがなんのアドバイスですか! こら、待ちなさい! あ、失礼しますねクロ様」
「はい、またいずれ」

 シアンは手を振りながら、インディゴさんから逃げ出すために脱兎のごとく去っていった。インディゴさんも身体能力は悪くないのだが、シスター服の構造上シアンより遅くなってしまっている。
 ……アドバイス分かるが、それをやったら俺は名ばかり貴族として色々と大変だと思うし、それに――

「ほほう、私の服を脱がせるのか。確かにあのアプリコットという名の少女のような派手さは無いが、構造はそう変わらないからな。脱がせさせるのは難しくあるまいよ」

 それに、唐突に現れる彼女の実力を相手に、俺が脱衣をさせられるとは思えない。
 ……いや、相手の実力が無くても脱衣はさせないけどね。

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