追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
※当然中にも聞こえています(:菫)
View.ヴァイオレット
本来なら許可が居る場所を実行委員であるアッシュの権限により入り、闘技場用医務室へと一応脇目も振らずに走ると後々クロ殿に迷惑を掛けそうなので、気を使いつつ出来るだけ早く駆け付けた。
「ヴァイオレットか」
すると医務室の前に居たのは、恐らくメアリー・スーの付きそいあるいは心配で来たのであろう殿下を始めとしたシャトルーズやエクル、シルバ達であった。どうやら殿下達も丁度医務室へと入ろうとしていた所らしい。
殿下はなにしに来たと言わんばかりの視線を向けるが……
「ふん、お前は――」
「うるさい邪魔だ黙っていろ」
「じゃ……!?」
殿下なんてどうでも良い。今はクロ殿が心配だ。
殿下達は私の顔を見るなり、彼女が居るだろう医務室へ私を入らさせまいと立ち塞がったが、とりあえず邪魔だ。
「そうだ、殿下は黙っていてくれ邪魔だ」
「アッシュ!?」
私と同じように駆け付けたアッシュも、昔見た個別的な口調で殿下を邪魔者扱いした。ふむ、アッシュ、良いアシストだ。流石は殿下の近侍である。その殿下を蔑ろにしている訳ではあるが。
「なにを言っているんだよアッシュ! 彼女がメアリーさんに近付くなんてもうあってはならないのに! まぁ邪魔なのは確かだけど」
「その通りだね。ただでさえメアリーくんが彼と一緒に居るのだから心配なのに、これ以上不穏分子は増やしたくない。殿下が邪魔なのは確かだけどね」
「シルバ!? エクル!? お前らまで!」
「ヴァーミリオン、落ち着いてくれ。確かになにをちゃっかりと一番手で駆け付けようとしているのだと私も思ったが、今はそれ所ではない」
「シャル、お前は諫めるふりして煽っているのか」
「……なんのことだ?」
私達の前にさらに立ちふさがったのは、エクルとシルバ。その視線は以前の決闘の時のような敵意に満ちた視線である。後シルバに至っては何故か黒いオーラが見えるのは気のせいだろうか。
いや、そこはどうでも良い。今私は直ぐにでもコイツらが塞いでいる医務室の扉を開けなくてはならないというのに。
「すまないが通してもらえるだろうか。クロ殿が倒れたのを見て妻として傍に居たいんだ」
このような場所で力づくという訳にも行かない。
私は早くクロ殿の傍に行きたいという衝動を抑え、あくまで冷静に殿下達に告げた。暴力的であっては不要な警戒をもたらしてしまう。
「出来る訳ないよ。僕達がアンタを信用する訳ないだろう。メアリーさんが居る以上はアンタを通さない」
……やはり実力行使が良いだろうか。
落ち着け、私。彼らからすれば私は愛しい存在の敵でしかない。つまり私にとってはクロ殿に彼らを会わせるかどうかという事だ。ならばこの警戒心も当然というモノである。
「それに、キミが異性と仲良くできるとは思えない。理想を押し付けすぐカッとなるキミがね」
「そうだな。ハートフィールド男爵もお前が来ては心が休まらないだろう。夫婦とは言えお前を大切にするとは思えん。それに自称俺を好きであったお前があの男を好いているかどうかすら怪しい」
……よし、その言葉だけは見過ごせないな!
「馬鹿を言うな! クロ殿はな、私を大切にしてくれる私にとっても大切な夫なんだぞ! そんな夫を好きでなにが悪い! だから少しでも傍に居たいんだ文句あるのか!」
「お嬢様、落ち着いてください!?」
「おお、この声も――むぐっ!」
私が啖呵を切ると、アンバーが私を諫めようとするが気にしていられない。好きという感情を疑われるのは嫌であるし、いい加減この高慢な態度も腹が立つ。あと早くクロ殿の所に行きたい。
そしてバーントが口を抑えられた気がするのは気のせいか。
「そうです! 父上は母上を大切にし過ぎてキスすらまだなんですよ!」
「ちょっとそこは黙っていてくれグレイ!」
事実ではあるが、そこを言語化されると割と来るものがある。
「つまりそれは貴女に魅力を感じていないという事だ! 僕みたいに付きっ切りで指導してもらえるような――」
「弟のような扱いで男として見られていないシルバは黙っているのです!」
「アッシュ!? どっちの味方なんだよ!」
「黙りなさい、私なんて精霊の契約を手伝って貰えたのです! メアリーが! 私の為に! そして私はそんな彼女を愛しています!」
「俺だってメアリーを愛している! この世の誰よりもな! 俺の妃として後悔の無い一生を共に過ごさせる覚悟はとうの昔に出来ている!」
「殿下であろうとその発言は見過ごせない! キミらは知らないだろう、メアリーくんが俺に慕ってくれている姿を! 俺はあの笑顔を守り傍に居る為なら、例え世界中を敵に回しても構わない」
「私だって――」
『シャトルーズは黙ってろ!』
「お前らなんで俺にだけアタリがキツイんだ!?」
彼女の名前すら恥ずかしいと言う理由で呼べない奴がなにを言うか。
強くなって守ろうとする前に言葉の一つでもかけてやれと思う。
「おーい、イオちゃん達。こんな所で愛の告白合戦したら中にまで――」
言い合いが白熱していき、シアンさんが諫めようと声をかけようとした時、突如医務室の扉が開かれた。
まさか、クロ殿か! もしくは彼女か。どちらでもいい、今この場に必要なのは当事者の――
「おい、テメエら。俺の根城前でなにをしてやがる」
『――――』
「……学園医? あれ、なんで皆固まっているの?」
そして医務室から現れたのは、アゼリア学園の学園医である渋い外見のグリーネリー先生。私達は先生の姿を見た瞬間硬直する。硬直していないのは先生を知らないグレイやシアンさん達だけだ。
彼は辺境伯家、ナイチンゲール家の次男でありながら医者をやる変わり者。そして……
「患者の精神を不安定にさせるなら――」
生徒間での渾名は“狂戦士”。実力は殿下も組み伏せられる程である。
誰であろうと診た相手ならば、どんなことがあろうと怪我や病気が治る最後まで面倒を見る事で有名なアゼリア学園の武闘派医者。そこに例外は無く、彼に逆らえる者は学園内にはほぼ居ない。
つまりは……
「殿下であろうと、排除する」
つまり、私達は狂戦士を前にした新兵である。
備考:グリーネリー・ナイチンゲール
カサスにも出てくる学園医サブキャラの渋いナイスミドル。
騒がしくする相手を組み伏せ鎮圧させる学園きっての武闘派。地位も権力も戦闘能力もあるため迂闊に逆らえない。
ようはカサスでの怪我をして看病イベントの際に邪魔なキャラを片付ける役割である。
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