追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
Re悪役令嬢時代_声のみ(:菫)
View.ヴァイオレット
「なにが起きているんだ……?」
開始と同時に彼女が魔法を唱え、一瞬にしてクロ殿達を黒い水柱(キラキラで綺麗)が囲んだ。
観客席に居る者達も突然の出来事に騒めいている。内部から僅かに妙な発砲音のようなものが聞こえるので戦闘はしているのだろうが、審判ですら中でなにが起きているか分からない状況だ。だが、これも戦略の一つで単純に相手の行動範囲を狭める目的の魔法ならば安易に解除も出来ないし、介入も出来ない。見守るしかできないのが現状だ。
「おい、なんかキラキラと炎が揺らめきだしたぞ!」
「なんという魔法だ。綺麗だな……!」
せめてもの救いは覆っている黒い水柱の魔法と炎と星のような光が綺麗で動き、観客席が魅了させている事くらいだろうか。
「クロ様、大丈夫なのでしょうか……」
グレイは闘技場内の様子を心配そうに見ていた。先程まではアプリコットの勝利で歓喜した後、クロ殿の対戦相手の彼女が出てきた時複雑そうな表情をしていたが、今はただハラハラとして中の様子を気にしている。
「グレイ、落ち着け。私とて心配ではあるが、護身符もある。一定以上になったら強制終了するから大怪我は負うまい」
「お嬢様。そのような台詞は手の震えを止めてからにされてはいかがでしょうか」
「……アンバー。それは錯覚だ」
心配かどうかと問われれば心配であるが、グレイが落ち着いていない以上はこちらも動揺し続ける訳にはいかない。
手の震え? 気のせいだ。アンバーも疲れているのだろう。
だが実際私が動揺し続ける訳にもいかない。見えないが恐らく中では激闘が繰り広げられているのだろう。私が決闘した時は――いや、思い出すのはやめておこう。嫌な思いでしか出てこなさそうだ。
ともかく中ではクロ殿が頑張っているはずだ。応援しなければ不作法というモノだろう。
「いえ、私めが心配なのはクロ様がメアリー様しか居ない状況で、他に誰も邪魔をされない空間に居る点なのです」
「ん、どういう意味だ?」
「中の状況が審判の方にも分からない以上は、なにが起きているか分かりませんよね?」
「そうなるな」
「つまり、メアリー様はクロ様を好きなように出来るのでは?」
「…………えっ」
グレイの言った言葉に私は一瞬思考がフリーズする。
好きなようにできる……スキナヨウニ、デキル。
他に誰も居ない、審判すら判断が不可能な場所で、中に居るのはクロ殿と彼女のみ。
…………もしかしてこの状態は、とてもマズいのではないだろうか。
「はは、好きなようにって。グレイ君。それは考え過ぎですよ」
「ですがバーント様。メアリー様は多くの方々を魅了してきたのですよね。一昨日の劇のように。そしてあの時主演の男性全てがメアリー様を好いていると聞きます」
「……うん、そうだね。誰が射止めるのだろうか、と言う話を聞いたことがあるよ」
「そのような魅力のある方が、クロ様と周囲の目が通らない場所で……つまり洗脳もあるのでは?」
「言おうとしている事は分かるけど、彼女が洗脳を使えるかどうかは……確かに観客席の盛り上がりを見ると分かる気もするけど」
心を射止める……!?
落ちつこう、私。今言っているのはグレイの予想に過ぎない。
世間知らず気味のグレイが言っているだけなのだ、心を惑わされてはいけない。
――心を、惑わされる。
だが彼女が魅力的かと問われれば、間違いなく魅力的だ。彼女以上は早々見られるものではない。
殿下を始めとして、今ここに居るアッシュも含めた私と決闘で敵対した男性陣を魅了している。一昨日も考えたが、彼女にクロ殿が魅了され心を惑わされる可能性は大いにあるのだ。
そして現在の様子を改めて見てみよう。
誰も中の様子が分からない状態で、クロ殿とメアリーがそこまで広くない空間で二人きり。よし。
「よし、乱入しよう」
「お嬢様!?」
こうしてはいられない。
観客席と闘技場所を区切っている魔法障壁を壊して今すぐ駆け付けなくては。
いや、壊している暇があれば選手達が通る道へと行き、内部に入った方が早いかもしれない。
「ヴァイオレット、私がカーバンクルで障壁を攻撃します。私と貴女の最大魔法の同時攻撃ならば障壁を一時的に壊せるでしょう」
私が悩んでいると、アッシュが協力を申し出て来た。
体から風のオーラのようなものを感じる辺り、カーバンクルの力を借りようとしているようだ。
「アッシュ君、君はなにを言い出すの」
「ミズ・シアン。男にはやらねばならない時があるのです」
「それが今じゃ無いという事だけは分かるよ」
「見えない空間でメアリーと一緒なんて彼がなにもしない訳ないでしょう!?」
「うん、試合だからね。なにもしない訳が無いのは確かだろうね」
アッシュもどうやら思う所があるらしいが、協力してくれると言うのならば素直に助力を受けよう。
よし、今すぐに準備を――ん?
「黒い水柱が……無くなっていく?」
私達が見たのは段々と勢いが弱まっていく水柱と、アプリコットが使っていた魔法と似た魔法が段々と消えていく様子。
中でなにかあったのだろうか。もしかして試合が終了――え?
「クロ殿!?」
水が引いた所で私達が見たのは、倒れているクロ殿であった。
状況はまるで掴めないが、まさか護身符を超過するダメージを受けたというのか!? こうしてはいられない。クロ殿の所に駆け寄って、すぐに医務室へ――
「メアリー様がクロ様を抱えて――あ、お姫様抱っこしました」
……なん、だと?
見ればメアリーは今まで見た事のない慌てた表情で、クロ殿の頭を揺らさないように配慮しながらクロ殿をお姫様抱っこし、係員の言葉を無視してそのまま選手の退場口へと向かっていった。
…………………………ほほう。
「いいだろう、メアリー・スー。私への宣戦布告と見た」
「お嬢様!? お気を確かに! ただ試合が終わって疲れてしまったクロ様を心配で運んでいるだけですって!」
分かっているとも。恐らく彼女は倒れたクロ殿を不安に思い、いち早く運んだのだろう。彼女は優しいからな。その優しさが今発揮されたのだろう。
だが、それはそれとしてクロ殿をお姫様抱っこするのは羨ましい。私だってしてみたいんだぞ。
「ああ、お嬢様の声が昔のように! やはりこの状態の声も良い!」
「兄さん今は黙って!」
「分かった、黙って堪能しよう!」
「黙れ兄さん!」
なんだか煩い兄妹を無視して私は彼女が向かっただろう医務室へと走っていく。
……お姫様抱っこはともかく、クロ殿は大丈夫だろうか。
「いいでしょう、クロ・ハートフィールド。今こそ嫉妬で相手を殺せたらと思えたことはありません」
「アッシュ君、落ち着いて! クロを殺せそうなオーラ出さないで!」
「メアリーにお姫様抱っこされるという誰も味わったことの無い状況を見て黙っていられますか!」
「アッシュ君、男の子なのにお姫様抱っこが羨ましいの? ただ単にお姫様抱っこで走るとメアリーちゃんの胸とかがクロに当たるからっていう理由で羨ましがってない?」
「………………ミズ・シアン、私は行きます!」
「おい待ちなさい」
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