追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

同郷に会えてテンションが静かに上がってます(:偽)


View.メアリー・スー


 前世の私は、死ぬ前数年は碌に歩くことも出来ませんでした。
 最新鋭の医者に十歳の時に長くは無いと宣告され、あらゆる治療を施されても現代技術では治らないとされました。
 私の家は裕福で父と母は私に見切りをつけ、片田舎で買わせたいものを買わせて、死ぬまで放っておかれました。
 私は部屋で漫画を読んだりゲームをしながら、文字通り余生を過ごしていました。……その後続きの作品を見たいという執念だけで痛みを我慢し、十七歳まで生きましたけれど。
 だけど死ぬ寸前に、思った事があったのです。

 ――ああ、私はなんのために産まれたのでしょう?

 そして私は部屋で誰も見ていない時に死に、前世の記憶を持ったままゲームの世界に転生しました。
 登場キャラになった訳では無いですけれど、私の好きなキャラが居る世界に健康的な体で産まれたのです。
 この世界では日常的に使われる魔法も十分に使え。身体能力も十分に高く。髪は黒から金色に、目は黒から赤になりましたけれど。外見は前世のまま健康的な肌になっており、自身の姿に違和感もありません。
 これは前世ではあまり信じていなかった神様がチャンスをくれたのでしょう。
 対人経験の少ない私でもこの世界ゲームなら。
 私が隅までプレイし、設定資料も読み込んだこの世界ゲームなら。
 好きなキャラの幸福を見ることが出来るのですから。
 前世では叶えられなかった他人を幸福にしたいという願いが、叶えられる時が来たのです。







「でも、貴女の幸福にしたい皆って、誰の事ですか?」

 幸福にしたい皆とは誰かと、私は問われました。
 問うた相手はクロ・ハートフィールド男爵。恐らく……いえ、私と同じ転生者。同じ日本からかは分かりませんが、彼もこの世界を知っている方なのでしょう。
 私と同じ立場の方に会えた事に、私は喜びました。
 これで語れる相手が見つかったのです。この世界について語れる相手が居たのです。
 だから私はお近付きになりたいと思いました。恋愛関係などではなく、同じ世界同郷から来た仲間として。問題を抱えている皆や王国などの問題を解決し、多くの方々を幸福にする私の道について語りたかったのです。

「俺の大切な相手を生き物とすら扱ってないお前を好きになれる訳ないだろうが」

 けれど私は拒絶されました。
 ヴァイオレット・バレンタインを、生き物と扱っていないと言う理由で。
 ですが、私がヴァイオレットを生き物として扱っていない? 彼はなにを言っているのでしょう。私は彼女を物として扱った事なんて有りはしないのに。
 私はただ、彼女が望まぬ相手との結婚という結末であったので、むしろ相手が私と同じ転生者で酷い扱いをしない相手だと知り喜んだくらいなのに。ああ、これなら最期までは少し良くなるのだろう、と。
 彼女は“火輪かりんが差す頃に、朱に染まる”では色々と血生臭い世界観を表す役割を持つ、幸福になれないと言う結末を迎える彼女の救いに少しでもなるのならば良かった、と。
 なのに何故――?

『幸福にしたい皆って、誰の事ですか?』

 ……皆は皆です。誰かと問われれば、メイン攻略対象ヒーローであるヴァーミリオン君を始めとした、この世界の方々。それ以外になにがあるのでしょう。
 だけど何故あの時……私はすぐに答えられなかったのでしょうか?

「――の名の元に、この試合は――」

 と、審判の方の言葉が再び耳に入り、誓いの言葉に入った事によってお互いに所定の位置に付いて離れたクロさんの方へと意識を戻します。
 いけません、疑問は後にとっておくとしまして、今は対戦に戻らなくては。この外部の方々も含める試合には参加してもしなくても影響は無いのですが、私と同じ転生者立場がどのような方か知る機会なのです。戦いでの会話は素が出ますから、少しでも相手を知ろうとしなくてはなりません。
 審判の方が決闘の誓いを語ります。誓いの言葉が言い終われば戦いが始まります。
 そして誓いの言葉が終わる前に、私は錬金魔法で作ったあるモノを取り出します。

「――!?」

 取り出したモノを見たクロさんの表情は、先程までの苛立ちを含む表情から驚愕へと変わります。
 私が取り出したのは、前世で見た漫画にも出て来た手頃な大きさの“拳銃”。
 銃自体はこの世界にも珍しくはありますがある事はあります。
 ですが私が取り出した銃はこの世界には無い外見で、日本では銃と言われたら想像する一般的な形状の銃。元々これを見せて、相手の反応を見てクロさんが転生者かどうかを知るため代物でしたが。
 今はこうして相手の動きを牽制するのには良い代物として使いましょう。例え魔法よりは威力が低いと分かっていても、転生者クロさんにとってはこの形状はどうしても警戒すべき代物ですから。
 それに護身符のお陰で怪我もしないので、身体能力に優れているクロさんはこの世界ではどういう戦い方を選んでいるのか間近で見ることが出来る良い機会です。
 しかし念には念を入れて――

「……――では、特別試合二回戦、第三試合開始!」

 念には念を入れて。彼が戦いやすいように派手に幕を張りましょう。
 そうですね……せっかくですから魔法を一杯使っておきましょう。

「【水上級アステ複製ロイド魔法ベルト】」

 まずは水魔法を噴水のように沸き上がらせ、それを複製して私達を大きく囲みます。攻撃はしません。

「ええっと……【パライソ】、でしたっけ。ついでに【プルガトリオ】……と」

 先程見たアプリコットちゃんの闇魔法を水の足元に展開させ、水を黒くします。ですがこのままだと怖いので、同じく先程見た炎魔法を発動し、浄化効果を付随させて、水闇の中に綺麗な紫色などに変化する炎をデコレーションします。

「仕上げに、【光天体ハレル魔法―ヤ】!!」

 そして仕上げが私も気に入っています光魔法の一部である星を再現する天体魔法。
 するとなんと言う事でしょう。私達が戦う場所と観客席の間に、揺蕩う綺麗な炎と星が浮かぶ夜空のような黒の水の柱達が。クロさんが本気を出し、観客席に見えないようにするのと惜しみなく会話をするためとは言え、やはり幕は綺麗に越した事はありませんから。

「クソ、これがなんの目的で行われているかが分からない……!」

 おっと、いけません。一秒半ほどで全ての魔法を展開させたとは言え、クロさんを困らせてしまいました。
 彼が何故先程不機嫌だったかは分かりませんが、こうして戦う場所を作ったのです。改めて向き直らなくては。

「さぁ行きますよクロさん。これで観客席からはなにも見えません、思う存分力を振るって良いですよ」
「え、それが目的で俺が何年間も頑張らないと出来なさそうなこの魔法群を!? 攻撃目的ではなく!?」
「攻撃なんてしませんよ。それに綺麗でしょう、この魔法! ウルトラロマンティックなフィールドなら貴方の不機嫌も治ると思ったのですよ」
「やはりアンタはおかしい!」

 何故だと言うのです。
 私はただこの世界を一緒に語ることが出来る貴方と仲良くしたいと言うだけなのに。……そう言えば彼、前世では男性だったのでしょうか、女性だったのでしょうか。乙女ゲームを知っているのですから、女性だと思うのですが。男性ならばそれはそれで……と、いけません、戦わなくては。一応そういった行事イベントですし。

「とりあえず、銃を撃ちますね」
「え」

 前世で読んだ漫画の知識を元に銃を構え、真っ直ぐ狙い、引き金を引く。
 恐らくは魔法で受けるか、反応できなくて当たりはするはずです。この一発でまずは様子見を――

「――え?」

 ですが、クロさんは私が撃ったのを見て銃弾を。当たっていないや私が外した、などではなく。確かに当たる軌道であった銃弾を、意識して回避したのです。
 いえ、あり得ません。人が銃弾を避けるなんて反応を示せるわけが――いえ、もしかして。

「身体強化、ですか」

 この世界では身体強化魔法というものがあります。
 自身に使うのならば基礎さえ習得すれば多くの方々が使える基本魔法。ただあげた能力値が基礎の能力より離れれば離れるほど、失敗もしやすく反動も大きい魔法です。
 もしかしたら、彼は身体強化を使用して銃弾を……

「身体強化なんて使っていませんよ。身体強化なんて使わずとも、射線を見切れば避けられるのです」

 彼はなにを言っているのでしょう。
 銃弾を避ける事なんて素で出来る人間が居るはずは――いえ、シャル君ならば出来そうですけど。シャル君の父君に至ってはやっても「やっぱりできるんですね」と納得できそうですけれど。

「ならば今世での肉体天与なのですか……?」
「俺の身体能力は貴女の言う“前の頃”と同じ身体能力ですよ」

 だとすればますます有り得ません。
 身体強化を使わずとも銃弾を避けるなんて――はっ、もしや前世で読んだ、見た目は子供の探偵が活躍する漫画に出て来た、四百戦無敗の男性が発射されたライフル弾を避けていたように、彼も前世では実はなにかの達人だったいう事でしょうか!

「まさか貴方――日本で武道の達人だったのですか? でなければそのような身体能力はあり得ません!」

 私は続けて数発、銃弾を撃ちます。
 ですが全てが当たる軌道であるにも関わらず、反応されて一発たりとて当たりません。やはり彼はなにかしらの達人だったのでしょう。

「俺は日本じゃ友人の会社に勤めるただの型紙師パタンナーだったよ!」
「貴方のようなただの型紙師パタンナーが居てたまりますか!」

 私は日本で世間知らずで育った所はありましたけれども、彼が支離滅裂なことを言っている事くらい分かります。
 私の銃器の扱いは素人かもしれませんが、当たるように訓練はしました。そして銃を避けるただの会社員が居てたまりますか。……居ませんよね?

「――しかし、観客席から見えなくしたのは失策でしたね」
「――え?」

 僅かな動揺と、疑問を浮かべ、銃撃が途切れた瞬間。
 クロさんが私の視界から消えました。

「フッ――!」

 次の瞬間には私の近くに現れ、拳の射程圏内に――





備考1:当たるように訓練はしました
・距離二十五m程度の走ってで動く相手に対し九割当てるまで訓練(本来かなりの練度が必要です)

備考2:今話の目くらまし
メアリーにとって
「もしかしたら私と同じくらい力を持っているかもしれないし、せっかくなら気にせず使える場所を作ってあげないとね!」
という認識です。それだけでこの世界の平均的な魔法専門職の方が干からびる魔力量を使っています。

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