追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

G・S・A・M!


「始まるぞ、始まるぞ! 我らがアゼリアを代表する一輪の太陽の花の戦いが!」
「おお、あの美しい讃美歌と言える魔法うたが聞けるのか!」
「我々は歴史の一ページを垣間見ているのだ!」
素晴らしきGreat聖女であるSaint美しき女神Aphrodita、メアリー!」
「G・S・A・M! G・S・A・M!」
『G・S・A・M!! G・S・A・M!!』

 すっごい帰りたいし怖い。
 なんだこの空気。俺が勝ったらファンに闇討ちで殺されそうな勢いだ。
 騒いでいるのはあくまでも一部なのだけど、熱と圧が強いので闘技場の観客全員が熱狂しているのではないかという錯覚に捕らわれる。他の観客は純粋に盛り上がっているだけだろうけれども、なんというか俺を応援している者は殆ど居ない気がする。実際にそうなのだろうけれど。

「――! ――――!」

 まぁいいか。俺にはこちらを応援してくているヴァイオレットさん達が居る。それで十二分に活力が溢れてくる。
 なにを言っているかはヴァイオレットさん自身こういう場で大声を出すのは慣れていないだろうし、遠いので聞こえないが応援してくれているのは分かるので別に良い。それにこの距離と熱狂(と集団呪詛)の中で聞こえてきたらどんな声量だと思う上に、勇気がありすぎるという話になってしまう。

「おら、クロ! 負けたら串焼き奢らせるからね! 絵面的にヤバいけど殴って勝っちゃえ!」

 ああ、うん。普通に聞こえるし、俺の応援を周囲を気にせずに言うシスターが居た。あの我を通せる姿勢は頼もしいと言えば頼もしい。

「仲が良いのですね」

 俺は声援に対し手を振り返していると、決闘の誓いをするために俺と同じように中央に来たメアリーさんが話しかけて来た。
 少しは距離が離れてはいるし、熱狂で俺達の会話なんて審判にも聞こえるかどうかだから別に応じる位は良いだろう。それに殿下やエクル達と違って彼女はまだ攻撃性を俺達に示してはいないし。

「まぁシアンは気兼ねなく話せる女友達ですし。無茶苦茶ですけど相手の感情には敏感ですから、距離感が上手いんですよ」
「そちらもですが、ヴァイオレットともですよ」
「……まぁ仲が良いとは思います」

 しかし攻撃性が見えないとは言え、先程エクルの事もありどうしても警戒心は抱いてしまう。
 言い方は悪いが多くの男性を魅了する女性だ。どのような方法でこちらを引き込もうとするか分からない。

「手を振ると、あちらも嬉しそうに振り返していました。ふふ、私達と居た時とは違って楽しそうです」

 だがこちらの警戒心をよそに、メアリーさんは楽しそうに微笑んでいる。
 その様子だけを見るとこちらが警戒するのが馬鹿らしく思えてしまう。……しかし以前会った時も思ったし、シアンも言っていたがメアリーさんには相変わらずこちらに対する敵意や悪意が見られない。
 ヴァイオレットさんと決闘をして受けるようなギスギスした関係であれば、もう少しこちらに対する敵意や……恨みがあってもおかしくはないと思うのだが。

「……貴女は、ヴァイオレットさんを恨んではいないのですか? 殿下達と仲良くやっているのを見て、攻撃的になった彼女を」
「善なる者は善とし、不善なる者を善とす。徳は善なればなり」

 俺の疑問に対し、何処かの格言のような言葉で返答をされた。
 ……どういう意味だろう。何処かの偉人が言った言葉だろうか。

「本来は皆善き方々なのですから、以前はヴァイオレットも私には攻撃的だったとしても、善き者に変わる事が出来るという事です。彼女を恨んでいては、クロさんの言う攻撃的な女になってしまいますから」

 つまり性善説的な話か。
 どのような者であれ、善くあろうとしている者を否定しはしないという事か。
 メアリーさんが何処まで真実を話しているかは分からないが、そのような事を言うならばメアリーさんは悪い子では――

「例え幸福にならなくても、それを感じようとする事は出来ますから」

 ――ないのだと。思ったけれども。
 その言葉は得も言われぬ異物感となり俺の中で留まった。

「クロ・ハートフィールドさん。私はですね、皆が幸福になれば良いと思っているんです」

 俺の妙な気分など意も介さないのか、あるいは気づいていないのか。
 メアリーさんは俺にまるで夢物語を語るかのような、子供のような微笑みで、何処か未来さきを見るような事を語りだす。

「目の前に居る相手を。手の届く範囲を。アレテーで言う所の“良く生きる事”を達成するために、私は皆を幸福にしたいんです」

 その言葉は妄言や少女の夢のような言葉であるが、メアリーさんが言うと不思議な説得力があり、惹き込まれる感情が沸き上がる。事実としてその言葉自体は俺も賛同する。アレテーは良く知らないけど。……人名?

「変な事と言われるのは分かります。いつまでも夢を見ているんじゃない、って父に言われた事もあります。ですけど、私は相手の幸福を願っているんです。それが私の幸福にも繋がりますから。だから私はまず出来る事をするんです」

 それはとても立派な事だ。否定するつもりも無い。
 俺が尊敬しているスノーホワイト神父様も同じような事を言っているし、笑う者も居るだろうが俺はその願いを支持する。
 実際に学園内の雰囲気は、こう言ってはなんだがヴァイオレットさん関連を除けば良い雰囲気だったと言える。皆が笑い。貴族平民が混ざって盛り上げている。俺の時も多少は貴族平民も混ざっていたが、ここまで壁が少ないのは初めて見た。
 学園祭を盛り上げるために力を注いだと生徒達の噂話で聞き取れたし、アッシュ曰く準備期間中は実行委員を手伝い、あらゆる指示を行い一番の功労者であったと聞いた。
 メアリーさんが転生者だとして、“火輪かりんが差す頃に、朱に染まる”の知識を利用していたとして。主人公ヒロインの立場を奪っているメアリーさんを非難する者も居るかもしれない。だけどクリームヒルトさんが不幸になっている訳でもないし、殿下達攻略対象ヒーローは俺達にはあたりはキツイが、学園内の評判は上々との事だ。知識を利用して己の利益だけを考えている訳じゃないから、別に良いだろう。実はイケメンを侍らす事を目的として取り繕っているだけの可能性もあるが。
 けれど、

「何故、その“皆”にヴァイオレットさんは含まれないのですか?」

 けれど、メアリーさんのいう皆には、確実に欠けている所がある。
 少なくとも“カサス”でも、ヴァイオレットさんは主人公ヒロインが話しかけようにも取り合わなかった典型的な“悪役”で、どのルートでもストーリーから居なくなるような役だ。
 直接見たわけではないが、ヴァイオレットさんは学園に居た頃は攻撃的で、殿下と仲良くするメアリーさんに対し嫉妬で手が付けられなかっただろう。

「何故、ですか? それは――」

 勿論メアリーさんの必死に引き止めたり仲良くしようとした可能性もある。結果婚約破棄し見捨てられた、というのならば非難するつもりはない。完璧を勝手に求めて失望する程俺も落ちぶれてはいない。
 しかしメアリーさんは――

「貴方も知っているのではないのですか? ヴァイオレット・バレンタインがどういうなのかを」

 まるでヴァイオレットさんはどう足掻いても幸福にならないと、知っているかのように微笑んだ。
 ああ、くそ。今になって以前から予想だけ立てていた事が正しいのだと思い知らされた。
 メアリーさんがヴァイオレットさんに敵意を抱いていない理由も。
 シアンが「悪意はない」と言った理由も。
 そして幸福にしたいという願いが事実である事も同時に理解した。
 メアリーさんは本当に――

「役が決まっているのですから、私にはどうしようもないのですよ」

 ヴァイオレットさんに、敵意悪意以前の感情すら向けていないのだ。

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