追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

信じる理由は十分あった


「クロさん!」

 腹が立つ奴らの言葉を無視し、待機室に戻る気になれなかったので適当な闘技場の状況が分かり、対応も出来る場所を探してアプリコットと歩いていると、後ろから声をかけられた。
 次の対戦相手でもない学園では数少ない味方の女性の声だったので、足を止め振り返る。

「どうされましたか、クリームヒルトさん」
「あ、えっと……」

 俺がクリームヒルトさんの方を向くと、俺の顔を見てどう声をかけて良いのかを悩むかのように少し狼狽えていた。クリームヒルトさんは優しい女性だから、恐らくは俺を心配して後先考えずにとりあえず追い駆けたが、俺の顔を見てどうすればいいか、と悩んでいる感じか。彼女らしいと言えば彼女らしい。

「え、っと……先程はごめ――申し訳ありません!」

 だけどすぐに持ち直すと、クリームヒルトさんは俺に対して謝罪の言葉と共に腰を九十度近くまで折り謝って来た。折角丁寧な仕草で謝っている所悪いが、別にクリームヒルトさんになにかされた訳ではない。どちらかと言うと唯一の学園の味方である彼女にはこちらが変な所を見せたと謝らなければならないのだが。

「いえ、貴女が謝る必要はありませんが……」
「え、その、先輩やクラスメイトを止められなかったお詫びと、先輩達が変な事を言ってしまったお詫び……? 多分そんな感じです! 詳細は気にせず謝らせてください!」
「は、はい」

 だけど勢いに負けて謝罪を受け入れてしまう。
 なんだろう、この勢い。何処か清々しさと懐かしさを感じる謝罪っぷりだ。あまりもの謝罪ぶりに、割と不機嫌であった気分が大分紛れることが出来た。

「それで、その……」
「過去の事を聞いても構いませんよ。別段隠している事でもありません」
「…………」

 俺は別に気にしていないというのと、クリームヒルトさんの妙な所での素直さに毒気が抜かれ、良い機会だから自分の口から行っても構わないという気分になる。
 俺の言葉に無言という事は、知りはしたいという事なのだろう。

「今の学園祭の試合が護身符の耐久が一定以下になったら、強制終了するのは知っていますね?」
「はい」
「数年前までは一定以下になったら、負けを認めることで敗北扱いになっていたんです」

 ようは決闘なのだから、潔く負けを認めるべきだ。的な感じだ。無理に戦えば非難される。
 しかし逆にそれを利用して護身符が一定以下になったと自己申告して、負けを認めさせるような身分差を利用した不正行為も蔓延していた時代もあったらしいが。
 ならばと俺はある事を思いついたのだ。

「そして俺は“負けた”って言わせなきゃ決闘なんだから止められないし、無限に殴り続けられるんじゃね? 的な感じでひらめいてカーマインを殴り続け、なにか言おうとする前に殴って黙らせ続けたんです」
「え、えー……」

 そう、護身符を耐久性を越えても負けを認める前に殴って言わせなきゃ良いんだという事だ。
 部外者が止めようとしても“決闘中だぞ。王族の決闘に割り込むとは何事か”みたいな感じだ。当時の俺はそんな事を考えずに殴る事だけ考えていたけれど。

「だけど流石にやりすぎまして。学園からは離れ、親や兄弟からはほぼ絶縁され、今学園祭に呼ばれたり試合に参加したりと嫌がらせは未だに受けていますが、こうしてシキの領主としてやっている訳です」
「ああ、じゃあ全方マスク位型・ド色情魔パーバートというクロさんの渾名も……」
「まぁ恐らくアレが流して――待ってください、なんですその渾名」
「我も聞いたが、クロさんの渾名の一つだな。学園内ドメインを歩き回っている時に聞いたぞ」

 なんだその渾名。アレがまた新しい渾名広めてるのか? 暇か、暇なのか?
 生憎と俺は色情魔であるカーキーと比べたらマシな方だと思うぞ。多分。

「でも、なんで第二王子を……?」
「ああ、殴り続けた理由ですか。学友が殺されて、それを侮辱されたからです」
「え?」

 俺が何故アレを殴り続けるまでアレを憎んだのか。その理由をあっさりと話すと、クリームヒルトさんは虚を突かれたのかキョトンとした表情になる。

「クリームヒルトさんがシキに調査に来た時のように、一年のあの時期には校外実施学習があります。その際に別の場所に実施学習に赴いた友が身罷りまして。その原因がアレ……カーマインを庇っての事でして」

 別に理由が重ければ俺のした事が許される訳でもないけれど、このままだとイライラして殴っちゃった! 的な印象を持たれてしまうので一応は答えておく。今更かもしれないけれど。

「初めは事故であるし、整理はしきれなくても助けに入った結果によるものだから、カーマインを責めるのは違うと思っていました。……けれど」
「けど?」
「……故意に近い形で事故が起きていて。俺の学友を狙ったものだと知って、どうしても我慢できなくなったんです」

 しかも理由が「俺が婚約者と上手くいっていないのに、王族を差し置いて仲良くやってるあの男女が腹が立つ」(超意訳)だからたまったもんじゃない。そして「カーマイン様王族の為に殉職出来たのですからアイツらは誇るべきです」(超翻訳)みたいな取り巻きの言葉に笑って同意をしていたのを見た時は、本当にアイツらが許せるべき存在でないと思った。
 だけど闇雲に攻撃しても周囲に止められるので、学園祭の試合を利用した訳だが。

「とはいえ、暴力は良くないと言うのは事実です。俺は誰かを守る訳でもなく、ただ自分の憂さ晴らしの為に攻撃したんですから。それにこれは俺の主観の話ですから、事実とは異なる可能性もありますし」

 俺は実地研修の前に戻ったら迷わず学友を救おうとする。けれど俺は試合の前に何度戻っても同じくアレを殴らないという選択肢は無い。
 王族を殴るという罪深い事でも。例えもっと良い方法で裁く方法があったとしても。俺の中ではアイツが痛みも無し生きるという事がどうしても許せなかった。

「……例えそうだとしても、私はクロさんを責めはしません。むしろカーマイン殿下の事が嫌いになるくらいです」

 だけどクリームヒルトさんは、俺だけの話だけを聞いて俺を信じてくれた。
 俺はその言葉に対し、「何故?」と問い返すと笑顔で答えが返ってくる。

「だって、私の友達のために怒ってくれたんですから」
「友達のために?」
「ええ」

 クリームヒルトさんは何故かシャドーボクシングのように誰かを殴る仕草を取る。

「私だってさっきのは腹が立ったんです。だけどクロさんは、ヴァイオレットちゃんの為に怒ってくれましたから。誰かの為に怒れて、ヴァイオレットちゃんを大切にしてくれているクロさんのその主観おもいを、私は信じます」

 クリームヒルトさんは俺の一方的な過去の回想を話しても、笑顔で俺の事を信じてくれた。彼女の思いを素直に伝える性格は眩しく、凄いと思う。
 ……本当に、彼女が学園に居てくれてよかった。この明るさがヴァイオレットさんの心の支えになってくれた事を感謝するのみである。

「あ、ちなみにシルバ君はなんかよく分からないオーラを出して追い駆けようとしていたので、アイアンクローで黙らせておきました。とりあえず今は追い駆けてきませんよ!」

 この子色々と凄いな、本当に。

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