追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ああ、腹が立つ


 エクル・フォーサイスは静かではあるが確かな敵意を持っていた。
 先程までの物腰柔らかな感じは演技……というよりは、シルバ君のように敵意を見せずに抑えているだけで、これが彼なりの警戒を示す対応なのだろう。
 詳細は知らないが、エクルはヴァイオレットさんとの決闘では敵として回った相手なのは知っている。つまりはたとえ普段は明るく分け隔てなく接するような性格でも、ヴァイオレットさんと敵対しているという事だ。
 そしてメアリーさんの事も女性として好きなのだろう。だからヴァイオレットさんと夫婦であり、俺の過去――アレを執拗に殴ったという事を知っているから、敵意を抱いている。

「カーマイン殿下を――殴った?」
「…………」

 エクルの言葉を聞き、クリームヒルトさんは信じられないように言葉を繰り返し、シルバ君はやはりそのような過去があったのかとでも言わんばかりに敵意を強めた。
 ヴァーミリオン殿下は殴ったという事実は知っていて、そしてエクルと同じような心配をしているのかは知らないが、黙って様子を見ていた。
 アプリコットは俺の事情を知っているので「またこういう類か」とでも言いたげに溜息を吐いていた。フォローする気はあまり無いらしく、単純に見守ろうと少し引いた位置で見ている。正直そちらの方がありがたい。

「キミの過去も噂も俺は知っている。キミが学園生の一年時の学園祭でやったことも、今はシキという地で領主をやっているのも」

 それは知って貰えて恐悦至極な事だ。
 俺を調べても不名誉な称号や過去しか出ないのだから、知っていると言われても警戒しかできないのだけど。あと、こうして未だに放さない手を放してもらえないだろうか。俺の返答次第ではなにかするつもりなのだろうか。

「だけど噂だけで一方的に糾弾する訳にも行かない。例えあの女と夫婦で仲良くようでも。悪評が付くに理由があろうとも、全ては事実無根かもしれない。だからキミに聞きたいんだ。キミは、妻の敵である相手を前にして、どうしようかという事を」

 …………やれている、ね。
 エクルにとっては、俺の多くの悪評が本当に一男爵に同時にたつモノなのかという疑問と同じくらいに、ヴァイオレットさんと仲良くするのがありえないと思っているようだ。
 そしてもし仲良くしているのならば、夫婦結託してメアリーさんに対してなにか仕出かすのではないかと言いたい訳だ。
 ……この男にとっては、いや、答えによっては同じく攻撃すると言うようなシルバ君や、静観してはいるが警戒もしているヴァーミリオン殿下にとっても同じ認識という事か。……成程ね。

「もしメアリーさんがあの男のような事をしたならば、俺は執拗に殴るでしょうね」

 手を握ったまま俺は小さく溜息を吐き、別に隠すことは無く俺は問いに関して答えた。

「カーマイン殿下をあの男呼ばわりか。随分と恨んでいるみたいだね」
「ええ。もし俺が問題を起こす前の過去に戻れたとしても、俺は迷わず同じ行動をします」
「学園祭の試合で、カーマイン殿下に護身符の耐久が越えても、審判が制止しても無視して、結果殺害の一歩手前まで殴り続ける、と?」
「はい、そうなりますね」

 エクルのさらなる問いに、俺は別段迷うことなく認める。
 今でもアレは恨んでいるし、恨みが風化することは無い。
 そして恨みに苛まれた結果、俺はアレにアゼリア学園を途中卒業退学させ、シキの領主として飼い慣らされている。
 処刑とかされなかったのは、学園祭の試合は“身分を問わない神に納める戦い”の決闘という仕組みである以上、あくまでも決闘の中で行われた出来事である俺の所業を大きく裁くことが出来なかったためだ。
 問題児が集まる地を任せるような嫌がらせをしたかったようだが、俺としては煩わしい貴族関係が少なくなっただけでもありがたい話だ。
 それに、俺はその飛ばされた原因である出来事の前に戻れたとしても、意味のない八つ当たり的行動だと理解していても、あらゆる不名誉な汚名が付けられると分かろうとも、俺は迷わず同じ行動をする。あの時のアレを殴らないという選択肢は、俺には無い。

「ですがそれはあくまでも、あの男が原因を作ったから恨んでいるだけで、メアリーさんには今の所恨みはありませんよ。勝負な以上は魔法があまり得意ではないので、肉弾戦で挑むのはご容赦ください」
「理由はあるのでは?」
「理由? どういう意味でしょうか」
「妻を排斥した相手が、目の前に居るという事だよ」
「……ヴァイオレットさんとは仲良くしていますが、だからと言ってかつての敵対した相手を攻撃する理由にはならないでしょう」
「生物の本質はそう変わらない。以前のような嫉妬に狂った行動をしないとは思えないし、元の身分を利用した圧力をかけようとする可能性もある」

 ……成程。
 恋は盲目というし、こういった行動自体メアリーさんが好きな事による心配の延長線だろう。
 好きな相手が、過去に敵対した者と仲良くやっているという噂の男と戦うものだから、楽観視はせずに警戒している。
 殿下やシルバ君に至ってもそうだ。明らかに攻撃的である言葉を諫めようともせず、エクルの言葉に対しては疑問を持つ素振りすら見えない。
 別に俺だって今目の前に居る三名や、メアリーさんとかを警戒しているからその点に関しては別に良い。だけど――ああ、本当に。

「エクル先輩、それ以上はあまり……」

 クリームヒルトさんも流石に行きすぎと思ったのか、先輩や殿下が居る中でも割って入ろうとしている。だけどそれよりも早く、俺は、

「腹が立つ」
「――つぅ!」

 エクルの手を強く握り、相手が痛みで手を離そうとするまで締め上げた。
 相手が伯爵家関連なことな以上、間違いなく不敬な事で問題のある行動だろう。
 だけどもうそんな事もどうでも良かった。

「アプリコット、行こう。話し合いは終わった」

 手が離れ動きの制限が取れたので、エクル達に背を向けこの場を去ろうとする。
 急な事にアプリコット以外は固まっていたが、すぐに我を取り戻したシルバが手を伸ばし、

「急になにを――!」

 言葉と共に俺を制止しようと俺の肩を掴む。
 何故急にこんな事をしたのか説明しろとでも言いたげだ。
腹が立つ。どいつもこいつも俺にとって大切な女性を馬鹿にしやがって。
 俺は掴まれた手を払い、

「貴方達が大切な女性を守る為に警戒しているのは分かりました」

 振り返りもせずに言葉を吐く。
 もうコイツらにどう思われようがどうでも良い気がして来た。

「ですが、次に俺の大切な女性を攻撃すると言うならば、俺は守る為に貴方達を容赦しません。ご理解ください」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品