追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

盲目という言葉で終わらせては良くない


「私の敗因はなんだ、ハートフィールド!」
「我の事を言っているのだろうがそちらの方向に開き直るな」

 喧しいのが増えた。
 準々決勝でカーバンクルを使役するアッシュに負け、何処で俺達を見つけたのか観客席の俺達の所に駆け付けてアプリコットに絡んでいた。悔しさのせいなのか、混乱しているのかアプリコットを家名で呼んでいる。レディを付けずに女性の名前ファーストネームを呼ぶのがそんなに難しいのだろうか。

「すまない、よく考えたら男爵と男爵の息子と、バレンタイン合わせて四名居るのであったな」
「私はハートフィールドだ……いや、訂正するとややこしいな。ハートフィールド男爵夫人で良い」
「ヴァイオレットさんは慣れているのか?」
「ああ、この男は異性相手に家名以外では敬称を使わねば照れて呼べない男だからな。性格のお陰で誤魔化せてはいたようだが。昔私と会っていた時もそうだったよ。当時はただ礼儀正しいとしか思っていなかったが」
「異性のお方に対して照れるとは、純粋な御方なのですね、シャトルーズ様は」
「弟子、そういう問題ではないぞ」

 過去、と言うと殿下と幼少期に会って居た時か。
 殿下とシャトルーズとアッシュは幼馴染と聞く知ってるし、幼少期の婚約とか偶にあったりする時とかにアッシュともあったんだろうな。……幼少期のヴァイオレットさんってどんな子だったのだろう。ちょっと気になるな。

「過去の事は良い、私の敗因はなんだったんだ。カーバンクルを踏まえ油断していなかったのに……!」
「油断していなかったという言葉が既に慢心だ。目の前の事に囚われるな。精霊を意識をしたが故に、アッシュの基礎魔法の優秀さに意識を割くのが疎かになったのだろう。アッシュが派手な攻撃の中に少しずつ魔法を仕込み、大技を繰り出したから負けたのだ。お前はそれも精霊の技だと思っていたようだが」
「ぐっ、う……」
「大方、愛しき女にカッコいい所を見せたいと思って逆転の大技を繰り出そうと思ったのだろうが、それすらもアッシュは見込んでいたようだったぞ」
「ぐっ……!?」

 容赦ないアプリコットの戦略分析がシャトルーズを襲う。
 言い返せない辺り、シャトルーズも思い当たる節はあるという事なのだろう。「一閃!」ってやつを使おうとした瞬間に負けていたし。

「あのー……アプリコットちゃんがハートフィールドってどういう事? ……です?」
「ああ、そういえば知りませんでしたね」

 シャトルーズ達が盛り上がる中、クリームヒルトさんが俺に静かな声で尋ねて来た。
 俺はアプリコットの事を差し当りない範囲で教えると、クリームヒルトさんは納得した表情になり、シャトルーズ達との会話に参加した。
 多分シャトルーズがヴァイオレットさんに強い言葉を使わないか心配なのだろう。

「はは、シャルも相変わらずだ。余程私に負けたのが悔しいと見える」

 ていうかなんでアッシュお前も居るんだろうか。確かに準決勝で殿下に負けていたから観戦してもおかしくは無いかもしれないけれど。
 ヴァイオレットさんがいるから避けていると思ったのに、なんでにこやかに俺の席の隣に座っているんだ。バーントさんとアンバーさんが表には出していないけれどもどう対応して良いか焦っているじゃないか。

「観客席でメアリーとヴァーミリオン殿下の決勝戦を間近で見ようとしたのですが、ほぼ満員でして。VIP席は遠いですから」
「それで俺達を見つけて、シャトルーズ卿達が騒いでいるのを見て微妙に周囲が開いていると思い来たわけですね」

 実際に空いていたから良かったけれど。
 ……まぁ今のこの二人ならヴァイオレットさんに対するアタリもきつくは無いから、別に構わない。他の観客も決勝戦への期待であまりこちらに意識が向いていないし。せいぜいアプリコットとシャトルーズの方に意識が行っている位か。

「……シルバ君やエクル先輩でないだけマシか」

 ここに居るのがどう違うのか詳細をまだ知らない攻略対象ヒーローである、シルバ君とエクル先輩でないだけ良いだろう。……シルバ君の方は会うのは少し怖いけれど。
 シルバ君は妙な方向に拗らせているような気がしたし、エクル先輩は未知数だ。
 眼鏡をかけた爽やか系イケメンの攻略対象ヒーロー。貴族なのに平民に対してもフレンドリーで、主人公達にとっても頼れる光魔法が得意な先輩。ただ、学園生活では優秀だが、私生活が割と駄目で部屋が散らかっていたり、放っておくと偏った食生活をする四分の一クォーター森妖精族エルフ。共通ルートでもなるけど、彼のルートでは主人公クリームヒルトさんが片付けをしたり髪を梳いたりと世話焼き娘となる。そして多少は私生活もマシになる。……多少は。
 彼のルートでのヴァイオレットさんは……うん、復活した竜種にやられてたな。殿下と関わりが少ないためか決闘はないが、「あのヴァイオレットが!?」みたいな感じに復活した竜種の強さアピールみたいな感じにされていたな。ファンの間では「あの、と言われてもどのルートでもなぁ……」って感じだったらしいけど。……もう少しヴァイオレットさんが良い扱いされても良いのにな。今は関係ないけど。

「エクル……先輩?」

 俺が小さく呟いた言葉に、アッシュが反応した。
 あ、しまった。ゲーム内では先輩ポジションだったからつい先輩呼びしたが、俺にとっては年下かつ後輩だ。その上伯爵家の嫡男に対してその呼び方はマズイ。

「申し訳ありません、クリームヒルトさん達がそう呼ばれていたので、つい」
「別に構いませんが……もしかして」

 なにがもしかして、なのだろうか。変な勘繰りをされなきゃ良いけど。

「失礼ですが、ハートフィールド男爵。質問よろしいですか?」
「はい、構いませんが」
「貴方は……メアリーの事をどう思いますか?」
「はい?」

 ん、何故その質問が出て来たのだろう?
 ……ああ、そうか。今名前を出したのは決闘の時にヴァイオレットさんの敵だった者達のはずだ。シャトルーズ、アッシュが居て、俺がさらにその名前を出したから決闘の事を連想したのだと思ったのだろう。
 アッシュは今この場に居て、かつては俺達が幸せになるように言ってくれたが、ヴァイオレットさんの事を憎んでおり、メアリーさんの事を好いているのは確かだ。
 仲良く……見えているかは分からないが、俺とヴァイオレットさんが仲良くしているから、メアリーさんに対して決闘の事でなにかしら恨んでいると思ったのかもしれない。

「素敵な女性かと思いますよ。芸術面で優れ、試合にも決勝に進み、勉学においてもアッシュ卿や殿下と並んでいると聞きます。まさに学園きっての逸材じゃないでしょうか」

 俺は思っている範囲で当たり障りのない回答を返す。
 ここで引いてくれれば助かるし、この回答ならばアッシュからさらに質問を促す事にもなる。そうすれば“アッシュ卿が深く聞いたから、答えました”という多少の感情が混じった回答も許されるだろう。

「……女性として意識はしていますか?」

 うん? おかしいな。想定した追加質問と違うぞ。
 てっきり恨んではいないのかとかそういう質問が来ると思ったのに。

「意識もなにも、会ったのは一昨日が初めてですよ。会って間もないのにそんな――」
「期間は関係ありません。彼女が魅力的な女性である以上、時間など関係なしに惹かれる可能性があるのです」
「アッシュ卿?」

 あれ、おかしいな。アッシュってこんな性格だっけか。

「どうなんですか、女性として、意識はしていないのですか?」
「ご、ご安心ください、狙ってはおりません。私は既にヴァイオレットさんという伴侶が居るのですから、満ち足りていますよ」
「伴侶が居なければ手を出す可能性があり、つまり興味があり意識していると」
「曲解です!?」

 なんだろう、凄い面倒くさい。アッシュはもっと感情を裏に隠して腹芸が出来るキャラじゃなかったっけ。ヴァイオレットさん達が会話をしている中を狙っての声の大きさなので、ある意味出来ているのかもしれないけれど。

「どうなんですか?」
「ちょ、アッシュ卿。近いです!」
「どうなんですか?」
「静かに詰め寄らないで下さい、ほ、ほら。殿下とメアリーさんの決勝戦が始まりますよ。見なくて良いのですか?」
「どうなんですか?」
「多分俺がどう答えても“興味がある”に収束させますよね」
「当たり前です。彼女が魅力的なのは事実ですから興味があるのは当然でしょう」
「開き直らないでください。答えが決まった尋問じゃないですか」

 これはアレだろうか。恋は盲目とかそんな感じだろうか。
 シルバ君がメアリーさんを(多分)好いていて怖かったように、メアリーさんに対してになるとIQが下がる傾向にあるのだろうか。
 とにかくアッシュの質問は流石にマズイと思ったバーントさんとアンバーさんが止めるまで止まらなかった。

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