追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
悔しいが、しかし
さて、一年の部も大詰めだ。
この後に二年の部、三年の部、そして外部の者も含めた俺も参加する部もあるので巻いていると言えば巻いている感はある。
ともかくとして、残りは八人で七試合。そしてまるで盛り上げるためにわざと実力者と人気を兼ね備えた者達を競い合わせるかのように、メアリーさんと一年の攻略対象四名、そしてクリームヒルトさんが残っている。
そして現在はクリームヒルトさんとメアリーさんの対決だ。
錬金魔法を扱う者同士の戦いということで注目を浴びている……のだが。
「なんというか、子供が大人に挑んでいるようだ……」
誰が言ったかは分からないが、確かに傍からはそう見える。
クリームヒルトさんが小柄であり、メアリーさんはヴァイオレットさんよりも高い身長で何処か大人びているせいか、よりそう思える。
ただ、クリームヒルトさんの恐ろしさ(錬金魔法による爆発)を観客は見ているので、一概に子供扱いは出来ないのだが。
「クリームヒルトちゃんは大丈夫でしょうか……」
先程飲み物を買いに戻ってきてから妙にそわそわしているグレイが心配そうに呟いた。
グレイは帰って来た時に「汚された」などと言って居た。結局はアプリコットが「なんでもない」と言い、試合も始まったため有耶無耶になったが、なにかあったのは明白だ。隠したいようなので追及はしないが、後で軽く聞いておこう。……恐らくイエローさん辺りに吹き込まれた表現を間違って使っているだけだろうが。
「なぁ、そういえばさ。上位陣に残っているのってあのお化け屋敷のクラスが多いよな」
「月組のやつ? ああ、確かに今年は月組は粒揃い、って聞くからな。それとお化け屋敷といえば……さっき聞いたんだけど、妙な亡霊騒ぎがあったって聞いたんだけど、大丈夫なのか」
「ああ、敷地内で亡霊モンススターが出たとかいうヤツ? それ、月組の宣伝だって聞いたけど」
「そうなのか?」
騒がしい闘技場内の少し離れた席で、男子生徒がそのように会話をしているのが聞こえた。
恐らく内容は学園で起きた亡霊系モンスターの出現だろう。実際にモンスター除けの加護が施されているはずの学園に亡霊系モンスターが現れ少し騒ぎになり、クリームヒルトさん……ではなく、メアリーさん辺りが試合の休憩中に祓った、というあの乙女ゲームにおけるトゥルールートの筋書き。
周囲に心配を掛けさせまいとお化け屋敷の宣伝であると誤魔化したが、実際は「学園でなにかが起きている……?」と災厄の前触れを予感させるイベントだ。お化け屋敷と聞いた時にまさかとは思ったが、やはり起きていたようだ。
俺やヴァイオレットさんが学園祭に夫婦で来るといった予想外の事はあれども、イベントはきちんと起きているようだ。
こういった噂程度の会話は、なにが起きているか知るのに丁度良い。ストーリーがどうなっているかの関係性を知るのには一応耳を傾けておかなくては。
「あと妙な金属の塊が女性の声を発しながら滑空していたって聞いたけど。手をかざしたら光と共に周囲が焦土と化したとかいう噂が」
「それも宣伝だろ」
……うん、それはあの乙女ゲームとは関係ないな。
◆
「あはは、負けちゃったー! 誰か慰めて!」
試合に負け、暗い顔などせずに清々しいほど晴れやかな笑顔でクリームヒルトさんはそう要求してきた。
俺達はその明るさに一瞬不意を突かれたが、彼女のらしさに小さく笑うとそれぞれが「良い攻撃だった」などの偽りのない言葉をかける。
「くぅ、せっかく鎖からの束縛プラス最大威力の爆撃で一気に片を付けようと思ったのに……」
「そうだな、束縛と爆破までは上手くいっていたな。だが、彼女の錬金魔法で作ったモノの前では意味なかったようだ」
「あの道具ズルいよね!? オーク位なら十体ほどまとめて吹き飛ばす爆弾を受けて無傷なんて!」
「その爆弾を作れて躊躇なく投げつけたお前もある意味凄いぞ」
クリームヒルトさんはまず鎖(勝手に動く)でメアリーさんの手足を束縛して動きを封じ、動けなくなった所を最大威力の爆弾で仕留めにいった。その爆弾は今まで使った爆弾よりも一段階威力のあるモノであったが、メアリーさんの名称不明の錬金魔法で作ったであろう道具により防がれた。恐らく参加者が身に着けている護身符のような、威力を肩代わりする道具を身に着けていたのだろう。
まぁ観客席の誰かが「やったか!?」なんて言った時、あ、これはやれてないなと思ってしまったが。
「それに挙句にはさらには錬金魔法で錬金しただろう道具で痺れさせられ負けちゃうし」
「だろう、ということは作り方は知らないのですか?」
「そうだね、グレイ君。今回メアリーちゃんが持ち込んだのは私が知らない道具だと思う」
そしてその後に反撃とばかりに鎖の束縛を解かれ、同じくメアリーさんの錬金魔法で作ったであろう道具で闘技場内に居る者が麻痺する道具を使われ麻痺し、戦闘不能と判断された。
身代わりの護符といい、麻痺させる道具といい、クリームヒルトさんの戦略を読んだ上であっさりと片を付けたあたり、錬金魔法の腕前も戦略面も今はメアリーさんの方が上手みたいだ。
俺の知っている道筋ならば、殿下とそろそろ凄いアイテムを錬金するはずで、この試合でそのアイテムの構想のヒントが得られるはずだけど、どうもその様子は無い。
そういえば先程の彼女の戦い方について少し違和感があった。違和感というよりは以前もクリームヒルトさんに感じた既視感に近いのだが。道具が役に立たなくなり、痺れさせられる前に魔法を唱えるよりも素早く物理で攻撃しようとした時、よく分からない違和感があったのだ。その正体はよく分からないが。
ともかく、今のクリームヒルトさんを見てハッキリと思う事があるとすれば……
「そういえばさ、ヴァイオレットちゃん。今度で良いから魔法について教えてくれない?」
「魔法? 地水火風と光闇の基本魔法か?」
「うん、私感覚でやってるから。今の戦闘でやっぱり勉強した方が良いかなーって」
「私の魔法は理屈重視だからな……感覚で言うならグレイかアプリコットの方が教えるのは上手いと思うぞ?」
「ダメなんだよ。実は先生にもいい加減基礎を覚えないと頭打ちになるぞ、って警告されて。ヴァイオレットちゃんの教え方は上手いし、基礎から教えて欲しいと言うか……」
「別に構わないが……しかし授業で基礎は教えているはずだが」
「……教える先生が個人に意識が向いていない、って眠くなるよね。BGMっぽくて子守歌に聞こえて……」
「授業は寝るな」
……ああしてヴァイオレットさん達と楽しそうに会話をしているだけでも感謝しなくては、という事くらいか。学園内では唯一の味方と言っても良いほどの学園生だ。クリームヒルトさんが居るといないとでは大きく違っていただろう。
というか以前クリームヒルトさんようやく基礎魔法の勉強が分かって来た、と言っていたがどうなったのだろう。やはり攻略対象が居て教えて貰わないと駄目なのだろうか。
「おや、クロ様。どう為されましたか?」
会話にグレイやアプリコットも混ざり、そろそろ準決勝が始まろうとする中、俺はヴァイオレットさん達に気付かれないように静かに席を立つと、バーントさんが小さく、だが俺には聞こえる声で尋ねて来た。
「ちょっと花を摘みに。バーントさんは大丈夫ですか?」
「お供いたします」
バーントさんはアンバーさんに目配せをして、俺達は静かにその場を離れた。
この場合供をするというのはバーントさんも一緒にトイレに行く訳では無いだろう。単純に単独行動を避けさせるためだ。
少し離れ、トイレがある所に向かう最中に、無言というのも寂しいのでふと気になった事があったので聞いてみた。
「そういえばバーントさん、メアリーさんの声とか音とかは好きではないのですか?」
「…………良いお声だと思いますよ、とても」
「……別に言いふらしませんし、陰口と咎めませんから、正直にどうぞ」
「……お嬢様の居場所を奪った方なので嫌いです。嫌いなはずなのに……! 劇の時と言い、彼女の声は私の耳に侵食して心地良い音域を奏でるのです! ああ、これは駄目です。あれは麻薬だ、俺……私の中を侵食する麻薬なんです!」
……やっぱりそうであったか。
一昨日の劇の時もそうだったが、バーントさんがメアリーさんの声を聴くたびに妙に葛藤している雰囲気があったので、もしやとは思ったが。
バーントさんにとっては憎き相手だとしても、心地良くて複雑な気持ちなのだろう。……もしやメアリーさんに近付けば、アンバーさんも葛藤するのだろうか。
「先程からの戦闘の詠唱の声が私の脳を揺さぶるのです! ですからクロ様! メアリーちゃんの声を払拭するために貴方の音で私を埋めてください!」
「その言い方やめてください」
備考:以前もクリームヒルトさんに感じた既視感
・62話「浮かび上がる疑惑」参照ください。
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