追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

一応ワザとではない


「ぜー、はー……それで、我になんの用であったのだ。挨拶の為だけに我に話しかけたのか?」

 両者の喧嘩を収めると、大声を出して少し息の乱れたアプリコットは息の乱れていないシャトルーズにそう尋ねた。

「ああ、忘れる所だったな。レ――アプリコット。お前今日の試合に参加するのだろう?」
「そうだな、だからここに居る訳だ」
「参加申し込み書に記入漏れがあったらしくてな。どうしようかと係の者が困っていたので、偶々名前と顔を知っている私が呼びに来た」
「む、そうなのか。我としたことがそのような失態をするとは……報告感謝する、係の者は何処だ?」

 アプリコットは案内されて係の者の所にシャトルーズと共に行く。
 向かう途中でまた喧嘩を始めないかと不安になるが、かといって殿下に話しかけられている以上は殿下の前を離れるわけにもいかない。

「さて、話が逸れたな。俺が話しかけたのは、お前について知りたいことがあるからだ」
「俺について、ですか?」

 改めて殿下は俺に対する会話の続きを始めた。
 俺に対して知りたい事……というと、以前のシャトルーズのようにヴァイオレットさんに気をつけろ的なことを言うつもりなのだろうか。いや、それだと知りたいとは少し違うな。

「ローシェンナ・リバーズという男を知っているな?」
「……ええ」

 リバーズ……あのオークを殿下の顔に改造し、グレイを攫ってヴァイオレットさんを貶めようとした男。今は退学し然るべき処置を受けたと聞いてはいるが。

「元々誘拐騒ぎを起こした事や、ヴァイオレットを貶めようとしたのは聞いていた。仔細は聞いてなかったが、一昨日にメアリーが興味を抱いてな。アッシュに聞いてみたのだが……」

 もしかしてオークの顔を改造したのを聞いたのだろうか。
 だとすれば一昨日に俺達がつい呟いてしまった言葉の意味を理解し、実際に相対してどう思ったのかとか当事者に話を聞こうと思ったのだろうか。

「……ハートフィールド。お前は、メアリーと親しいのか?」
「はい?」

 ん、今の会話のどこからその質問が出て来たのだろう。
 突拍子もない質問につい失礼な反応をしてしまう。

「いや、気持ちが逸ってしまったな。つまり俺が言いたいのはだな。お前とメアリーは親しい仲なのかという事だ」
「落ち着いてください殿下。仰っている内容が同じです」
「む……」

 あのヴァーミリオン殿下がこのような慌て方をするとは。
 確か殿下は孤高という言葉が似合ったり、“紅い獅子”という渾名が付くほどには動揺することは少ない筈はずだ。基本的に一昨日みたいな感情しか表に出さないと聞いているし、あの乙女ゲームカサスでもそうだったが。ルートによっては今のような動揺も良くするけど。
 しかし俺がメアリーさんと親しいとはどういう事なのだろう。そう思うには理由があるはずだ。殿下がわざわざ聞きに来るような、確信的ななにかが。

「つまりだな――」

 殿下の話を纏めると、メアリーさんが一昨日の劇の後(恐らく俺達と別れた後)に俺とヴァイオレットさんについての話をアッシュに聞いたそうだ。内容は以前の時はリバーズ家の存続や対処のごたつきで詳細は来ていなかったローシェンナ・リバーズの騒動に関して。そして俺達の様子に関して。
 アッシュはあまり噂を広めるものではなく、己の目で見るべきだと言うので簡単な内容であった。初めはヴァイオレットさんの変化について知りたいのだと思っていた殿下であったが、メアリーさんはどちらかと言うと俺について聞きたそうにしていたように見えたらしい。あくまでも殿下の直感的なカンらしいが。
 そしてその時の表情が……

「恋するかのように興味を抱いていたんだ」

 言いがかりも甚だしいじゃねぇか。
 と、口の出そうとしたがすんでの所で押さえた。危ない。

「失礼ですが殿下の勘違いかと。私はスーさんとは一昨日初めてお会いしましたし、会話も少なかったですし、私の事をヴァイオレットさんの夫、という事しか聞いていなさそうでしたから」
「……そうか」

 完全な殿下の主観による被害妄想じみた感情であるが、殿下がここまで心配するとは余程メアリーさんの事を好いているのだろう。
 身分も才能も外見もあらゆる面が王国内でもトップクラスに優れているのだから、もっとどっしりと構えても良さそうなものだが。
 だけど一応はフォローはしておこう。

「確かにメアリー・スーさんは魅力的な女性でしょう。俺が惹かれて手を出そうとするのではないかと仰りたい気持ちもあるのでしょう」
「…………」

 そこで無言という事は否定はしないという事なのだろう。
 ならば言葉を続けさせてもらう。

「生憎と、私は一つの家族を愛するのに精一杯なもので。親しくなったとしても手を出す余裕はありません」
「……その言葉を信じろと?」
「はい。失礼ですが、私には言葉にする以外には殿下への信用も信頼が足るほど、時間をすごしてはおりませんので。殿下の不安は今はこれで納めて頂ければ」

 俺がそう言い礼をする。そして頭をあげると殿下俺を値踏みするような表情でしばらく見た後、

「……そうか」

 とだけ言った。
 信用はしてはいないようだが、とりあえず今は納得してくれたようである。

「ああ、すまない。話が終わったのならば良いだろうか」
「構わん、俺の用事は終わったからな」
「それは申し訳ない、第三王子サード・アイ殿」
「サード・アイ……? 俺の事か……?」

 と、俺と殿下の会話が途切れた所でいつの間にか戻って来たアプリコットが俺達に話しかけて来た。申し込みの不備とやらは解決したのだろうか。そして殿下をいきなりそう呼ぶとは勇気あるな、コイツ。

「書類の不備なのだが、この点でな」

 俺は持っている申請書の、指の差された所を見る。
 差された場所は上の方の最初に書くようなミスをしそうにない所だった。このような所に不備があったのだろうか――ああ、そこか。

「その点なら別に構わない。書いても問題ないぞ」
「すまないな、クロさん」
「別に良いよ。パパッと書いてしまえ」

 アプリコットは俺に礼をし、書類の不備とされている所を書き記す。
 別にその不備くらいは勝手に書いても良いのだけど、アプリコットはそう言う所では律儀だからなぁ。

「待て、どういう事だレディ・アプリコット!」

 そして面倒くさいやつに再び絡まれた。

「おい、いい加減にしろよシャトルーズ! お前は三歩歩けば物を忘れる鳥頭か!」
「む、すまない。こればかりは癖がついてしまってな。それに女性の名前を敬称なし呼ぶことに慣れていないんだ」
「ヴァイオレットさんやクリームヒルトさんなどは呼び捨てではないか」
「家名呼びは良いんだ。……それはともかくお前はこの学園祭の御前試合にて偽証するつもりか!」
「偽証ではない、これも我の立派な真名-マナ-だ!」
「なに、そんな馬鹿な……お前は以前自身の真名-マナ-をアプリコット・フォン・ペンドラゴンと名乗っていたではないか、アレは嘘だったのか!?」
「ふっ、そんなことも気付かないのか、シャトルーズ。我が一つの名で収まる器であるはずがなかろう」
「なん……だと……!? レディがヴァーミリオンのように二つ名を持つだと……! さらには幾つモノ通り名を有していると言うのか……!」
「お前本当にワザとじゃないのか。何故レディを残す」

 色々と突っ込みたい所はあるが、うん、まぁなんと言うか。

「うちの領民がすいません」
「いや、こちらも俺の幼馴染がすまない。アイツもここまで単純だとは思わなかった」

 殿下はシャトルーズを見て何処か懐かしそうな表情で、遠い目で見ていた。

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