追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
ノットイコール
四日目。
学園祭の試合当日に、嫌々ながらも俺達は学園の闘技場に来ていた。俺達とは言っても、傍に居るのは試合に参加するための説明に案内されたアプリコットだけだが。
通常の学園には似つかわしくない立派な闘技場だが、昔はここで奴隷を戦わせており奴隷の売買が禁止されてからは偶に正典やこういった行事の際に使われるのみになっている。一応は学園の敷地内なので、学園の所有物、という事らしい。ついでに地を司るドラゴンが地下に封印されている。王族以外は知らないらしいけど。
「ふ、ここが光と闇が混合する学園の闘技場か。我の戦う場所として相応しいではないか!」
「危ないから降りなさい」
そして観客席の一番高い所にて、アプリコットはいつもの魔女服にマントを靡かせ参加者も入り始めて来た闘技場内を見下ろしていた。何事かと見る者も居るが、格好を見て燥いでいる子なのだと思うと何処か微笑ましい目で見るか、過去を思い出したかのように乾いた笑いをするかのどちらかのリアクションを取って皆遠巻きに見ていた。
とりあえずは魔女っぽい服で下はスカートではあるので高い所には登らないで欲しい。
「まぁ危なさで言えばクロさんの方が危ないだろう。大丈夫なのか? よっ、と」
アプリコットは高い所から降り、帽子に手をやりながらこちらを見て心配そう……というよりは不安そうにしていた。
「安心しろ。魔法はからっきしだけど、喧嘩に関しては慣れているよ」
「クロさんが腕っぷしが埒外なのは把握している」
「埒外いうなや」
確かにシキで魔法無しの喧嘩で相手になるのはシアン位のものだけれども、上には上が居るぞ。
「だがこの御前試合は魔法も有りの戦いだ。そうなるとクロさんも不利だろう。第二王子に使ったいつぞやの戦法は通用もしまい」
今世では魔法を使える世界に生を受けた俺だが、生憎と魔法関連の才能は無かった。
地属性は小石を動かす程度で。水は相手にダメージを与えるような勢いで操れはせず。火は呪文や魔法陣を使用しても炎などにはいかず火の領域に留まり。風は夏場に使えば涼しい程度しか操れず。光は僅かしか灯らず。闇に至っては適性が全くなかった。
一応【身体強化】のような付加魔法とか【空間保持】みたいな簡単な魔法はある程度使えはするけれど、アプリコットと比べると天と地ほどの差だ。まぁアプリコットは学園に入っても名を残すだろう位には魔法が優れているから比べるのもアレだが。ともかくあまり優れていないのは確かである。
「まぁ、別に勝つ必要はないからな。参加はアレだが、負けたら負けただ」
しかし今回はこの魔法が優れている者達が集まるこの試合で勝つ必要は特にない。
あからさまに手を抜いたりすれば色々と言われるだろうが、ある程度の力で派手な魔法の前に負ければとやかくは言われないだろう。一応なにかしらの妨害等がないか警戒はするが。
「ふ、では我が優勝を掻っ攫おうではないか! フゥーハッハッハ!」
「おう、楽しみにしているぞ」
ついでにアプリコットにも妨害が無いか警戒はしておくか。
俺が離れた際の警戒はするようにヴァイオレットさんには言ってあるので、同じく選手として参加して近くに居るアプリコットの周囲にはなにかないかも心配しておこう。
「ほう、随分と大言を言うのだな、レディ・アプリコット」
「誰だ!」
誰だじゃないよ。アプリコットをそう呼ぶ奴なんて一人しかいないし声で分かるだろうよ。
そして殿下とは違った方向の面倒くさい相手なので、溜息を吐きたくなる。
「貴様は――シャトルーズ!」
「久しいな。やはりお前もこの試合に参加すると信じていたぞ」
「ふ、そう言うからにはそちらも参加するようだな」
「外部も参加可能な試合は学園生も参加できるからな。一年の部と両方優勝を取るつもりだ」
「ほう、言うではないか。だが我が居る以上はその願いは叶わない願いと知るのだな。あとレディ言うな」
「相変わらずなようで安心したぞ、それでこそ私の好敵手だ、レディ・アプリコット」
「喧嘩売っているのならば買うぞ」
なんでこいつらは少年漫画に出てきそうなライバル同士の再会みたいな会話をしているんだ。無駄にはまっているのが微妙に複雑である。
周囲の事情を知らない奴らも何事かと騒ついている。そりゃ色々と有名だろうシャトルーズと妙な事を口走っている女の子と話しをしているのだ。騒つきも――
「クロ・ハートフィールド」
――するのは、シャトルーズだけが原因ではなかったようだ。
俺に話しかけて来たのは、シャトルーズに気を取られて気付かなかったが、一緒に居たヴァーミリオン殿下。一昨日のような攻撃性は無いが、警戒をある程度している表情をしている。
「おはようございます、ヴァーミリオン殿下。先日の演劇は素晴らしかったです」
俺は出来る限り平静を保って殿下に挨拶をする。
何故殿下がここに居るのか――なんて考えるまでもないだろう。王族は基本的にアゼリア学園の学園祭試合には参加する。ようは王族として強さを示せ! みたいな感じだ。
あとはクリームヒルトさん……ではなく、メアリーさんにカッコいい所を見せたいがためだろう。恐らく一昨日のあの劇で共演していた顔面偏差値の高いキラキラした連中も居るだろう。……メアリーさんも居るかもしれないな。
「当然だ、メアリーも居るのだからな」
「はい、彼女も素晴らしかったですね。両雄並び立つと言いますか、お似合いの主演でした」
俺がメアリーさんを褒めると、自身を褒められた時は眉一つ動かさなかったのに、口角一瞬かつ僅かに上がっていた。本当に一瞬だけだったけど。……お似合いが嬉しかったのだろうか。
「それでどのようなご用件でしょうか。……あまり、私とお話しするのはよろしくないかと思いますが」
「ヴァイオレット……いや、カーマイン兄さんの事もか」
俺が遠慮しがちに問いかけると、殿下は俺が話し辛そうにする理由を言う。
……腹違いだから似ていない部分はあるけれど血は繋がっているし、ヴァイオレットさんの事を想うとあまり快く接することも出来ないし。割と善良ではあるとは思うのだけど。
「ともかく、俺が話しかけたのは……」
と、殿下が改めて俺に話しかけてきた理由を話そうとした所で、別の声に会話が遮られる。
「よぅーし、良いだろう! やはり喧嘩を売っているのならば買ってやろうではないか、今すぐ表へ出ろ!」
「何故だ、何故そんなにもレディ扱いを嫌がるレディ・アプリコット! あとここは既に表だろう!」
「そこはどうでも良い! 我は貴族でもなければ伴侶も居ない! 敬称のつもりかもしれんが貴様に言われるとお嬢ちゃんと馬鹿にされた気がするぞ!」
「言いがかりにも程があるぞ! 私は女性に優しくしろと父と母に言われ育った!だからこそ礼を尽くしているのではないかレディ・アプリコット!」
「ようし分かったぞ、貴様馬鹿だな!」
「なんだと!? 俺は学力は学園でも常に二十位以内を維持しているぞ!」
「勉強が出来ると頭が良いはイコールではない!」
いつの間にかヒートアップしたのか、アプリコットとシャトルーズは大きな声で喧嘩をし始めた。シャトルーズも途中から一人称が私から俺になっている辺り素で喧嘩しているのだろう。相変わらず相容れないようである。
「……申し訳ありません、女の子の方はうちの領民なのですが、以前の調査の時からどうも仲が悪いみたいで」
「いや、あれは仲が良いのではないだろうか。シャルがああして素を出す事なんて――割と最近はあるな。メアリーと接するようになってから変わって来たからな」
あ、そこは殿下も分かっているんだ。
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