追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

彼女が一晩で駆け付け数分でやってくれました


「さて、シアン。そろそろどういう事か話してもらおうか」
「どういう事って、なにが?」

 首都に来て二日目の夜。
 劇が終わり、メアリーさんと会い、自領民のシスターによる誘拐騒動の説教後、試合参加に関しての事実確認は明日することにして全員で普通に首都を観光をした。
 そして夕食も食べ終えグレイとアプリコットとバーントさんが宿泊所の近場で観光をしている中。俺はヴァイオレットさんの部屋に泊まっているシアンの所に赴き、シアンを問い詰めていた。部屋にはチェスで対戦しているヴァイオレットさんも居る。あと護衛も兼ねたアンバーさんも居るが、彼女が居ると何故かより不安になるのは気のせいか。
 俺の質問に惚けるシアンではあるが、内容くらい分かっているだろう。

「惚けないでいいぞ。お前、俺達がメアリーさんと話すのを止めようとしていただろう」
「むー、乙女の部屋に入ってきておいてそんな野暮なこと聞くの? ……チェック」

 ……乙女な事は確かかもしれないが、自分で言うと胡散臭さしかない。自称清純くらい怪しさ満点である。適当に言っているのだろうけど。

「やはり私達の会話を止めようとしたのだな。しかし何故だ、シアンさん?」
「何故って言われてもねぇ。……うーん、どうしてだろ」

 シアンはいつ着替えたのか分からない私服姿のまま、右手で頭を掻いた。
 まさか本当に考え無しに俺に突撃したのだろうか。シアンならば有り得るが、どうもらしくない。それとも今日からやっていた懺悔大会(?)の仕事や劇のストレスでも溜まっていたのだろうか。上層部とかに妙に圧力をかけられたとか。

「一番は、あの場所に留まっているとあの無駄にキラキラした子達が来そうだったからかな。……チェック」
「キラキラした子達?」
「殿下とかアッシュ卿達の事かと」
「……成程、なんとなく分かる」

 恐らくあのメイン攻略対象ヒーローの五人の事だろうが、ヴァイオレットさんも言われると納得する程にはなんとなく感じてはいたのか。実際キラキラした効果音付きそうな感じはするし。アンバーさんは「あのキラキラした香りは好きじゃないです」と呟いていたが気にしてはいけない。キラキラした香りってなんなのだろうか。
 というか、来そうだったから? あの場所に……ああ、つまり。

「つまり、メアリーさんが劇の後抜け出して俺達に会いに来たから、殿下達が心配して探し回るから、あの場に留まっていたら殿下達が来て俺達を撃する可能性があった、という事か」

 メアリーさんはあの目立つ衣装から制服に着替えて、抜け出して俺達に会いに来た。時間を考えれば舞台後の挨拶や打ち上げなどをしようと盛り上がっている時でもおかしくない。
 そんな中抜け出せば、例え一言残して抜け出したとしても不安に思って探すかもしれない。そして殿下達がヴァイオレットさんとメアリーさんが話している姿を見たらなにをするかは――劇前の殿下を思い出せば想像に難くない。

「そうだね、それが一番のハッキリした理由だけど。……チェック」
「ハッキリとした?」
「うん、これは曖昧なんだけどね。メアリーちゃん……彼女なんだけど、妙な感じがしない?」
「妙な感じ?」

 シアンの言葉にヴァイオレットさんは疑問顔を浮かべた。
 妙な感じ……シュバルツさんの時もそうだったが、シアンは悪意などの感覚カンに関しては鋭い。もしかしてメアリーさんから悪意かなにかを感じ取ったのだろうか。

「いや、悪意はないよ、あの子。本当に珍しいくらい他者に対する悪意が無い」

 悪意が無い?
 確かにヴァイオレットさんに対しても敵意を見せない子ではあった。
 初めは油断させての所を狙って――とかだと思った。そしてさっきの殿下達が来るかもしれなかったという話を聞いて、ヴァイオレットさんを攻撃するための計算高い子ではないのかと思ったのだが。

「本当にあの子は他者の幸福を願っている子だよ。成程、聖女という狂った称号を貰うかもしれないと評されるだけはある、って素直に思うくらいにはね」

 狂った称号て。修道女がそれを言って良いのだろうか。

「……ああ、そうだな。思い返すと彼女は殿下……他者を救おうと、」
「だけど、それは全員じゃない」

 ヴァイオレットさんが過去を思い出してなにか言おうとしたのを、シアンが遮って言葉を続けた。

「あの子は無意識なのかもしれないけれど、何処かで……イオちゃんに対しては別の認識を持っているような……ううん、ごめん。気にしないで。妙な騒つきがあって。思い返すとキラキラした子達がイオちゃん達に攻撃しないようにしたいと思っただけかもしれないし。ごめんね。……チェック」

 シアンはそう言うと、俺やヴァイオレットさん、アンバーさんに謝った。
 恐らく自分でもなにを言っているのか分からなくなってきたのだろう。だがどういう意味なのだろう。昨日俺がシアンに話したシミュレーテッド・リアリティが関係しているのだろうか。

「ふむ……シアンさんがそう言うのならばなにかあるのだろうが……」

 ヴァイオレットさんは少し考えた後、気にしなくて良いと言われたためかそれ以上の会話はしないようにし、代わりに盤面を見て自身の駒を動かし、一手をうつ。

「とりあえずシアンさん、先程からチェックと言っているが王手チェックになっていないからな。チェックメイト」
「くっ、負けた! さっきより良い運びだったのに!」

 ヴァイオレットさんはほぼ無傷で、ルーク以外を取られておいてよく言えるな、コイツ。
 傍から見ていても圧倒的だった。ヴァイオレットさんが強いというよりはシアンが弱すぎるという感じだが。

「只今戻りました」
「おう、お帰り」

 シアンが悔しがってもう一戦を望んでいると、外に出ていたグレイ達が帰って来た。
 いつもよりアプリコットが上機嫌な表情なので、アプリコットが目的としていた珍しい調味料は手に入ったらしい。
 それをアンバーさんが興味深そうにし、アプリコットは得意げに中身を取り出していた。
 ヴァイオレットさんも興味があるのか、シアンに断りを入れてアプリコットが買ってきたモノの解説を興味深そうに聞いていた。

「クロ様、これをご覧になられてください」
「どうしました? ……号外しんぶん?」

 アプリコットが買ってきたモノを披露している中、バーントさんに渡されたのは、いわゆる新聞の号外的なものであった。
 わざわざ俺にだけ渡すという事は、なにか俺に関係する事件でも起きたのだろうか。だが首都で俺関係なんてせいぜい実家関連の位だ。もしくは今日の劇が号外が出るほどの反響でも出たのだろうか。

「え-っと、“神の裁き!? 今日夕方、突如南部上空に謎の閃光が起き、その場所には問題の麻薬組織が壊滅状態で発見!”……」

 内容を詳しく見ていくと、阿片を各地で広めようとしていた麻薬グループが一網打尽にされたらしい。しかし騎士団が捕縛した訳ではなく、駆け付けた時には既に全員が縛についていたらしい。さらにはグループの全員が精神的に不安定であったらしい。
 なんでも「女性の声で言語を話し、光を放つ金属の塊が……」と訳の分からない事を言っているとのこと。阿片による中毒症状ではないかとの見方が強いらしいが。
 ……うん、とりあえず。

「良い事をしたんだな、ロボ」
「これって大丈夫なんでしょうか?」

 多分大丈夫じゃないと思う。でも良い事をしたんだ。それだから良いんだ。うん。

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