追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
一種の鈍感系(:菫)
View.ヴァイオレット
カーマイン第二王子の殺害未遂。殿下は確かにそう言った。
嘘としか思えない内容だが、この場で殿下が嘘を吐く理由も思い浮かばない。あるいは私を陥れるためにクロ殿の悪評を流そうとしているという可能性も無きにしも非ずだが、殿下がそのような事をするとは思えない。
ただ分かる事は、両者が直接出会い会話をするのは初めてなようで、殿下もクロ殿の名前だけを聞いたことがある故に観察をしているのだろうか。
「一つ訂正を。私がやったのはあくまでも決闘です。どちらでも構いませんが、そういう扱いになっていますので」
「……成程。お前にとってどちらでも良いが、それを目的としたのは否定しない訳か。話に聞いていた者とは違うようだ」
殿下はクロ殿の態度を見てなにを思ったのかは分からない。
納得か、再認識か。あるいは評価か。
「申し訳ありませんがこれ以上の会話はやめておきましょう。流石に時間が間に合わないかと」
「……そうだな、これ以上待たせる訳にもいかない」
クロ殿はあくまで冷静に、殿下を敬う格好のまま、殿下の言葉にそれ以上否定も肯定する事も無く、劇の時間が近付いて来ている事を告げた。
……否定しないという事は、クロ殿はカーマイン殿下の事を……? いや、そんなはずは無い。確かにカーマイン殿下と同い年に当たり、同じようにアゼリア学園に通っていたのではあろうが、王族の殺害未遂など大事件になる。どんなに情状酌量の余地があろうとも極刑は免れない。それに決闘とは……
「ヴァイオレット」
私の思考は殿下の言葉によって遮られる。
変わらず私に対して侮蔑の感情を込める言葉から、私への拒絶が感じられる。
「お前の対処は後に判断する。今は優先するべきことがあるからな」
……対処、か。
どうやら私への扱いは災害扱いのようだ。どう思おうが別に構わないが、物扱いは若干寂しいな。これではクロ殿達に色々と申し訳なくなってしまう。
「お前らも劇を見るのかもしれないが、邪魔立てはするな。――メアリーが憎くて以前のような行動をしない事だ」
「はい、肝に命じておきましょう。殿下のご活躍を楽しみにしております」
私が切り替えて笑顔で言うと、殿下はつまらなそうな表情で踵を返して劇場への方角へと向かっていった。過去の教育で学んだ張り付けた笑顔なのは見破られているようだ。別に構わないが。
周囲の者達は私達を見てどうするべきかと悩んでいたが、殿下が表情を切り替えて「よければ途中まで案内しよう」などと劇の宣伝をしたため、こちらの方は気にせずに殿下へと付いて行き、殿下が去ると先程までのあまり人が居ない空間へと戻っていった。……あのように民衆を一言で興味を抱かせ、自ら宣伝するなど私の知っている殿下のイメージとは離れていた。
いや、今はそれよりもクロ殿だ。カーマイン殿下を――
「ヴァイオレットちゃん!」
「ぐっふぅっ!?」
『ヴァイオレット様!?』
クロ殿の様子を確認したところでクリームヒルトに飛びつかれた。唐突な事だったのでついはしたない言葉が出てしまう。相変わらず小さな体の何処にこんな力があるのかと疑問に思う力だ。
「ク、クリームヒルト……急に抱き着くな。私が心配だったのだろうが、大丈夫だからな」
「本当? 無理してない?」
「安心しろ、もうヴァーミリオン殿下にどう思われようと構わないと思っているからな。罵倒されても“そうか。それで?”という程度だ」
私が言うと、クリームヒルトだけではなくバーントとアンバーも驚いたような表情になる。クリームヒルトは直ぐに笑顔になり「良かった」と言ってくれた。
しかし彼女には先程と言い何度も助けられているな。感謝しなくてはならない。
そう思い、私よりも二十近く低い身長なため丁度いい所にある頭を撫でると最初は疑問顔だったが、次第に撫でられるがままになっていた。
「クロ殿、私達もそろそろ行こうか。早くしなければ挨拶もままならないからな」
私が提案すると、クロ殿は少し驚いた表情の後に、
「聞かないのですか? 俺がなにをしたかを」
と、何処か申し訳なさそうに聞いて来た。
確かに気になるかどうかといえば気になる。
よく考えれば私はクロ殿が何故アゼリア学園を途中卒業した理由も、何故シキという扱い的には問題がある者を送る地を任せられているか仔細は知らない。横暴や傲慢、色欲に溺れたといった噂があるにも関わらず、事実は違っている。色欲に至ってはむしろ偶にあるのだろうかと疑問に思うこともある。照れはするので、あるにはあるのだろうが。
恐らくは殺害未遂だの決闘などに関係しているのだろうが……
「クロ殿が話したくなったら話してくれればいい。私とて過去に褒められたことはしていない。それなのに私だけ糾弾するほど恥知らずではないのでな」
何処まで私の所業を知っているかは知らないが、クロ殿は私の過去を貶める事は無かった。むしろ努力してきた事を否定しないで欲しいとすら言ってくれた。
少なくとも今こうして左薬指にはめている金の指輪は、ただの記号としての証ではなく私とクロ殿の夫婦としての証であり、今の私を認めてくれたモノだ。だから――
「例え過去になにかしていたとしても、私は今のクロ殿が好きだ。それだけで充分だろう?」
仮にクロ殿が過去に殺害未遂を犯していても、私にとっては大切で大好きな夫だ。そしてそんなクロ殿が傍に居てくれている。今はそれだけでも充分だ。
「……ヴァイオレットちゃん」
すると暫くしてから私の言葉に反応したのは、私に頭を撫でられ続けているクリームヒルトであった。
「ん、どうした?」
「羨ましいよ、そう言える相手が居て。でもね」
「でも?」
クリームヒルトはそこで言葉を区切ると、周囲……クロ殿達を一瞥して言葉を続けた。
「多分それは私達が居ない所で言った方が良かったんじゃないかなーって思うんだ」
「? ……何故だ?」
「えっとー……あはは、どうしよう」
いつものような笑いの後、クリームヒルトはどうしようかと少し顔が赤い頬を掻いた。
……そういえばバーントは「声が……!」と言いつつ目頭を押さえ頬を少し赤くし、アンバーは「香りが……!」と言いつつ少し赤い頬のまま天を仰いでいる。何故そのような奇行に走っているのだろうか。
クロ殿はなにやら小さな声でなにを言っているのかは聞こえなかったが、口元を手で押さえやけに顔が赤かった。
「クロ殿、まさか熱が――!」
「大丈夫です。熱は無いですしもう少し経てば収まるんで、そのまま。そのままの体制でクリームヒルトさんの頭を撫でていてください。お願いしますから」
クロ殿は何故か私から距離を取ろうとしていた。
……何故なのだろう、私は変な事を言ったのだろうか。
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