追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

まずはそこを心配する(:菫)


View.ヴァイオレット


「ヴァイオレットちゃん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。今は流石に落ち着いたよ」

 お化け屋敷でドッと疲れ、人通りの少ない場所で私達は休憩をしていた。
 本当は私とバレないのならば、劇の時間までの間もう少しクロ殿達と学園祭を見回ってみたかったが、とてもではないがその余裕は無かった。精神を回復しなければ劇の時に碌な事にならないことは目に見えていた。

「お化け屋敷とはあのような感じでしたのですね。私めは初めてでしたが、楽しかったです!」
「う、腕が……花、白い花をしばらく見たくない……」

 あの後私達の後に入ったグレイとアンバーだったが、グレイはむしろあの恐怖を楽しんで出てきたようだ。
 生徒が溶けたり花が腕に化けたのも「おおっ!」と目を輝かして楽しみ、その様は恐怖していたアンバーよりも実に頼もしく、アンバーはグレイの腕に抱き着き未だに震えている。
 ちなみにバーントは単独で挑み、途中から目を瞑り暗闇の中を進み完走したらしい。耳が良いのは知っていたが、お化け屋敷の在り方としてはなにかが違う気がする。

「そろそろ時間ですね、行きましょうか」

 クロ殿が現在の時間を確認し、私達に本来の目的地である劇場に行こうと告げて来た。
 もうそんな時間か。元々そこまで時間は無かったが、流石に行かないとまずい時間らしい。

「時間って、なんのでしょうか?」
「私達は劇に特等席VIPで招待されていましたね。その前に同じように招待されている方々に軽い挨拶をしないといけないんです。“おお、貴方も呼ばれたのですね。ところで最近の様子はどうですか、ハハハ”みたいな」
「貴族も大変なんですねー……」
「貴族は特に体面が大切ですから。それに招待した奴がした奴なので、無断欠席する訳にも行きませんし」
「噂で聞きましたけど、王族名義でしたっけ」
「ええ」

 学園では私達が王族名義で招待されたのも伝わっているのか。一体誰から広まったのだろう。
 学園生による劇ではあるが、アゼリア学園の学園祭における劇・闘技・会合パーティーはある程度の社交の場となっている。貴族社会が好きではなく、貴族らしくは無いクロ殿だが、王族名義の招待であれば無視も出来ない。只でさえ私達は立場が良くないので、最高権力の命令には従わなくてはならない。

「私も途中まで一緒に行っても良いですか? 特等席ではないですけど、一応私もチケット持っていますんで」
「構いませんよ。いいでしょうか、ヴァイオレットさん」
「ああ、構わない」

 私達が了承すると、クリームヒルトは心の底から嬉しそうに喜んでいた。相も変わらず見ているだけでこちらも楽しくなる程感情豊かである。満面の笑みは見習いたいものだ。多分恥ずかしくてできないと思うが。
 ……そういえば以前アプリコットとエメラルドが、クリームヒルトの笑顔に違和感があると言っていた事を思い出す。笑顔の種類が違う――だったか。どういう意味だったのだろうか。とは言え、言った本人も詳しくは説明できないようであったが。私はクロ殿と少し似て、親しみを持てて好きなのだが。

「というより、クリームヒルト。お前はお化け屋敷出し物の方は良いのか?」
「うちのクラス、劇の時間は誰も担当したがらなくて血で血を洗う激闘が広げられかけたから、劇の時間は一時閉店するんだ」
「いいのか、それ」
「あはは、でもどうしようもなくって……シャル君とかすごく怖かったよ。抜刀術を使う勢いだったし」

 つまりそれはルナ組全員が殿下達の劇を見たかったという事か。
 ……殿下は、本当に今も人気なんだな。

「さて、では行くとするか――ん?」」

 余計な事を考えないように思いつつ、少しでも気を楽にして臨もうとクリームヒルトと話せるのだと楽しみにしつつ、劇場の方へと足を運ぼうとすると周囲がざわついているように感じた。
 周囲を見渡すと私達から少し離れた所に妙な人だかりがあり、その中を誰かが移動しているようだ。

「誰だろ、有名な方が来たのかな?」
「あっ、知っていますよクリームヒルトちゃん。これはモノマネをしていたらその背後から当事者が来て騒ぎになる奴なのですよね。あの集団の中央にモノマネをされた方が……」
「グレイ君、妙なことを知っているね。そして多分違うよ」
「では聖女の凱旋で身に着けていた鎧の一部を投げ捨てていく事で聖女パワーを民衆に下賜し、最終的に布一枚になる事で民衆の士気を高めるという……」
「うん、違うよ。今度シキに行った時に教えた人の名前教えてね。お説教するから」

 グレイの相変わらずの何処で覚えたのか分からない知識を披露している中、私は何故かその“誰か”が気になってしまった。
 その誰かは私達の方へと向かっている気がする。
 その誰かは私は良く知っている気がする。
 だがそんなはずはない。彼は今頃劇の準備で忙しい筈なのだから、このような場所に居るはずが――ない、のに。

「見間違いかと思ったが、やはりお前であったか」

 だけど私達の前に現れたのは、会いたかったが会うことは叶わず。
 幼少期の頃よりずっと思い続けてきて。一緒になれるものだと疑わずにいたお方。
 だけど二度と私の顔を見たくないと言われ、公衆の面前で私を拒絶したお方。

「よくも俺達の前に姿を現す気になったものだ。恥知らずが」

 劇の衣装を身に着け、綺麗な紫の瞳を侮蔑と敵意に満たした眼で私を睨み付ける。

「そうは思わないか――ヴァイオレット」
「ヴァーミリオン、殿下……!」

 私が十年以上想い続けていたヴァーミリオン殿下が、私達の目の前に立っていた。

『良かった、オークの身体じゃない……!』
「は?」

 私達はとりあえずまずはそこに安心した。

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