追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

この後補給は結局緊張で出来ませんでした


「うぅ――、えぐ、えぐっ――」
「なにがあった」

 神父様に留守の間の管理の最終確認をしに教会に着いた時、シアンが泣いていた。
 目に涙を浮かべ、涙を手で拭い、若干鼻水も流している。気が強く泣く所なんてあまり見ないシアンが泣いていることに戸惑いつつも、シアンにとっては深刻でも尾を引くような深刻さではないと数年来の仲としてのカンが告げていた。

「神父様の管理を手伝ってアピールしようとしたら、シアンは教会を任されて離れ離れになってしまった、とかか」
「違う……」

 あれ、違うのか。
 ここ最近のシアンはこの機会で神父様に近付いてやろうという意気込みが見えたからそれ関係だと思ったのだが。応援はするけど、いつものようになにもできないと周囲は見ていたのだけど。

「せっかく神父様と近付けると思ったのに、私も首都に呼び出された……」
「……はい?」

 シアンが首都に呼び出された?
 首都でシスターをやっていて大司教をぶん殴ってシキに来たシアンが呼び出されたとなると……

「……ついに処刑か?」
「もしそうなったら私とクロは首都に居た頃から仲良くしていた、って言ってやる」
「やめろ。そうしたら俺が飛ばされた原因アレもお前に唆されたって言ってやる」
「やめて。下手したら神父様まで処刑される」

 そうしたら只でさえ立場が悪いのに俺の立場が悪くなってしまう。それに首都では会った事が無いだろう。
 とりあえずは冗談を受け流し返せるくらいの気力はあるようだ。
 そうなると首都に行くことで罰を受けるので悲哀していたのではなく、単純に神父様と離れることに涙を流していたと言う所か。

「しかし何故急に? 今まで呼び出されたことなかったよな?」
「なんかここら一帯の教会関係者を呼んで、アゼリア学園祭でイベントやるっぽい。外国からも要人とか来るから王国の国教の関係者は教育が行き届いてますよー的な」
「マジか」

 聞く所によると学園祭でいつもより大勢で聖歌を歌わせたり、劇の端役エキストラとして並べたり、朗読や懺悔などをやって貰うらしい。ようは『学園祭で本物の教会関係者を呼ぶことで話題性を!』的な印象インパクトを与えたいのだろう。そういった宣伝は興味のない者にも呼び寄せる要因にもなるし。
 そして町の規模にもよるが、町につき必ず最低一名は代表者として呼び出されているようだ。そこにシアンが選ばれたらしい。

「代表者なら神父様でもいいんじゃ――あ、もしかして俺が管理を任せたからそっちを優先してくれたのか?」

 こう言ってはなんだが、シアンは間違いなく一般の方が想像するシスターからは離れている。シアンを呼ぶ位なら神父様を代表として呼んだ方が学園としては良いと思ったのだが、もしかしたら神父様は俺達に管理を先に任されてしまったので断ってしまったのかもしれない。
 そう思うと申し訳ないと思ったが、シアンは首を横に振り否定した。

「いんや、私をご指名してきた……というより、私が来る以上に神父様に来てほしくなかったみたい。ギリギリまで招集通知が来なかったのもそれが原因っぽい」
「あー……つまり」
「そ。来られると権力の亡者の地位が危ぶまれるからでしょ」

 シキの神父、スノーホワイト神父様は変態性のない紛れもない清廉なる神父様だ。彼以上の立派な神父様を俺は見た事が無い。シキの滞在期間で言えばシアンより長い。
 困っている相手を迷わず助け、頼まれ事はすぐに承諾し、命の危険を顧みずモンスターと戦い、例え過去に罪を犯した者であろうとも困っているのならば分け隔てなく相手を救う。ただし全てを受け入れるのではなく悪だと思われたのならば諭し、場合によっては敵対する。
 そして他者をが故に多くの者に慕われ、教会関係者から疎んじられた。
 寄付という形ならば受け取るのだが、余剰は受け取らず救った対価を要求しない。
 “他者を救う”という教義を順守しすぎたため、教会の権力者から金や名誉、地位などでも“操れない強大な存在”としてシキに飛ばされた。
 ……教義に遵守した者を排斥するという訳の分からない判断だが、当の神父様が「それも導きならば」と言っている以上は強くは出れない。

「くそう、権力に群がる馬鹿共ハイエナめ。今度は全員ぶん殴ってやろうか」
「やめろ。それをすると本当に処刑されるぞ」

 俺が止めるとシアンは「冗談」と言い教会の長椅子に足を三角に折った座りで座って不貞腐れる。衣装が衣装なので色々と危ういが、今更気にする仲ではない……が一応見えないように軽く移動だけしておく。

「ともかく、シアンも俺達と明日一緒に来るのか」
「うん、そうなるっぽい。後出来ればそっちの宿泊先に泊まりたいんだけど……出来る?」

 シアンは出来れば向こうに用意された宿泊先に泊まりたくないようだ。
 用意された宿泊先というと恐らくは首都の教会か教会関係者の宿舎などだろうから、首都の同期などに良い思い出が無いシアンにとっては泊まりたくないのだろう。しかし俺達の事情も知っているから、下手に俺達の所にも行き辛いという所か。もしかしたらバレンタイン家に泊まる可能性だってある訳だし。

「大丈夫だ、宿泊先は只のホテルだし。ヴァイオレットさんの部屋に一緒に泊まるか、グレイが俺の部屋に来てグレイの部屋に泊まるかになると思うが」
「そうなの? じゃあお邪魔しても良い?」
「構わない。ただどちらかの許可は取れよ」

 俺の言葉に「了解」と返答をすると、いじけていても仕様がないと思ったのか、跳ねる形で椅子から降り立ち上がると、背筋を伸ばす

「じゃ、ま。そろそろ明日の準備をしておこっかな」
「明日の準備って、お前首都に持っていくような荷物あったっけか?」
「ふっ」

 あ、その笑い相変わらずムカつくな、おい。
 シアンは俺にビシッ! と指をさして決めポーズを取ると、今からすることを宣言する。

「決まっているじゃない、暫く会えない分の神父様成分を補給しなくちゃね!」
「俺の知り合いみたいに洗濯物を口に運ぼうとしたり、録音機材を使って録音した音声を体内に宿そうとするなよ」
「あっははー、そんなことする訳――え、知り合い? ということはやろうとしたのが居るの?」

 うん、割と身近にいるよ。お前がバーン君、アンちゃんと言って身近に接している変態がね。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品