追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

少し変な奴らの滞在_5(:琥珀_兄)


View.バーント


 俺ことバーント・ブルストロードはまだクロ・ハートフィールドという男を信用していない。
 会って数日も経っていないという理由もあるが、単純に情報が不足している以上は信用を確定できない。向こうも信用していないだろうからお互い様と言えるだろうが。

「クロ殿は立派だよ。私の事を受け入れ、妻として大切にしてもらっている」

 ただ、お嬢様から聞く話からして悪い方でないのだとは理解している。
 お嬢様から発せられる声色からはとてもではないが嘘でないと理解できるし、表情からもお嬢様がクロ・ハートフィールドを好いているのだと分かることが出来る。
 羨ましくはあるが、お嬢様が嫌いな相手と過ごし続けるよりは何倍もマシであるのでそれは良しとしよう。

「ただな、バーント。私を慕ってくれるのは嬉しいが、付きっ切りで手伝って貰わずとも仕事は出来るのだが……」
「なりません、いついかなる場合でも対応できてこその執事です。バレンタイン家でもそうであったではないですか」

 俺は外で仕事をするというお嬢様の傍に居ながら、一歩引いた所を歩きながら手伝いをしていた。
 クロ・ハートフィールドに初め会った時にしていたような仕事をお嬢様にさせる訳にはいかない。四六時中常にお嬢様の手を煩わせないように俺がフォローしなくては。

「確かにそうだが……まぁ良い。仕事とは言っても今日はシキの見回りが主だ。つまりなにか困っていないのか、対策が必要な事はないかの調査だな」
「はい、理解しております。領民の全容の把握は領主としての務めですから」
「そうか、それなら良いが」

 俺は事前に調べておいたシキの地形を思い出しながらお嬢様に付いて行く。
 このような事は正直俺やグレイくんのような従者か専門の者にやらせるべきだとは思うが、自ら足を運ぶのも悪い訳ではない。俺はお嬢様が仕事を万全に為せるようにお嬢様の後ろに控えよう。凶刃からも狂人からも守ってみせる。

「色々と大変だとは思うが、しっかりとフォローを頼むぞ」

 ただ、お嬢様のいう言葉が気がかりであった。
 ……そういえばお嬢様がシキで過ごすには柔軟性が大切だと言っていたか。あれはどういう意味だったのだろうか?







 この地はおかしい。
 俺はハートフィールド邸で割り振られた部屋客間にて、先程の状況を必死に理解しようとしていた。
 領民の方々に挨拶と見回りに行ったのは良い。シキで同年代に近い友がお嬢様にできたというのは少し不満もあるが喜ばしい。だがその領民と友。あれはなんなんだ。

『おーい、シアンさーん。最近困っていることはあるかー?』
『んー? あれ、イオちゃん。困っていることは別にないかなー。よっ、と』
『そうかー、困っていることがあったら遠慮なく言ってくれー』
『りょうかーい、ところで隣の子だれー?』
『バレンタイン家に居た頃の従者だー。久方ぶりに会って仕事を手伝ってくれているー』
『そっかー、後で挨拶するからその時よろしくねー。ほっ、と』
『………………』

 シスターが素手で教会の外壁を上り、屋根の上で屋根の補修をしていた。
 彼女はこの地唯一のシスターであり、時には子供に文字を教えたり遊んだりするお嬢様とも仲の良い戦闘系シスターこと。戦闘系シスターとはなんだ。
 なんでもシアンは魔力無しの戦闘ならシキでも三本の指に入る実力者らしい。流石は戦闘系シスターだとのこと。戦闘系シスターって本当になんだ。
 後無駄に心地良いリズムで壁を上っていたのが少し腹立った。

『聞いたぞ、貴方はヴァイオレットさんのナイツ右道オブバトラーらしいな。我は昏き覇と瞬く灯を唱えし偉大なる魔導士アプリコット! 我が眷属共々よろしく願おう!』
『お気を付けくださいお嬢様! 新たな精神攻撃やもしれません!』
『いや、貴方はヴァイオレットの元従者である方ですね。私は闇と火の魔法を得意とする魔法使いで、グレイの師匠アプリコットと申します。以後お見知りおきを。という挨拶だ』
『ふっ、ヴァイオレットさんも我の言葉が分かって来たではないか』

 訳の分からないことを言う少女ともお嬢様は仲が良いらしい。
 あのようなことを言う少女とは距離を取っていただきたいのだが……アプリコットは魔法の腕前はこの地で最も優れ、最大魔法破壊力に至ってはアゼリア学園の歴史に名を遺すほどらしい。さらには料理の腕前はシキでも三本の指に入る実力者で、彼女の服も全てお手製で教わることは色々と多いらしい。
 ……なんか釈然としない。
 そして他にも変な住民が多い。

『くくく……ヴァイオレットクン。こちらクロクンに渡しておいてもらえるか? お裾分けだ』
『ああ、ありがとうオーキッド。貴方の作る野菜と茸は美味しくて助かるよ』

 見た目が怪しい黒魔術師はシキでもトップクラスの善良な領民であるらしい。

『怪我か、怪我だな! 安心しろ、俺が来たからにはもう安心だ。むしろ怪我をする前よりも美しく治して見せる!』
『……治し方と音が凄いですね』
『手際が良すぎて一種の音楽かのような流れる作業だからな』

 言動と表情が危ない医者は治す腕前は王国内でも随一らしい。

『おーい、領主夫人ー。そろそろ薬のストックと期限がきれる頃だろうから新しいの持ってけ』
『おお、助かる。代金はすまないが後で払おう』
『ついでに良く吐ける嘔吐薬と体の痺れを楽しめる薬も持ってけ』
『要らない。それ毒ではないか』

 そう言われるとその毒を食べた薬剤師(毒耐性持ち)は腕前だけは確からしい。

『オヤ、見カケナイ顔デスネ。……ホウ、ヴァイオレットクンノ元従者デスカ。ハジメマシテ、ロボトイイマス。オ近付キノ印ニ、カヌレCaneléヲドウゾ』

 あとアレはなんだったんだ。
 何故あんなよく分からない生命体(?)が普通に闊歩しているんだ。お嬢様とも仲が良いみたいだったし。
 しかしあの片言は好きになれないが、駆動音と電子不思議な音は何故か心が湧き立つモノがあった。浪漫というのだろうか、子供の頃に好きだった物語上の存在のようで微妙に憧れた。
 他にも多くの変な奴らは居た。
 採れた野菜にキスをする者。見た目大人な七歳児。鍛錬と筋肉を愛する巨漢な男性。手製のウサ耳を付けた推定四十歳代の男性。刃物を息を荒げ眺める女性。ひたすら愛を語り合う男女。その他色々。
 お嬢様はまだ慣れないこともあるけれど、世界が広がっていくのは楽しいモノだと彼らを見て微笑んでいた。
 ……変わられ、気高さが少し失われたけれども、笑顔が見れたことは喜ぶべきなのだろうか。
 だが俺が一番好きであったとあるモノが変わらなかったことは喜ばしい。ソレは変わっていないのだから大いに歓喜するべきなのだろう。
 俺はお嬢様に数ヵ月会えない間に、ソレを持つお嬢様への愛おしさが膨らんでいった。元よりお嬢様が学園に通った時にしばらく会えない事は覚悟していたが、気が付くと嫁いでしまい嫁ぎ先も分からないまましばらく経った事で新しいお嬢様成分を摂取する事が出来なくなりお嬢様欠乏症にかかってしまっていた。

「はぁ、はぁ、久しぶりのお嬢様の生声……はぁ、はぁ……!」

 だが今はどうだ。
 久しぶりのお嬢様の生の声に充てられ、音を一時的に録音する魔法道具で新たな音源を久々に手にしている。今日だけでも多くの種類の音を納めることが出来た。
 お嬢様は素晴らしい御方だ。
 異性である俺が性的感情とは違って敬意を引き起こす美しさ。学力も魔力も運動能力も俺なんかでは及ばない程に洗練されていて。そしてなんと言ってもお嬢様から発せられるは今まで仕えた誰よりも素晴らしい音だ。
 声、心音、髪の靡く音、細く綺麗な指が沈む接触音。どれをとっても素晴らしい。
 ああ、駄目だ俺。我慢するんだ俺。公爵邸でも我慢してきたではないか。いや、あれはお嬢様が常に傍に居たから常に成分が補充出来ていただけで、久々のお嬢様フラックス音(※なんか凄い音)を間近に受けてしまった私に我慢が出来るのか? いや、出来ない。

「はぁ、はぁ……! いっそのこと口に――」

 いや、落ち着くんだ俺。録音魔法道具を口に含んでなにになる? そうか、音は振動だ。体内に振動を宿すことで内側から振動を感じ癒されることが出来るのではないか。そうか、そうなら仕方ないな。一気に行くのも不思議ではない。

「うん、一気に行こうか」

 体は言う事を聞き、お嬢様の声が入った録音魔法道具(口に含んでも無害)を一気に行こうとする。ああ、何故だ。何故こんなにもお嬢様1/Fゆらぎ音(※なんか尊い音)は魅惑的なのか――

「行かないでください」
「なっ……」

 俺は腕を掴まれ、録音魔法道具を近付けようとしたのをクロ・ハートフィールドに止められる。
 おかしい、音が他に漏れないように細心の注意を払って誰も居ないことを確認していて気配はしなかったはずだ。なのに何故ここにクロ・ハートフィールドがいる?

「クロ様、どうかされましたか?」
「どうかされましたか、じゃないです。ヴァイオレットさんの声が入った録音機材をどうしようとしたんですか」
「お嬢様の成分を体内に宿そうかと」
「宿らないと思います。……バーントさんはヴァイオレットさんを慕っている……だけですよね?」

 クロ・ハートフィールドが俺に少々疲れた目で訝しげな視線を向け質問をしてくる。
 失礼な。そんな視線を向けられると俺が変態みたいじゃないか。いいだろう、その疑念は払拭しなくてはならない。

「私と妹はお嬢様を慕っています」
「……はい」

 クロ・ハートフィールドは何故か妙な間を置いて返事をし、俺の話を聞こうとする。
 俺は何故お嬢様を慕っているのかを話した。
 俺達が仕えて来た貴族は碌なヤツが居ない中、バレンタイン家は厳しくも理不尽ではなかった事。
 お嬢様は公爵家の娘にして将来の国母として相応しい努力をしてきた事。
 初めはお嬢様を別次元の存在として接してきたが、ある時妹と共にお嬢様が部屋に一人で泣いている姿を見た事。
 そして俺達は相手を見ようとしなかったのだとその時に実感し、お嬢様に俺達には弱音を吐いてもいいのだと言うと妹の胸で静かに泣いた事。

「ええ。そしてその時私は思ったのです。ああ、この声は素晴らしいモノだと」
「んー、やっぱりかー」

 なにがやっぱりなのだろうか。
 ともかく、不思議とお嬢様の鳴き声を聞いた時、無駄に尖った俺の耳がお嬢様から発せられるを素晴らしいと感じ取ったのだ。
 俺と妹は思ったのだ。これからはお嬢様の力になるために仕えようと。国母として強い存在になれるように支えていこう、と。
 そうしていけばこの素晴らしい音を常に享受することが出来るのだと理解した時、俺の世界は一変した。
 俺は毅然としたお嬢様の声が最も好きだ。
 俺はお嬢様が鍛錬の為に汗を流した時に聞こえるお嬢様の心音と呼吸音が好きだ。
 己の美しさを維持するためと疲れを癒すために入るお風呂上がりの熱を持つお嬢様の吐息音が好きだ。
 夜遅くまで勉学に励み、部屋に入ると聞こえてくるペンの音と紅茶を差し入れる時にこちらを労う声が好きだ。
 あらゆるお嬢様から発せられる音が好きだ。
 そんなお嬢様に仕える事がなんたる幸福な事か!
 何故こんなにも好きなのかと疑問に思ったこともある。しかしある時俺達はとある結論に至った。
 お嬢様が貴族であり誇り高き存在だからこそ、こんなにも好きになったとだと。

「だから私は、気高きお嬢様を支えたいと思ったのです! この慕っている感情は誰にも負けません! 妹にもです!」
「双子だからなのか、別の方向に似たような感じで吹っ切れていたよこの兄妹……」

 だから失礼な。それでは俺と妹が変態みたいではないか。





備考:アンバー・ブルストロード
160cm台半ば
バーントアンバー琥珀アンバー
24歳
ハーフ森妖精族エルフ
香りフェチ(体から発せられるモノに限る)

バーント・ブルストロード
170cm台半ば
バーントアンバーバーント
24歳
ハーフ森妖精族エルフ
体音フェチ(心音、声など) 

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