追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
少し変な奴らの滞在_1
「はぁ、はぁ、久しぶりのお嬢様の――はぁ、はぁ……!」
「(変態だ!?)」
日も高く昇った昼下がり。我が家に戻ると変態が居た。
正直誰かこの状況を説明して欲しい。
してくれたらしてくれたで余計混乱することは確かだが、良い現実逃避になることは確かだ。だが時には現実というものを直視しなくてはならない時がある。
変態が手に持っているのはヴァイオレットさんの■■だ。変態の役割上はそれを持っていること自体はおかしくは無い……おかしくは無いが興奮しているのはおかしい。
大丈夫だ、俺はクロ・ハートフィールド。シキの領主になってから変わった奴には不本意ながら慣れて来たではないか。今回も華麗に受け流して見せる。
「はぁ、はぁ……! いっそのこと口に――」
あ、これ受け流して駄目なヤツだ。解決しなくては。
俺は覚悟を一つ決め、変態の前に出ることにした。
……何故こんな事になったんだっけ?
◆
「申し訳ございません、少々よろしいでしょうか?」
「はい?」
俺は冬に備え腰を痛めたグリーンさん(今年二度目)の代わりに娘であるエメラルドと共に、彼女らの庭木に大分遅めの雪吊りを付ける作業の休憩中にとある男性に話しかけられた。
声のした方を振り向くと防寒用コートを羽織り、旅用の鞄を持った見たことの無い二名の似た特徴を持つ男女がそこには並んで立っていた。
両者共髪に隠れていない耳が僅かに尖り、長いので森妖精族の血が流れているのだろうか。
「どうされましたか?」
俺はエメラルドに淹れられたお茶(毒無し)のコップを手近な置ける場所に置き立ち上がると、作業用手袋を外し男女に近付く。
俺が近付くと両名とも軽い礼をする。妙に慣れている感じがするのは気のせいか。
そして近くで改めて見ると同じ茶色の髪に赤と黄の瞳が特徴的な美男美女の両名だ。印象に残るような派手さは無いが、地が良くて素朴と言った感じか。
「あの、私達はこの地に泊まりに来たのですが、この辺りで宿泊できる場所はありますでしょうか」
「ああ、それなら――」
俺はいつものように泊まれる場所である宿屋レインボーと教会について教えた。
両方共駄目ならば我が家に招待するが、あくまでも駄目な場合だけだ。気軽に招待するものではない。
そして今回男女は宿屋の方に泊まることにしたらしい。
案内を申し出たが、そこまで手を煩わせる訳にはいかないと丁重に断られた。
「では、私達はこれで失礼します」
男性はそう言い、女性と共に同時に会釈をする。
やはりやり慣れている感がある。何処かの従者などだろうか。
……あ、しまった。俺が領主と言うのを忘れていた。シキの連中が迷惑を掛けた際には俺を頼るようにいつもは言っているのだが、今回は彼らの物腰柔らかな姿勢と余計な事は言わない会話のお陰ですっかり失念していた。
まぁ良いか。いざとなれば宿屋の主人に聞いて数日泊まるようならその時に改めて自己紹介しよう。
「シキに泊まりに来た、か。物好きだな」
「おい」
彼らの後姿を見送りながらお茶(微毒)を啜り、エメラルドは失礼な事を言った。
領主の前で良い度胸だが、割と否定できないので強く言えないのが少し悔しい。
◆
「若い男女?」
「ええ」
屋敷に戻り、リビングルームで先程の出来事をヴァイオレットさんに告げると少々不思議そうな表情で疑問を持った。
観光資源に乏しいシキだ。さらには季節が季節であるだけに商人ではない観光客も珍しいが、若い男女というのも珍しい。愛の逃避行や新婚旅行という可能性もあるが、似た特徴を持っていたのでどちらかというと兄妹が旅行に来た、と言う方がしっくり来る両名だった。
「温泉の噂を聞いて来たのかもしれませんよ。秘境巡りが趣味という可能性もあります。どうぞ、紅茶です」
「ああ、その可能性があるな。それとありがとう、グレイ」
グレイから紅茶を受け取りつつその可能性も視野に入れる。
まだ宣伝はしていないが、一応温泉を発見したという届け出は出している。その噂を聞きつけた温泉好きが来たという可能性もあるのか。
そして冷えた身体に紅茶が沁みる。本当にグレイが淹れた紅茶や珈琲は同じモノのはずなのに俺が淹れるよりも遥かに美味しい。
「クロ殿、その男女の特徴は?」
「珍しいですね。ヴァイオレットさんが気になるなんて」
「少し、な」
ヴァイオレットさんもグレイから紅茶を受け取りつつ、俺の対面の椅子に座る。
その疑問は初めシュバルツさんのような警戒心から来るモノと思ったが、それとは違う疑問を持っているように見える。
「男女共肩にかからない程度の長さの茶色髪で、男性が赤、女性が黄の瞳のエルフの特徴を持った方です。年はエルフの血が入っているならあまり当てになりませんが、人族だと俺より少し若い程度でしょうか」
「茶色の髪に、赤と黄の瞳の男女。そしてエルフの特徴……もしかしてそれは……いや、だが……」
俺が思い出しながら言った特徴に、ヴァイオレットさんは紅茶に口を付けずに心当たりがあるかのように考えながら小さく呟く。
もしかして首都に居た頃の知り合いだろうか。学園の先輩、同じ貴族の知り合い、あるいは公爵家の――
「おや、来客のようです。私めが見てきます」
「頼む」
と、疑問に思った所で思考を遮るかのように屋敷の呼び鈴が鳴らされる。
いち早く反応したグレイは自分用にと淹れていた紅茶のカップを置き、リビングルームから出ていき玄関へと早歩きで向かっていった。
今日は来客の予定もないが、誰が来たのだろう。
冬に備えてのお裾分けに来たイエローさんやブルーさん辺りか、シアンがなにかをたかりに来たのか。
いや、もしかして先程の男女が来たのかもしれない。しばらくの滞在やシキに住むという事で挨拶に来たのかもしれない。後者ならば物好きなのか、世間知らずなのか、あるいは同族か……いけない、領主としてこの思考は駄目だ。
すると紅茶を啜りながら待っていると、しばらく経ってからグレイが戻って来る。
「クロ様、お客様です。恐らくは先程の話題の方かと。ご挨拶がしたいとのことなので、応接室にお通ししましたが」
「ん、了解。グレイは紅茶を淹れておいてくれ」
「承りました」
やはりと言うべきかお客は先程の男女のようだ。
俺は紅茶をもう一口だけ飲み、服装を正すために近くにある鏡の前に立つ。待たせる訳にも早く行く訳にもいかないので、数十秒したら客間に向かうとするか。
するとヴァイオレットさんも立ち上がり、俺の傍に寄って来る。
「クロ殿、私も行こう」
「やはり心当たりが?」
「恐らくだが。しかし確証がある訳でもないのでな。一緒に挨拶という形で行っても良いか?」
「ええ、勿論です」
俺は断る理由も無いので申し出を受け入れる。
見た所決闘関連の嫌な記憶ではなさそうなので、一応軽い警戒程度に留めておくか。
無駄にちょっと広い屋敷の廊下を歩き、客間の前の扉に立ち小さく息を吸い扉を開ける。
「お待たせして申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ唐突な訪問で申し訳ございません。はじめまして、私達は――あれ、貴方は……?」
「先程の……」
俺が客間に入り次第すぐに立ち上がりこちらに一礼をしようとしたのは、やはり先程の茶色の髪の男女。ただ先程と少し違うのは荷物を持っていない事と、入った瞬間に先程の気が強いが優しそうな瞳ではなく警戒心を持った瞳でこちらを見てきた事。
「待たせてすまない」
「え……」
「あ……」
そしてヴァイオレットさんが後から入ってくると、困惑とも感動ともとれる様々な感情が混ざった表情に変化した。
もしかしてとは思っていたが、彼らはヴァイオレットさんの……
「やはり、お前達か。……久しぶりだな、バーント、アンバー」
『お嬢様!』
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