追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ちょっとした出会いと情報収集_3


 夜も遅く、体調も大分回復したという事で俺はクリームヒルトさんとロボに別れを告げてその場を去っていった。二人はもう少し話していくようである。
 しかしあの二人が並んでいる姿は少し異様だ。元々ロボと並んでしっくり来る奴の方が少ないが、クリームヒルトさんが小柄な分猶更怪しく見える。

「明日ノオ昼ニ帰ルノデスカ……一緒ニ温泉トカハ無理ソウデスネ」
「大丈夫だよ? シャル君とお付きの人に言えばそのくらいの時間は――って、ロボちゃん、素顔見せるの嫌なんじゃなかったっけ?」
「エエ、デスカラコノママ入リマス」
「え、錆びないの?」

 帰り間際に素直に後ろからそんな会話が聞こえて来たが、あの状態で入って意味があるのだろうか。確か浄化機能(ロボも仕組みをよく分かっていない)があるお陰で脱がなくても常に清潔ではあるらしいが。
 さて、思ったよりも時間が経ってしまった。明日遅くまで寝ている訳にもいかないので、もうそろそろ帰って寝なくては。
 改めて屋敷に向かって歩を進めていくと、ある男が視界に入って来た。

「ふうっ、やはり動き辛い……! シスターあの服を着るのは流石に無理だが、腰に布を巻いてスカートのようにするだけでいつもと違う感覚で訓練が出来るな――っとと、ぐふっ!? く、くそ。訓練にはなるがちょっとバランスを崩すとこけるな。だが俺は負けない!」

 見なかったことにしよう。
 俺は布をスリットのないシアンの服のように巻いているシャトルーズをスルーして去っていった。……シキに来ると変になるという噂が流れなければ良いが。

「いやぁ良かったぞお嬢さんマダム! 貴女なような女性をオースティン家が抱えているとは素晴らしきことだ! 今度首都に行くときには改めてご挨拶しよう!」
「ふふ、今はオースティン家としてではなくただの女として扱って欲しいのですよ……」
「おっとこれは失礼した! それでは俺の部屋に戻って続きと行くかハッハー!」

 見なかったことにしよう。
 もし問題があったとしたらカーキーの実家の方々にお願いしよう。問題があったらあったでカーキー自身が責任を取るとは思うが。実家は権力も財力もあるし。

ヴィイヴィーヴィーン……ふぅ、月の光は気持ちいい……」

 見なかったことにしよう。
 シュバルツさんはいつまでああしているつもりなのだろうか。
 先程から時間が経っているというのにまだポーズをとっているし、服もさらにはだけている。風邪をひかないことを祈ろう。
 なんだか精神的に疲れるような者を見た気がするが、無視をするのもこのシキにおいては重要だ。一つ一つ対応していては精神がやられるだろう。無視をすれば倍になって返って来る事もあるので塩梅は難しい所だが。
 ともかく屋敷の前まで戻って来たので、一つ息を吐いて扉に手を掛ける。
 さて、このまま寝てしまおうか。あるいは少し温まる飲み物でも淹れて落ち着いてから寝ようか。
 コートを着たとはいえ薄手のため若干冷えてしまい、体の内側から温まりたいが温まるモノを今から淹れるのも少し億劫だ。お風呂に入るのも同じく面倒だが、沸かせば五月蠅くしてしまい皆起きてしまうかもしれない。ならばそのまま寝てしまおうと思いつつ、扉を開け中に入ると。

「ああ、お帰りクロ殿」

 玄関先にヴァイオレットさんが居た。
 正しくは俺が帰って来るとリビングから出てきて駆け寄って来たのだが。そこはともかく俺が面を喰らっている中、ヴァイオレットさんは小走りにかつ綺麗な姿勢で俺の前に立つ。

「えっと……ヴァイオレットさん、どうされたのでしょうか?」

 俺はヴァイオレットさんは寝ていたと思っていたし、誰にも言わず静かに外に出た。
 だから待っていたということは無いと思うのだが……

「うむ、クロ殿は油断をすると寝ずに縫い続けるからな。暖かいモノを用意して休憩を促そうと部屋に行ったら居なかったので少々不安であったが、大丈夫なようで安心した」

 と思ってはいたのだが本当に俺を待っていてくれたようだ。
 もう夜も遅く、ヴァイオレットさん自身も昼は領主の仕事をしており寝ていたいだろうに。俺の心配までして待っていてくれたのか。もしも帰るのがもう少し遅かったら着替えて探しに行ったのかもしれない。

「そうだ、温まるようにとホットミルクを淹れたんだ。まだ淹れたばかりで冷めていないだろうから、クロ殿も飲むか?」

 ヴァイオレットさんは良いタイミングだったとばかりに微笑み、子供が用意したプレゼントを見せるかのような少し得意気な表情で俺に質問をしてくる。
 ……そんな表情をされては疲れてすぐに寝たかったとしても、とてもではないが断れない。一気に疲れが何処かへ行ってしまう。

「頂きましょう。丁度温かい物が欲しかったところです」
「味の保証はあまりできないから、グレイと比べないでくれ」
「ええ、分かっていますよ。俺が淹れたよりは美味しいでしょうから期待しています」
「その言い方はズルいな」

 俺達は用意をしてくれたというホットミルクを受け取るためにリビングに行き、ヴァイオレットさんと共に近くに座る。
 談笑しながら、互いに相手が話している時にカップを傾ける。
 温かさが身体に広がっていくと同時に、違う所も満たされるのを感じた。

 今日はよく眠れそうである。

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