追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

クロの知識不足による騒動_3


「~~♪」

 少し肌寒くなってきたとある日の午後。俺は自分でも分かるほどの上機嫌で屋敷への帰路についていた。理由は俺が手にしている紙袋の中にある。
 力仕事が一段落した所で定期的に来るシュバルツさんが情報と一緒に商品を卸しに来た。
 その際来月にとある事情で首都に行かなくてはならないため、現在の首都の情報を聞き、頼んでおいた色の布を買おうとした際にある商品を見つけたのだ。

『ん、これかい? 最近帝国貴族内で話題になっていてね。元は合衆国のモノらしいが……必要なのかい? ふふ、キミ達もこういったものに興味が――』
『こ、これは!? シュバルツさん、これを下さい! できれば有るだけを!』
『ん!? ええっと……クロくん、キミはコレを知っているのかな?』
『勿論です! まさかコレがお目にかかれるなんて! いくらですか!?』

 と、少々興奮しながらもその商品を買ってしまった。
 本来値段交渉する身としては乗り出してまで商品が欲しいアピールはしてはいけないが、ソレを見た時には興奮が抑えられなかった。
 何故ならソレは前世でも大好きであった――

「チョコレートが再び食べられる日が来ようとは!」

 そう、チョコレートだ。
 前世でも今でも甘い物が好きであるが、前世では特にチョコが好きであった。妹と一緒によく食べていたものだ。
 しかし悲しいかな。この世界、少なくとも王都においてチョコは存在しなかった。
 学が有る者ならば自作して一儲け! とか前世の転生系物語で見た展開に出来たかもしれないが、俺には無理であった。正直チョコはカカオと砂糖が使われていて、他にそんな材料が必要かもどのように固形化するかも分からなかった。前世ではアレンジは加えても基本は食べる専門であったので、自作しようとは思わなかったし。
 ともかく帝国貴族の間で話題ならば、これからも食べることができるということだ。

「……ちょっと値段が高いけど」

 しかし貴族内で最近話題という事はその分値段も張る。あまり買いすぎるとヴァイオレットさんに怒られてしまう。グレイは一口食べさせればこちら側に引きずり込めそうだが。
 そういえば……チョコを買う時にシュバルツさんが気になることを言っていたな。

『そうか……コレの効能を知っていながら買うのか……』
『どうかしましたか?』
『いや、なんでもないよ。ちょっと気になることが出来てね。下卑様の話かもしれないが、これはキミが使うのかい?』
『使う? そうなりますね。今夜にでも使おうかと』
『……そうかい。まぁいい。全ては譲れないが、初回という事で割安で多めに提供してあげよう。…………ヴァイオレットくんの身体は労わってあげなよ? どちらが使うか分からないけど』
『はぁ、分かりました?』

 チョコとヴァイオレットさんの身体を労わる事となんの関係性があるというのだろうか。
 いや、確かチョコは栄養価が高く軍用レーションにも使われていたと聞いたことがある。つまり独り占めせずにヴァイオレットさんにも食べさせて体調管理をしてあげなさい、と言いたかったのか。
 そのような事を言われずとも皆で食べるつもりであったのだが。ともかく、皆の反応が楽しみだ。

「只今帰りましたー」

 ヴァイオレットさんもグレイも喜べいいなと思いつつ、俺は屋敷の扉を開け、上機嫌のまま帰宅するのであった。







「誤解なんです」

 そして俺はヴァイオレットさんの前で必死に釈明をしていた。
 理由は俺が買ったのが媚薬だと思われており、それを家族全員で食べようとしていた事による変態性の払拭のためだ。
 それならそうとシュバルツさんも一言でも言って欲しかった。というかチョコが媚薬として使われていた事なんてあったのか……!?
 俺は必死に買ったチョコはなく好物の類で、決して邪な気持ちで購入した訳ではないのだと妙に慌てるヴァイオレットさんに必死に説明した。
 途中から媚薬とはなんなのか理解したグレイにも必死に説明した。グレイは理解した途端に夫婦水入らずでどうぞ的な雰囲気を出して去ろうとしたので、その場に居させるのに苦労した。

「私もすまなかったな、よくも知らないのに勝手に判断してしまって……」
「いえ、状況を考えれば仕方ないことかと……家族で食べるって変態的過ぎますし……というか変態アブノーマル変質者カリオストロは何処で知ったんですか」
「シキに来る前にクロ殿の噂で知った」

 なんでその渾名が広まっているんだ。
 人間は皆変態だなんて開き直るつもりはないが、その渾名は不名誉すぎる。
 ……ん?
 だけど家族で食べるという前にもヴァイオレットさんは動揺していたな。
 恐らく俺が帰る前にシュバルツさんが情報を教えたのだろうけど、それはつまり……

「しかし、これは美味しいのか?」

 と、俺が気になり出したことの答えを出す前に、ヴァイオレットさんはチョコを手にして訝しげに眺め出したためそちらに注視することになった。
 確かに知らない者にとっては茶色の小さな固形物だ。食べたことが無ければ抵抗があるかもしれない。

「それなら食べてみます?」

 誤解も解けたことだし、両者にチョコを勧めてみた。
 美味しいと思っているモノは共有したいし、もしも気に入ってくれたのならば俺としても嬉しい。

「むっ……だが菓子類の類とは言え、帝国では媚薬として使われているのは確かなのだろう? それを食べるのは……」
「お酒とか炭酸とかの刺激に慣れていると薬も毒も効き辛いと聞きますし、少量なら大丈夫かと。甘くて美味しいですよ」
「……そうか。それにクロ殿も好きだというなら、少し食べてみるか」
「では私めも頂きます」

 俺達はチョコを指で軽く摘まめる程度の量を取り、それぞれが口に運ぶ。
 …………ああ、懐かしい味だ。
 朧気であった前世で食べたチョコの味を食べることが出来て幸せと思える味。
 酒と蜂蜜らしきものが入っているのと、カカオが濃いのか味は少々苦みと甘みの雑味が混在しているが、充分に美味しいと言える。
 前世では仕事の休憩中とかにもよく食べたものだ。これならば来月の王国に行く用事の際に必要なものを作る際の休憩中に食べれば効率が良くなるだろう。

「あれ、ヴァイオレットさん、グレイ?」

 味に舌鼓をうっていると、ふと両者の様子がおかしいことに気付いた。
 甘くて美味しいから余韻を楽しんでいる……などではなく、何処かポワンという効果音が似合いそうな表情でボーっとをしている。

「……クロ殿」
「え、あ、はい。どうしました?」

 するとボーっとした表情でヴァイオレットさんはこちらを見る。ついでにグレイは何故かゆっくりと近づいてくる。
 もしかして口に合わなかったのだろうか。だとしたら悪いことをしたかもしれな――

「暑いな」
「はい?」

 今日はどちらかと言うと肌寒いような。

「いや、暑い。妙に暑いぞ。体の芯から暑くて暖かくて妙に運動したくなる」
「え、お、落ち着いてくださいヴァイオレットさん。今日は肌寒いし暖房も入れていません。服に手をかけようとしないでください」
「お父さん、私も暑いからお母さんは間違っていないよ?」
「お父さん!? グレイ、どうした!?」

 ヴァイオレットさんは暑いと言って色っぽい声と仕草で近寄ってくるし、グレイはあざとい声と仕草で俺の服を軽く引っ張る。
 なんだ、なにが起きて――え、まさか。

「少量でチョコが本当に効いた……だと!?」

 この様子はまさかのチョコが媚薬のような効能を発揮しているとでもいうのか?
 でもだとしたら何故俺は平気なんだ。チョコは食べたことがあるとは言え、今世では一度も食べたことが無いから身体に耐性が付いている訳でもない。
 ヴァイオレットさんも変な感じだからアルコールに酔っているという訳でもないだろう。
 つまり本当にチョコが……

「クロ殿、さぁ脱ぐんだ」
「落ち着いてください。今脱いだら風邪をひいてしまいます。体調が悪いなら部屋で休みましょう。ね?」
「大丈夫だ! 肌と肌を密着させれば温かいと聞いた! だから服を脱いで寒くても密着させれば寒くない!」
「服を着とけば良いんじゃないですかね」
「じゃあ服を着たまま抱き合えば良いのか!」
「暑いんじゃなかったんですか!?」
「お父さん」
「な、なんだグレイ?」
「えへ、えへへへ……好きー」
「ああ、恐ろしい程あざとい言葉をありがとうグレイ。俺も好きだからちょっと落ち着こうな。……な?」

 不味い、本当に効いている。媚薬としては微妙な気もするが、変な方向に効いている。
 左腕にグレイ。右腕にはヴァイオレットさん。両者が思い切り俺を抱きしめる。
 嫁と息子に抱き着かれると言うある意味幸せの状況の筈なのだが、何故だろう。原因を作ってしまったのが俺と考えると素直に喜べない。……だけど感触は堪能だけして覚えておこう。

「………………どうしよう」

 とりあえず両者が妙なことをしないようにだけ気をつけよう。
 チョコとはこんなに恐ろしいモノだとは知らなかった……!







「……あれ? 何処に行ったんだろう、サテュリオンとかいう植物――ああ、あった。紛れ込んでいたか。しかしこんなものを欲しがるカーキーくんも変わっている。確かクロくんに売ったモノよりも効果が高いんだったか。……あれ? サテュリオンの黒い粉末も入れておいたんだが……こんなに少なかっただろうか? もしかして何処かに漏れてしまったのかな……」

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