追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
ズレか、問題なしか
俺の知っている彼女は、前向きで真っ直ぐな少女だ。
俺が知っている彼女は、身分差を超えて貴族、あるいは将来の王となる者と恋愛したり、暗殺者から大切な相手を守ったり、恋愛関係の異性と協力しながら上達した錬金魔法や多くの者の力を借りて封印された竜を倒したりなど王国の危機を救ったりすることで功績が認められ、時には王女となったり宮廷錬金術師となったりする存在だ。
ただ単に俺の知っている彼女でないと言われればそれまでであるが、そういったモノとは違うズレを感じていた。
在るべき所に別の物が居座っているような。
浄水の中に絵の具を垂らしたかのような。
代わっても形にはなるので問題は無いが、放置をしていては駄目なような。そんな感覚だ。
◆
彼女は間違いなく強く、そして優れた存在であった。
彼女が扱う希少な錬金魔法はアゼリア学園でも2名しか使えず、将来的には王国でも優秀な錬金術師になるだろうと言われている。
貴族平民分け隔てなく接する様には眉を顰める者も多い(主に貴族)が、彼女の人となりを見る者からすれば、多くの敵を作ることとなっても彼女らしさを取り除くことは許されるべきではない、と言うだろう。そんな人族の小柄な女の子だ。
「それが彼女ですね。危うさは感じますが、壁を乗り越える強さを持っています」
と、評するのがアッシュの感想。
昨日は操られたモンスターの後処理に追われ、今日アゼリア学園に帰るということで報告も兼ねてネフライトさん……クリームヒルトさんについてアッシュに聞いてみた。
学園での様子を聞いたら前述のような事を言われたが、彼女が殿下やシャトルーズ、そしてアッシュとはあくまでも同級生やお互いに注目を浴びるから交流はあるが、親しいという訳ではなさそうだ。
何故かというと、評価の大体が“聞いた話ですが”などの評価が多く、殿下やアッシュ達と親しいのではないかという問いには不思議そうな表情で、むしろヴァイオレットさんの方が仲が良いのでは? と言われる始末である。
俺に内密にしているだけという可能性もあるが、近侍として彼女が殿下と親しいわけではないと断言されてしまった。妙な噂を立てられないように。と言うよりは本気で何故そう思っているのか分からないという表情すらされてしまった。
「アッシュ卿、此度の件に関してはお手数をお掛けしました」
「いえ、我が学園の生徒がこのような犯罪行為に走るなど、在ってはならない不祥事です。こちらが謝罪しなくてはなりません」
「え、あ、頭をあげてください!?」
アッシュは申し訳なさそうに俺なんかに頭を下げた。
身分を考えれば男爵に対して侯爵家が頭を下げるなど貴族社会を考えれば有りえないことであるし、俺の知っているアッシュの性格を考えれば有りえない。
アッシュはあの乙女ゲームで言うアッシュのルートやトゥルールートに入らなければ“身分が下の者に関しては口だけの謝罪をする”という性格だ。
例えアッシュが悪い立場であっても言葉だけの謝罪をして、文句を言わせない補填をしてやり過ごす性格で頭なんて下げない。
『忠誠を誓っているのはあくまでも殿下や王族だけです。それ以外の身分に頭を下げるなど有り得ない』
といって、パッと見では分からないが貴族社会の身分制度が染みついた性格だ。
そしてそれがルートに入ることによって身分差について考えを改めるようになるのだが……
「私も一応の卒業生としてアゼリア学園に悪い噂が流れるのは困ります。内密にしても構いません。ローシェンナ・リバーズには罪を償って貰いたいですが……」
「そこはご安心ください。このような許されざるべき罪はオースティン家が責任をもって処罰いたします。彼が殿下の為などという行為は幻想ということを嫌でも教えます」
あ、この点は俺の知っているアッシュだ。
貴族としての誇りを持っているからこそ、貴族の不祥事は見過ごせないという性格。ローシェンナは然るべき方法で罰せられるだろう。そしてリバーズ家は没落する。あまり口に出せないやり方で。南無。
「は、はぁ。よろしくお願いします……あの、お手柔らかにしてあげてくださいね」
「ははは、分かっていますよ」
「そうですか。はは」
「ええ、任せてください。ははは」
俺が逆に心配する程、アッシュの笑い声は怖かった。
……一応ローシェンナがアッシュの刺客的なものというのも視野に入れなければならないが、この様子では捕縛されたローシェンナに近付くのは難しいだろう。
「ところで、ハートフィールド男爵。バレ――いえ、一つだけ言いたいことがあるのですが」
「はい、なんでしょうか」
アッシュは捕縛したローシェンナの様子を見に行くのと学園に帰る最終確認をしてくると言い、会話を打ち切りこの場を去ろうとする前に思い出したかのように一言を言おうとしてくる。
……恐らくヴァイオレットさんの件だろう。先日は有耶無耶になったが、アッシュがヴァイオレットさんを忌み嫌っているのは確かだ。シャトルーズのように気をつけろとでも言うのだろう――
「妻を大事になさってください。貴方方が幸福な人生を送れるよう、願っています」
言うのだろうと、思ったのだけれども。
アッシュの口から出た言葉は想像と全く違うモノであった。
「どうかされましたか?」
「……いえ、申し訳ありません。失礼ながらアッシュ卿はヴァイオレットさんを嫌っていると思っていまして。予想外の言葉に面を喰らってしまいまして……」
「ええ、彼女のしたことを私は許していません。それに彼女の味方をすることは無いでしょう。ですが」
馬鹿正直に問いを投げかける俺に対し先程までの怖い笑いではなく、柔和な笑みを浮かべて俺に答えを返した。
「女性が幸福になるのを否定するほど、性格が悪いつもりはないモノでね」
◆
「私がこの刀で守りたい者? ああ、このシキには来ていないが素晴らしい女性だ。殿下やアッシュに負けぬよう、腕を磨いていくつもりだ」
と言うのはシャトルーズの言。
彼女、というのは少なくともクリームヒルトさんではなさそうだ。その素晴らしい女性とやらのお陰で、彼のルートやトゥルールートなどにしか編み出せなかったあの抜刀術も手にしたのだろうか。
ちなみにクリームヒルトさんがシャトルーズを親しい間柄でしか呼ばない「シャル君」と言うのは彼女の明るさが自然と呼ばせているのであり、対してシャトルーズがクリームヒルトさんをネフライトと呼ぶのはその守りたい女性を気にかけての事らしい。
「ところで男爵。私と手合わせをしてくれないか」
「え、何故ですか」
「あのオークを蹴り飛ばした脚力……只者ではないと見た。私の剣の道の為にも協力をしてくれ」
この戦闘狂め。お前には戦うことしか頭にないのか。
とりあえず後でアッシュに頼み込んで引き取ってもらおう。
というか今日学園に帰るのに戦ってどうするというんだ。アレか、後で走って追いつくとでも言うつもりか。……言いそうで怖いな。
「申し訳ありません、シャトルーズ卿。あのオークを蹴り飛ばしたのは……実はあれは【伊吹大明神】と呼ばれる力でして。呪を操作することにより一時的に力にしているもので、余程の事が無いと使えないのですよ」
本当は身体強化をかけた脚力ではあるのだが。今の俺は前世の10代とほぼ変わりない身体能力ではあるが、流石に強化無しにオークを蹴飛ばせるほど俺の脚力は優れていない。
しかし身体強化ならばすぐにでも使え、ならば今すぐ勝負と言われかねない。身分差がある以上は断り辛いし。
なので適当にお茶を濁そうと思ったのだが……
「そうか……ならば仕方ない。いずれ戦える時を楽しみにしよう」
信じやがったよこの将来騎士団長候補。
いや、確かにそういった神秘的なモノを力に変える魔法はあるけれど、信じやすすぎじゃないだろうか。渋っている空気を悟って引いたのではなくて、純粋に信じて引き下がっているぞ。
「申し訳ありません、またいずれ機会があれば」
「ああ、その時はよろしく頼む。ああ、そうだ。実はこの後あのシスターと戦う予定なんだ。男爵も来るか?」
「はい?」
なにをいっているんだコイツは。
「あのシスターも実力は確かであるからな。アッシュにも許可を得て学園に帰るまでに一勝負と相成ってな。ふ、楽しみだ」
「待ってください。え、シスターってシアンの事ですか? シアンと戦いを?」
「他にこの地にはシスターが居ないのだろう? いや、鍛冶師といいレディ・アプリコットといいシキは良い地かもしれないな。む、もうこんな時間か。では決闘場に行ってくる。先に行かせてもらうぞ!」
「え、ちょっと待ってください!?」
俺の静止虚しくシャトルーズは凄い速度で去っていった。そんなに楽しみだったのか、この野郎。
方向からして教会前で戦うのだろう。というか何故その話が俺に来ていないんだ。え、アッシュのあの幸せになってくださいは嘘だったのか? 嫌がらせはするのか、おい。
「クロさん、その【伊吹大明神】について詳しく! 我も使えるか!?」
くそ、面倒なヤツまで現れやがった!
もう少しその守りたい者とやらについて聞きたいのに、何故邪魔されるのか。
まさか見えざる者による強制力とかそんな感じか。ゲームのシナリオをお前が知る権利が無いとかそんな感じか!
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