追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

シキの住民と大差ない可能性


 乙女ゲームの“火輪かりんが差す頃に、朱に染まる”の略称が“カサス”なんてある意味物騒な名前になっているのには理由がある。
 火輪とは太陽を意味する。つまりタイトルからは、“暗くて見えなかったが、太陽が昇って顔がよく見えるようになった頃に、攻略対象ヒーロー主人公ヒロインが照れて顔が赤い表情が見えてしまう”――なんて浪漫あふれる意味とも読み取れるのだが。

 このゲーム、色々と物騒で選択肢次第では登場人物が死んだり大怪我を負うことが多いのだ。

 しかもその大抵が攻略対象ヒーローと分かれて、次の朝迎えに行くと血塗れで倒れていたり(大抵死んでいる)。
 朝に迎えに来た攻略対象ヒーロー主人公ヒロインのぶっ倒れている姿を発見したり(場合によっては死)。
 と夜明けと共に登場人物が赤く染まっているのだ。おかげで「バッドエンドだけは明らかにサスペンスの殺人現場プロローグ」とファンから呼称される羽目になり、カサスなどという略称になったのだ。

 そしてローシェンナ・リバーズというキャラも、その呼称を呼ばれる原因になっている一人だ。
 茶髪茶瞳。身長180中盤の痩せ型。森妖精族エルフ鉱工族ドワーフと人族の良い所をとったようなスペックを持つヴァイオレットさんと同い年の男子生徒。
 爵位を金で買ったリバーズ家の一人息子で、普段の様子からは人当たりの良い性格で顔も良いので学園の女生徒からも人気がある。
 が、本質はメイン攻略対象ヒーローであるヴァーミリオン殿下を愛している狂気のヤンデレ。殿下の攻略ルートに入った主人公ヒロインに対し嫉妬し、「あのような平民に奪われるくらいならば!」と殿下を元の孤高な存在に戻すために周囲のモノを奪おうとしていく。
 その過程でアッシュが怪我をしたり、シャトルーズが毒(命には関わらない)で入院したり、その他攻略対象の家で妙なことが起きて実家に帰ったりして、殿下が不安になって来た所に最終的に主人公ヒロインを攫う。
 主人公ヒロインを殺しはせず、軟禁し初めの内は危害を加えない。その理由は、

「お前が生きていることが分かればあの方の慌てる姿が見られるんだ! そして僕が探す協力をすれば殿下は感謝の言葉を言ってくれる! ああ、なんという至福! 下腹部に熱が溜まる!」

 という倒錯した性癖フェチズムを展開しているためである。しかもこの際に感謝の言葉と共に主人公ヒロインを支配した時の殿下の表情を見てみたい、などという理由で精神マインド操作コントロールをしようとする。
 結局は隙を見て逃げ出そうとするが見つかってしまい、再び部屋に戻された所でお仕置きをしないといけないと考えると「殿下がどういう反応をするか楽しみだ」と妙案を思いついたかのように言い、主人公ヒロイン身体の部位を殿下に送るために危害を加えようと近寄ってきた所で、駆け付けた殿下に成敗される。
 なお、一部にはこの時の軟禁生活が好きで「支配されたい!」というファンも居たには居たらしい。

「申し訳ありません、取り乱しました」
「いや、大丈夫だ。だが、クロ殿はローシェンナを知っているのか?」
「ええ、まぁ多少は……」

 とにかくこの男、面倒くさいのだ。
 金銭要求には応じない。実家が危機に陥ろうとお構いなし。親を交渉に使っても駄目。
 要求することはただ殿下のためになることしか交渉に応じない。ようはこちらからの交渉材料は“殿下の感情を引き出すなにか”もしくはローシェンナに“お前の行動は殿下のためにならない”と気付かせることの二点。しかも後者に至っては失敗すれば逆上する。
 シュバルツさんは金銭、孤児院、契約者のどれかを交渉すれば良いだけで分かりやすかったが、この男は同じ言葉でも手順を踏まなければ地雷になる。ただ助かる事と言えば、

「分かることで確かなのは、相手を殺す気はないことくらいでしょうか」
「そうだな」

 ローシェンナに人を殺す勇気はない。事故や追い詰められれば別だが、あの男は害をなそうとするモンスターにすら止めを自ら差すことが出来ない性格だ。心優しいというべきか、ヘタレと言うべきかは分からないが……いや、心優しい奴がグレイを攫う訳ないか。

「だけど油断はできません。殺す勇気が無いだけで、殺さなければ大丈夫という思想でもありますから」

 そう、殺さなければ良いだろうという思考でもある。怪我くらいならばじゃれ合いと評して負わせることもある。
 小さく、徐々に膨らんでいく悪意はなにかの拍子に一線を踏み越える場合もある。それが今起きる可能性だってある。
 ましてや今回は恐らく、殿下の害になっていたと考えているヴァイオレットさんを発見し、行動した結果だ。今現在の殿下に直接的な関りが無い以上は、向こうもどう出てくるか分からない。

「そういえば、何故ヴァイオレットさんは彼の事を知っていたんですか?」

 ふとローシェンナについて考えると疑問が湧いて来た。
 ヴァイオレットさんの性格を考えれば、手紙の送り主が分かればすぐに罪を背負わせそうなものだが。

「その、手紙の犯人が分かったタイミングが決闘の一日前で……正直あの時の私は“そんなことより決闘だ!”ということで頭が一杯だったのだ」
「……成程」

 それ以上の追及は出来なかった。

「ともかく、ローシェンナの場所を探り当てましょうか」
「当てはあるのか?」
「ええ、まあ」

 今の所ローシェンナの居場所は分からない。隠れる所や逃走経路はある程度絞れるが、全てを当たっていては時間がかかってしまう。
 だが、誰がどうしたかさえ分かれば、こちらにだって手はある。

「さて、俺達シキを敵に回すとどうなるか分からせましょう」

 日も暮れて来た。夜明け前には終わらせるとしよう。

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