追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

彼らが慣れようとするまで_2/2


 午後からの調査でシキ近辺にいるモンスターと遭遇し、集団戦の練習がてらに生徒のみで戦ったのだが、そこで連携ミスで1名が軽く二の腕に怪我をした。
 後遺症も残る心配は無く、精々きちんと処置をしなければ痕が暫く残るかな、程度の傷ではあったのだが。

「怪我か、怪我なんだな! どこぞの毒を自分で喰らった馬鹿患者と違って怪我なんだな! よし俺に任せろ、俺が跡形もなく治してやる。安心しろ、お前の白い制服の色落としも含めて俺がすべて処置をしてやる! さぁ治療開始!」
「え、ちょ、待って、い、いやーー!」

 唐突に現れた変態医者アイボリーが処置を始めた。
 相手が女生徒でなくて良かった。今の状態でも危ういに違いは無いが、同性なだけマジだと思う事にしておこう。
 そうでなければ治療のために軽い処置の後に上の制服を脱がして、怪我を見てはぁはぁする様子は危うすぎる。今も危ういけど。

「お、おお、凄い技術と魔法だよ! 私が作った薬じゃ、こんなに早く綺麗に治らないのに!」

 そしてアイボリーの怪我を治す技術に、ネフライトさんが興味津々で眺めていた。
 治療をされる様子をまじまじと近くで見られ、シャツがあるとはいえ上半身の制服を脱がされた状態で女生徒に肌を見られることに、治療を受ける生徒は恥ずかしそうに顔を俯けていた。
 放っておいて良いのかとアッシュに尋ねると、あの好奇心が彼女の魅力であり彼女らしさだからと苦笑いをしていた。そんなものなのか。確かにああいった好奇心に溢れた表情を見ていると、そう思うのも納得はするけれど。







 割かしきつめに縛っておいた色情魔は午後には当たり前のように復活し、アゼリア学園の生徒に声をかけ始めた。
 先程のこともあってか見事にフラれ続けているらしく、数秒凹んだ後、元に戻って人生を楽しんでいた。ある意味羨ましい性格である。

「くっ、なんてことだ。こんなにも魅力的な女性に気付かないでいるとは! どうだ、付き合わなくても良い、身体から始める身体だけの関係を築くつもりはないか!」
「ごめんなさい、お気持ちは嬉しいのですが……」

 そしてネフライトさんにアピールをするが、当然のようにフラれていた。
 カーキーは返事に嘆いた後、気が変わったらいつでも声をかけてくれと言い軽快に笑う。……ヴァイオレットさんがアイツ並の切り替えの早さだったら……いや、想像するだけやめておこう。そんなヴァイオレットさんはなんか嫌だ。

「あはは……ああいう風に男の人に誘われるのをモテるっていうのかな。あんな風に情熱的に誘われる経験ないから、緊張しちゃった」
「ネフライトさん、彼に近付いてはなりませんよ。彼と交流を持っても貴女が傷つくだけです。怖い時には私の後ろに隠れてください」
「うん、ありがとう、アッシュ君」

 カーキーの行動に対し、アッシュがやや不機嫌そうにフォローをする。アッシュとしてはああいう輩がネフライトさんに関わろうとすることが許せないのだろうか。
 というか貴女でモテないというならば、世の中の女性の殆どはモテないことになると思います。喧嘩売っているのだろうか。

「時にお前はアッシュ君と言ったな! キミは俺と一緒に関係を築くつもりはないか!」
「は!?」

 そして何故か誘われるアッシュがこの世のモノを見ていないかのような表情になった。
 ……アイツ、処刑とかされなきゃ良いけど。







「どうした、シャル。新しい刀が手に入ったというのにその複雑な表情は。出来が悪かったのか?」
「……アッシュか。いや、仕上がりに問題は無い。問題は無いのだが……これをあの人が作ったと思うと、な……」
「どうした、お前らしくもない」
「そうだな。俺はアイツを守る為にも強くならなくてはならない。この程度を気にしてはいけな――」

 15時半。
 約束の時間になり、グレイとブライさんが俺達の所にシャトルーズの武器である刀を持って来た。
 普段であれば鍛冶場から出ないのだが……恐らくはグレイと少しでも一緒に居たかったのだろう。そして渡された刀を手にし、状態を確認するとシャトルーズはなんとも言えない表情で刃紋を眺めていた。

「お疲れさまでした、ブライさん。急な依頼で申し訳ございませんでした」
「いや、クロ坊には感謝しなくちゃならねぇ、グレイくんは俺にとっての最高の少年の一人だ。あの子と同じ空間で武器を仕上げる……うむ、至福の時間だった」

 渋い声と外見でなに言っているんだこの人。
 少年ショタが絡まなければ不愛想だけど義理を通すカッコいい職人なのに。

「人の息子に手は出してないでしょうね」
「馬鹿野郎、美しき存在は愛でるものであって手折るものじゃない。……あ、だが今度は夜も居て風呂にでも入って欲しい」
「人の息子になにをしやがるつもりだこの野郎」
「残り湯で武器を仕上げて俺の家宝にしようかと」

 よし決めた。いかなる事情があろうともブライさんの家で風呂に入らないようグレイに忠告しておこう。ノータッチだからって流石に変態が過ぎる。だから帝国を追い出されて「目の届かない所で頼むから武器だけ作ってくれ」と言われるわけだ。

「くっ、関係ない、関係ないんだ……!」
「どうしたシャル!? 何故そんなにも葛藤した表情で震えているんだ!」







「う、うう……」
「どうかしましたか?」

 一日目ということで調査の時間が早めに終わり、各々が自由行動でレポートなどを作成したりシキを回っている中、一人の男子生徒が少し辛そうにしながら建物の陰で頭を壁当てて思い悩んでいた。制服の色からして貴族のようである。

「僕、今日の調査で担当してくれたのが、シアンっていうシスターさんだったんです」

 ああ、シアンが担当したグループの一人か。
 確かこの子は貴族の割に大人しい印象が見られた子であった。異性に対して優しく……と言うよりは、気が弱くて尻に引かれているような子。
 もしかしたら神父様が居ないことではっちゃけたシスターに驚愕したのかもしれない。外見は美少女に十分に入る部類であるし、一目惚れしていたが、幻想を打ち砕かれたのだろうか。

「僕、知っているんです。教会関係者は下着を着けてはならないということを」

 ……うん?

「でも普通のシスターは肌の露出は控えて、性的欲求を考える事すら烏滸がましい存在なのに! なんで……なんで彼女はあんなスリットを入れているんです!」
「あ、ああ。シアンは魔法より肉弾戦を好むから。足技の時少しでも動きやすいように、って改造しているんだ」
「だからって、それなら戦闘とかが考えられるときは下着はともかくとしても下になにか着るべきでしょう! レギンスとかスパッツとかタイツとか!」
「お、おう、落ち着け少年」
「彼女の僧衣のスリットから覗く太腿が、臀部のラインが、鼠径部がもう少しで……! くそ、でもあれでピッチリ系を下に着ていたらそれはそれで……!」

 シアンが一人の男子生徒の性の悩みを暴発させていた。
 強く生きるんだ、少年。性の悩みはいつだって付き物だ。同学年とかには話しにくいだろうから、俺で良ければ付き合おう。

「……いや、でもあえてあのままの服装で、ヒールを履いてもらって、踏まれて下から眺めるのも」
「ストップ、少年。それ以上はいけない」







 これは後々になって知ったことである。
 アゼリア学園に在籍している一部ではあるが、妙な落ち着きを見せる生徒達が居たという。
 それは春先に現れやすい変質者や犯罪者を捕まえる場面になっても、その生徒達は動じ難かったということだ。
 ある時、別の生徒が気になってどうしたのかと聞いてみると、彼らはこう語ったそうだ。

「理不尽にはまだ慣れないけれど、変人には少し慣れた」

 それはまるで、レベルの高い人物へんじんを知っているかのような表情であったという。

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