追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
【2章:遭遇】 始まりは令達報告
「軍の方々がシキに来る?」
「はい」
日も高く昇った昼下がり。我が家に戻ると秘書であるグレイに唐突な報告をされた。
曰く『フェンリルの出現においてモンスターの活発化が想定されるので、周辺の調査と場合によっては退治』をするらしい。
一応フェンリル関連の事後処理は隣町から調査団が派遣され、事前に纏めた資料の報告と周辺の調査と数日の滞在で“問題なし”と判断されたはずだが。
それにフェンリルが現れたのって……
「フェンリル現れたのはもう3週間も前だぞ。今になって来て……なにするんだ?」
「さぁ? 先程申し上げたシキの調査を行う……としか」
「しかもその軍の方々の中には騎士も含まれると」
「はい」
この国では騎士団もまとめて軍人と呼称することになっているが、騎士は軍人中でも貴族しかなれず、認められた者達で構成される特権階級の中の名誉職だ。……とはいえ腐敗していないかと問われれば返答に悩むところだが。
しかしながら立派な方々が多く、気難しい人が多いのが騎士団なわけである。そんなエリートが調査のためにこんな辺境の地までやってくるらしい。
ともかく、今言えることは。
「……なんで?」
「……さぁ?」
俺とグレイは顔を見合わせ、その報告に首をかしげるのであった。
◆
「私達のフェンリル討伐の栄誉を奪われる。という可能性はある」
ヴァイオレットさんが作ったお昼を家族三人で頂きながら先程の報告をヴァイオレットさんに伝えると、そのような返答が返ってきた。
「マジですか」
「うむ、マジですかなんだ」
あくまでも可能性の話であるらしい。
以前のフェンリルの件は、初めに“フェンリルが近隣に出現した”という情報が近くの町などに流れた。つまりこちらは一体だけしかいないと分かっているが、“討伐した一体だけではなく複数体いる可能性があるので、警戒をしなくてはならない”という注意勧告が流れたわけである。
シキで討伐……もとい、捕獲したフェンリルは、グレイの【睡眠】で眠らせて身柄を拘束して引き渡しはした。しかし近隣の町にとってはまだ不安が残っている訳である。そこで安心感が欲しいのだ。
「シキの人達に安心感を与えるために、シュバルツさんがフェンリルを差し出したように、ですか」
「そうだ」
騎士団が調査して問題なしと判断するか、さらには捕獲して引き渡したフェンリルを騎士団が“討伐した”として掲げるか。
周辺の王国民は調査団より位が遥か上の団体による裏付けされた信頼を欲しがっている。
「どういうことですか、ヴァイオレット様?」
「簡単な話だよ、グレイ。千にも満たない民と数十万規模の意思ではどうしても負ける可能性が高いということだ」
「それはつまり……私め達では国民を安心させる信用と信頼に足りないと。いうことなのですね」
「……そうなるな」
ヴァイオレットさんははぐらかしてはいるが、さらにこちらは過去に問題がある者が多い人達によって形成された辺境地。向こうは万を超える国家の人達が「これが真実だ」と言ってしまえばそれが事実となる。
王国民に対して積み上げて来たものはこちらはゼロや良くて少しのプラスなのだから。
「とは言え、あくまでも可能性の話だ。想定はして問題ないが疑心暗鬼は問題だ。清濁は何処にでも存在するということを忘れないで欲しい」
「分かっています。最低を想定して最善を成すということでしょう」
楽観視せず対策は立てるに越したことは無いが、疑ってばかりでは視界が狭くなる。
噂は参考程度に留めておけ、といった所か。
「それに、だ」
一呼吸置くと、ヴァイオレットさんは言い辛そうにこちらを見る。
「私も片目を失っていたとはいえ、B級モンスターを一人で倒したという事実は未だに信じられないからな」
フェンリルはBモンスターの中では平均を超えるか超えないか程度のモンスターだ。B級モンスターは下の方でも一体見かければ最低でも小隊は編成される。それを負傷していたとはいえ、俺が一人で倒したと知っているヴァイオレットさんはまだ信じられないようだ。
だが俺だって万全の状態。つまり野生の状態のフェンリルに相対すれば無事では済まないし、1対1では逃げを選択する。あの時は倒さなければ危険が及ぶ状況で色々と吹っ切れていたのもあったし、なによりもフェンリルが怪我をしたてだったのが大きかった。
「だってあのフェンリル。シアンが目と同時に左前足の筋を断裂させていましたから、大分弱ってましたし」
「待ってくれ、シアンさんはフェンリルに一撃しか与えていない気がするが」
「ええ、ですから目の内側の筋肉から抉ったついでに体中に伝播する衝撃を与えたみたいで。その影響が足に来ていたのでしょう」
いわゆる一撃で物体の抵抗力を殺し、瞬間的に衝撃をさらに打ち込むことで対象を完全に破壊する的なノリだ。シアンが言うには外傷に出さず内部から破壊するとのことだ。
「何者なんだ、シアンさん」
「シスターです」
「はい、戦闘系の」
「そもそも戦闘系シスターとはなんだ」
戦闘系シスターとは武器など不要といって素手喧嘩殺法を生業とする狂戦士です。
フェンリルの件に関しては本人と神父様の希望でシアンが目立たないようにこのことは伏せてはあるけれど。
「ともかく出迎えの準備から始めなくてはいけません。宿泊場所と食材の確保、そして住民への説明、といった所か」
「ならば私は食材や渡す資料のまとめなどをやっておこう」
「私めは宿泊場所の確保と屋敷の整備をしましょう」
そうなると俺は受け入れするための住民への説明と段取り、そして全体の管理。それぞれが終わり次第必要なことをやっていく、と言う形にするか。
それに通常業務も疎かにしてはならないし、やることが多い……あ、そうだ。せっかくだしアレをするか。
「グレイ、手伝ってほしい。今度こそヴァイオレットさんが来る時にできなかった、庭の木刈って“ようこそ”の文字を作る作業を始めよう」
「貴方達は私が来る前になにをしようとしていたんだ」
「そうですよ、クロ様。あの時は変に剪定すると問題があるからと言って断念したんじゃないですか」
「剪定しようとする段階まではいっていたのか……」
くっ、そうだった。文字を書こうとすると妙に空いている所があったり太い枝を折らなくてはならなかったりで断念したんだった。
しかしそうなると歓迎の準備はどうすれば……!
「奇抜なことはせずとも、宿泊の準備などを整えればそれで――」
「ですのでここは月の花であるガーベラを並べて文字を作るべきかと!」
「グレイ!?」
「なるほど、確かに花なら植えなおすだけで良いのか。よし、やるか!」
「クロ殿!?」
意気込んでその場を立ち、花を摘みに行こうとした段階でヴァイオレットさんに止められた。
「はい」
日も高く昇った昼下がり。我が家に戻ると秘書であるグレイに唐突な報告をされた。
曰く『フェンリルの出現においてモンスターの活発化が想定されるので、周辺の調査と場合によっては退治』をするらしい。
一応フェンリル関連の事後処理は隣町から調査団が派遣され、事前に纏めた資料の報告と周辺の調査と数日の滞在で“問題なし”と判断されたはずだが。
それにフェンリルが現れたのって……
「フェンリル現れたのはもう3週間も前だぞ。今になって来て……なにするんだ?」
「さぁ? 先程申し上げたシキの調査を行う……としか」
「しかもその軍の方々の中には騎士も含まれると」
「はい」
この国では騎士団もまとめて軍人と呼称することになっているが、騎士は軍人中でも貴族しかなれず、認められた者達で構成される特権階級の中の名誉職だ。……とはいえ腐敗していないかと問われれば返答に悩むところだが。
しかしながら立派な方々が多く、気難しい人が多いのが騎士団なわけである。そんなエリートが調査のためにこんな辺境の地までやってくるらしい。
ともかく、今言えることは。
「……なんで?」
「……さぁ?」
俺とグレイは顔を見合わせ、その報告に首をかしげるのであった。
◆
「私達のフェンリル討伐の栄誉を奪われる。という可能性はある」
ヴァイオレットさんが作ったお昼を家族三人で頂きながら先程の報告をヴァイオレットさんに伝えると、そのような返答が返ってきた。
「マジですか」
「うむ、マジですかなんだ」
あくまでも可能性の話であるらしい。
以前のフェンリルの件は、初めに“フェンリルが近隣に出現した”という情報が近くの町などに流れた。つまりこちらは一体だけしかいないと分かっているが、“討伐した一体だけではなく複数体いる可能性があるので、警戒をしなくてはならない”という注意勧告が流れたわけである。
シキで討伐……もとい、捕獲したフェンリルは、グレイの【睡眠】で眠らせて身柄を拘束して引き渡しはした。しかし近隣の町にとってはまだ不安が残っている訳である。そこで安心感が欲しいのだ。
「シキの人達に安心感を与えるために、シュバルツさんがフェンリルを差し出したように、ですか」
「そうだ」
騎士団が調査して問題なしと判断するか、さらには捕獲して引き渡したフェンリルを騎士団が“討伐した”として掲げるか。
周辺の王国民は調査団より位が遥か上の団体による裏付けされた信頼を欲しがっている。
「どういうことですか、ヴァイオレット様?」
「簡単な話だよ、グレイ。千にも満たない民と数十万規模の意思ではどうしても負ける可能性が高いということだ」
「それはつまり……私め達では国民を安心させる信用と信頼に足りないと。いうことなのですね」
「……そうなるな」
ヴァイオレットさんははぐらかしてはいるが、さらにこちらは過去に問題がある者が多い人達によって形成された辺境地。向こうは万を超える国家の人達が「これが真実だ」と言ってしまえばそれが事実となる。
王国民に対して積み上げて来たものはこちらはゼロや良くて少しのプラスなのだから。
「とは言え、あくまでも可能性の話だ。想定はして問題ないが疑心暗鬼は問題だ。清濁は何処にでも存在するということを忘れないで欲しい」
「分かっています。最低を想定して最善を成すということでしょう」
楽観視せず対策は立てるに越したことは無いが、疑ってばかりでは視界が狭くなる。
噂は参考程度に留めておけ、といった所か。
「それに、だ」
一呼吸置くと、ヴァイオレットさんは言い辛そうにこちらを見る。
「私も片目を失っていたとはいえ、B級モンスターを一人で倒したという事実は未だに信じられないからな」
フェンリルはBモンスターの中では平均を超えるか超えないか程度のモンスターだ。B級モンスターは下の方でも一体見かければ最低でも小隊は編成される。それを負傷していたとはいえ、俺が一人で倒したと知っているヴァイオレットさんはまだ信じられないようだ。
だが俺だって万全の状態。つまり野生の状態のフェンリルに相対すれば無事では済まないし、1対1では逃げを選択する。あの時は倒さなければ危険が及ぶ状況で色々と吹っ切れていたのもあったし、なによりもフェンリルが怪我をしたてだったのが大きかった。
「だってあのフェンリル。シアンが目と同時に左前足の筋を断裂させていましたから、大分弱ってましたし」
「待ってくれ、シアンさんはフェンリルに一撃しか与えていない気がするが」
「ええ、ですから目の内側の筋肉から抉ったついでに体中に伝播する衝撃を与えたみたいで。その影響が足に来ていたのでしょう」
いわゆる一撃で物体の抵抗力を殺し、瞬間的に衝撃をさらに打ち込むことで対象を完全に破壊する的なノリだ。シアンが言うには外傷に出さず内部から破壊するとのことだ。
「何者なんだ、シアンさん」
「シスターです」
「はい、戦闘系の」
「そもそも戦闘系シスターとはなんだ」
戦闘系シスターとは武器など不要といって素手喧嘩殺法を生業とする狂戦士です。
フェンリルの件に関しては本人と神父様の希望でシアンが目立たないようにこのことは伏せてはあるけれど。
「ともかく出迎えの準備から始めなくてはいけません。宿泊場所と食材の確保、そして住民への説明、といった所か」
「ならば私は食材や渡す資料のまとめなどをやっておこう」
「私めは宿泊場所の確保と屋敷の整備をしましょう」
そうなると俺は受け入れするための住民への説明と段取り、そして全体の管理。それぞれが終わり次第必要なことをやっていく、と言う形にするか。
それに通常業務も疎かにしてはならないし、やることが多い……あ、そうだ。せっかくだしアレをするか。
「グレイ、手伝ってほしい。今度こそヴァイオレットさんが来る時にできなかった、庭の木刈って“ようこそ”の文字を作る作業を始めよう」
「貴方達は私が来る前になにをしようとしていたんだ」
「そうですよ、クロ様。あの時は変に剪定すると問題があるからと言って断念したんじゃないですか」
「剪定しようとする段階まではいっていたのか……」
くっ、そうだった。文字を書こうとすると妙に空いている所があったり太い枝を折らなくてはならなかったりで断念したんだった。
しかしそうなると歓迎の準備はどうすれば……!
「奇抜なことはせずとも、宿泊の準備などを整えればそれで――」
「ですのでここは月の花であるガーベラを並べて文字を作るべきかと!」
「グレイ!?」
「なるほど、確かに花なら植えなおすだけで良いのか。よし、やるか!」
「クロ殿!?」
意気込んでその場を立ち、花を摘みに行こうとした段階でヴァイオレットさんに止められた。
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