追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

精神は未だ回復しきっていない(:菫)


View.スカイ


 成長した幼馴染が変な領域に入りかけているものの、いつもの幼馴染である事を確認したので冗談はここまでにしておく。というか、こういう軽口を言っておかないと私の平静が保てない。保てない理由はシャルの変な領域の件ではなく、今もなお苦しんでいる悪魔の件である。

「ああああaaあAAAaaaa……!」

 私が攻撃をしても平然とし、自称愛をぶつけて来た悪魔はシャルの攻撃を受け悶え苦しんでいる。
 しかしシャルの攻撃は確かに身体を構成させている蠅を滅しはしたものの、何処からか現れて再び集まり始めているので数の減少を感じさせない。それこそ元を絶たねば無限に回復するような印象を受ける。
 ただ“どんなに減っても必ず回復はするが、その回復に痛みを覚えている”というような感じだ。……要するに、見ていて痛ましい。

「シャル、どうにか出来ないかな」
「浄化の本職……それこそシスター・シアーズ嬢レベルでなければ浄化も出来まい」
「……だよね。けど、さっき私が居ればどうにか出来る的な事を言ってたけど、どういう事?」

 正確には力を貸してくれ、だったような気もするが今はどちらでも良いだろう。
 しかし私の力が必要とはなんだろう。私は学園でも身体能力、戦闘面においては強い方だという自負はあるが、生憎と浄化は人並みだ。それに自負のある戦闘においてもなんか凄くなってるシャルと比べれば劣っていると言える。
 そんな私でも戦闘に協力すれば息を合わせて攻め立てる事は出来るだろうが、倒しきるのは難しい。というか、それではジリ貧になっていくのは明白だろう。

「ああ、スカイ。あのクロガネ様もどきを無力化するにはお前の力が必要だ。いや、むしろお前でなければ出来ない」

 ……頼られるのは嬉しいが、どういう事だろう。
 シャルの事だから私があの悪魔の愛を一身に受けている間に、シャルが倒す。とかではないだろう。……最悪そのパターンでしか倒せないのならそうするが、そうなった場合倒した後にスマルト君に婚約破棄を申し出て旅に出るとしよう。

「先程数太刀浴びせて確信した。今の彼にはスカイが必要なんだ」

 だがこの男は一体なにを私に求めているのだろうか。
 大真面目な目で、私を真っ直ぐ見て、私のなにを――

「そう、必要なのは――スカイの愛だ」

 …………。

「あい」
「愛だ」
「……具体的には」
「スカイが彼と正面から向き合い、愛を見せれば彼を無力化出来る」
「なるほど」

 なるほど。
 …………なるほど。

――コイツ、絶対本気で言っている……!

 この男は一切の迷いなく、本気で私の愛が必要だと言っている。というかこういう場面に関わらずこの男がこういう嘘を吐けるほど器用でない事を私は良く知っている。
 なんというかこの男は私以外の異性に対しては名前を呼ぶ事も恥ずかしがるような純情だが、普通であれば恥ずかしがるような事を恥ずかしげもなく言える性分であったりするのだ。いや、むしろ純情だからこそこういった事を言えるのだろか。ええいそこはどっちでも良いか。
 ともかくこの男はこの場を今切り抜けるためには私の愛を見せつけろと本気で言っている。それだけは確かなのである。

「あ、あのね。私は愛なんてまだ理解出来てないし、見せるって具体的にはどうすれば良いの」
「愛は理屈じゃない」
「それは否定はしないけど具体案を出しなさい」
「我々が数千年かけても唯一の答えが見つからない物に具体案など無い!」
「それも否定はしないけどどうしろというん!」
「スカイの思う愛こそがスカイの中での唯一の回答だろう!」
「否定はせんけどそういう事じゃないやろが!」

 ええいもう、この男のこういう所は嫌いではないが嫌いだ。らしさとも言えるが、具体案など出さない精神論を解決策で提示するんじゃねぇですよこの幼馴染は! そこも成長して欲しい!

「大体そんなもの見せたら逆上を――」

 されるだろう、と言葉を続けようとする。
 先程シャルと話しただけで独占欲を発揮したような悪魔だ。実際に愛を見せた所で解決するとは思えない――

『強くなくては』

 ふと、なにか声が聞こえた。
 先程までの蠅が這うような耳障りな声ではなく、優しい性格がそのまま出ているような声色。
 それが、あの悪魔から聞こえて来た。

『強くなくては。
 強くならなくては。
 ――この女の子のように、強くならなくては』

『細腕。病弱で白い肌。息はすぐにあがり。骨はすぐに痛みだす。
 代わりというように美しい顔と、美しい髪はあった。
 生まれのせいで遠巻きに見られはしたが、僕は近寄りがたい麗人だそうだ。
 女より女らしい、男らしくない男だった
 ――望む物は得られないのに、要らない物はとても優れていた』

『諦めていた中、幼くも美しい少女と出会った。
 男性社会の騎士団で、絵本のような夢の騎士団で無いとは知っていても。
 男性と比べ力が付きにくい身体だと知っていても。
 少女は決して諦めず夢を語っていた。
 気がつけば僕は少女に憧れていた。
 夢を追い続ける彼女のように強くなくては。
 ――彼女の好く、強い兄のようにならなくては』

『僕が強くなるには生半可は許されない。
 優しさなんて不要だ。強さの邪魔になる。
 面白さなんて無用だ。強さの妨げになる。
 安心感なんて無駄だ。強さの阻害になる。
 ――あらゆる物を犠牲にしなければ、弱い僕は強くなれない』

『ああ、でも結果はこれだ。
 不可。不良。不合格。失敗。敗退。退学。
 ――僕には才能も無ければ、一般として生きる事すら父親のせいで出来なかった』

『久々に見た好きな女の子は立派に成長していた。
 第四王子殿下の護衛として暴漢から守り抜くほどに強くなっていた。
 取り押さえる際に見えた腹部は僕と違って鍛錬に見合う強さを有していた。
 ――ああ、羨ましい』

『――そうだ。この肉体に拘る必要は無いのか』

『――やった。これで彼女に見合う強い男になれる』

 それは言葉だったのか、意志だったのか。
 声が聞こえなくなった今となってはもう知りようが無いが、悪魔かれの想いは伝わった。

「……はぁ」

 そして私は溜息を一つ。みっともないが、溜息を吐いていなければやってらんない。

「ねぇ、シャル」
「なんだ?」
「ちょっと行って来る」
「そうか。愛を見せつけるんだな」
「そういう事」

 シャル馬鹿げたと思っていた提案だが、その通りの事を見せつけてやろうと思う。
 この幼馴染の言う通りの行動をするというのも癪ではあるが、私らしく行こうと思う。

「拳でぶん殴って来る」
「そうか。それは良いな。なにせ――」

 私は剣をシャルに預け、手甲の調子を確認しながら悪魔……クロガネ様もどきに近付いていく。

「拳での戦いで、お前に勝てた事はないからな」

 ――さて、始めるとしよう。

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