追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
唐突な出会い
その女は、まさに変態であった。
温泉で裸なのは当然だとしても、(何故このような所に温泉があるのかは分からないが)普通はモンスターと一緒には入らない。いや、無害ならば入ることもあるかもしれないが、だとしてもモンスターにポージングを決めながら自身の裸体を見せつけ、会話などしないだろう。
「ふふ、我が黄金比の身体はいつでも素晴らしい。田舎に来て宝石のごとき我が身体をあまり洗えず磨きをかけられない所であったが、温泉があるとは。ふ、これも私の美しさを称えよと世界が言っている証拠だな……!」
しかもなにやら危なっかしい独り言を大きな声で話している。どうでもいいが、わざわざポージングを取る必要があるというだろうか。
そして周囲にいる、この周辺では見ない黒い狼のような獣型のモンスターはポージングを理解しているのだろうか。
確かに彼女の身体の全体のバランスは良く、素晴らしいと自画自賛する気持ちも分からないでもない身体ではあるが。さらには黒く美しい長い髪に、綺麗な赤い瞳。全体を通して“美しい”という表現が当てはまる女性ではある。
……ん? 何処かで見たことがあるような……
「クロ殿。男性である以上、異性の身体に興味を持つ事には理解があるつもりだ。だが、まじまじ見るのはどうかと思うぞ」
ごめんなさいヴァイオレットさん。そんな冷たい目で見ないでください。
興味があるかどうかと言われれば興味がありますし、彼女の姿が何処かで見たことがあるから見ているというのもありますが、男である以上逆らえないサガなんです。
「ヴァイオレットさんの身体の方が素晴らしいかと」
「いや、そういうフォローが欲しいわけではない……だが、そうか」
うん、言っておいてなんだが自分でもどうかと思う発言ですね。でも本音ではある。
でもあちらの変態の方が服自体は作りやすそうな体形だな……
「ふっ、私の裸体に見惚れるのは構わないが、隠れていないで堂々と見たらどうかね?」
――マズイ。
変態に見つかったというのもあるが、変態の周囲に居るモンスターにも気付かれている。
彼女がどういう人物なのかは分からないが、モンスターと一緒に温泉に入るということは、あのモンスターの集団を従えている可能性がある。
もし彼女が【魔物使い】であるのならば、この状況は危険――
「至高の芸術とは創る者と見る者があり始めて芸術として成り立つ! 私という芸術の価値を高めるためにも、さぁ! 出て来て見るがいい!」
『Ruff! Ruff!』
「ほら、我が子たちも一緒に見ることを望んでいる!」
なんだろう、警戒するのが馬鹿らしく思えてくる。
とりあえずヴァイオレットさんに目配せをして、逃走経路だけ確認してから魔法を解除し、茂みの中から出て変態の前に姿を現した。
「ほう、若き男女の芸術鑑賞者か。いいだろう。二人揃ってこの私という芸術を見るがいい。なに、このような辺鄙な場所での出会いに感謝して、お代など結構だ。キミ達は幸運だよ」
そう言って変態は裸体を隠すことなくポージングを決める。
うん、シキにも変わった奴はいるが、こういった方向に振り切れているのは見たことが無い。色情魔と気が合いそうである。
「……すまないが、質問をしていいだろうか」
「ふっ、なんだろうか」
ヴァイオレットさんは変態に対し、同じ女性としての共感性羞恥的なものを感じているか、少々顔を赤らめながら質問をする。ちなみに俺は変態を出来るだけ見ないように視線を逸らしている。
「恥ずかしくないのか」
もっともな質問である。
「私の身体に見られて恥ずかしい箇所は無い。隠す必要など何処にある」
やだ、カッコいい。
不思議とこの変態に後光が差しているように見える。
「ああ、キミ達はもしかして恋人同士なのかな。だとしたらすまないね、彼氏が私の裸を見て自身と比べられることが不安なのかな? ふ、気にすることないよ。そこは愛でカバーしたまえ。だが、私の肉体を超えられる愛があるかどうかは分からないがね!」
「…………」
「落ち着いてヴァイオレットさん。さっき掴んだ蔦で相手の首を絞めようと近付こうとしないで」
どうどう、とヴァイオレットさんを落ち着かせる。
なんだろう、この変態。自信たっぷりなのは好ましいが、真面目なヴァイオレットさんを的確にイラッとさせる言葉をぶつけてくる。此処は領主として軽く情報を聞き出して、さっさと退却した方が良いかもしれない。とりあえずは何故モンスターと温泉に浸かっているかを聞いたほうが良いだろうか。
いや、まずはこちらの身分を名乗った方が良いか。
「はじめまして、私の名前はクロ・ハートフィールドと申します。この周辺の土地であるシキを治める領主です。失礼ですが、お名前を伺っても?」
改めて、営業領主スマイルを浮かべながら変態に向き直る。……身体を見てしまうのは仕方ない。相手も隠さないし。
こういう場合は領主という立場は便利である。相手が身分を疑う可能性も高いが、領主と名乗る以上は一定の力を持っていると認識させ迂闊な行動はとりにくくなり、返答の真偽はともかく質問もしやすくなる。
見た所盗賊や山賊の類でもないだろうから、とりあえずは相手の出方も見ることが出来る。
「む、領主殿であったか。これは挨拶が遅れて申し訳ない。私は見ての通り旅の者だ」
いえ、見て分かりません。
「名前は、シュバルツという」
……シュバルツ?
その名前はあの乙女ゲームに出て来たキャラ名ではなかっただろうか。
確か主人公のルートによっては敵対する……
「あぁ、しかし丁度良かった。この場所で会ったのもなにかの縁だ。この周辺の領主というのならば話は早い」
そう、選択によってはバッドエンドに直行する。
「泊まる所に案内してもらうことは可能だろうか」
攻略対象を殺す、登場人物だ。
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