追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

人を観察(:菫)

View.ヴァイオレット


 シキに来てから三週間が過ぎた。
 アゼリア学園に居た頃と比べると、物が手に入り辛かったり、移動手段が限られていたりと様々な不便な所はあるが少しずつ慣れて来た。
 クロ殿とグレイもよくしてくれている。
 こちらでの生活に不満が無いように生活を助けてもらい、知らないことを教えてもらい、少しずつ経験を積ませてくれる。無理はしなくていいと気を使っている所もあるが、なにもさせないということは無く、こちらの様子を確認しつつ割り振られた仕事を渡してくれる。時折私が殿下に対して否定していた行動をする時は、どうしても尻込みしてしまうのだが。
 そしてこの三週間で様々な人となりが分かってきた。

 まずはグレイ。
 魔法適性の全属性が優秀な少女だ。
 現在は私達の養子兼秘書という扱いではあるが、元は奴隷であったと本人から聞いた。
 シキの以前の領主は酷い人間であったらしく、奴隷を複数人飼い私欲を満たし、統治もせず領民からも嫌われていたらしい。そんな中グレイは前領主からクロ殿に領主が変わる際に「痩せて役に立たない」という理由で捨てられたとのことだ。……聞いているだけでも忌々しい。
 しかし、元は奴隷であるなど黙っていれば分からないことを何故私に言ったのかと聞くと、

わたくしめが奴隷であったという事実は変わりません。例えそれで差別されようとも、私めはそれを受け入れてなお笑って過ごしましょう」

 とのことだ。
 正直言うならば、私はグレイの扱いを決めあぐねている。
 グレイが立場的には母親となる私に、隠し事をしたくないという気持ちは分かる。だが、武勲を立てたわけでもなく、国に貢献したわけでもない元は平民……といえる存在だ。
 学園で私は殿下に近付いたあの女に身分の差によって行動を散々否定してきた。今の私はグレイを秘書としてはともかく、家族として見ることが出来るのだろうか。悪い子でないことは分かるのだが。

「行きますよ、アプリコット様直伝! 抑圧から解放されし我が憤怒! 炎を巻き起こせ転輪よ!」
「草は普通に刈れ!」

 ……うん、悪い子ではないとは分かるのだが。影響を受けやすいのはどうにかならないだろうか。


 次にシアンさん。
 聞く所によると年はクロ殿の一つ下で、元は王都でシスターをやっていたらしい。気に入らないという理由で大司教を殴ってここに来たらしいが。よく処刑されなかったものである。
 同級生のクリームヒルトを彷彿とさせるような、なにかと全速力で生きている人だ。
 魔法適性は水であり、割と魔力は高い部類に入る。だが本人はあまり魔法を使うのは好きではないらしい。何故かと聞いたら、

「え、だってゴチャゴチャやるより殴った方が早いじゃん」

 とのことだ。
 確かに彼女の運動能力は、殿下や殿下の友人であるシャトルーズと比べても遜色ないどころか上回っているかもしれない。だがシスターがそれでいいのかと聞くと、

「信仰深い私が良いと言っているんだよ。なら神様も許してくれるはず!」

 といい笑顔で言われた。多分駄目だと思うが、いざとなれば神父であるスノーホワイトさんが諫めてくれるので良しとしよう。そう思わなければ私のシスター像が崩れてしまう。……もし私が修道院に入れられていたら、こういう風な人と過ごしていたのだろうか。
 しかし意外と言えば失礼であるが、お祈りをしている彼女は神秘的な雰囲気を纏っていた。そして神父の事が好きらしく、彼の前ではまさに恋する乙女の様に可愛らしい。

 他にも様々な変わっ……個性的な者は多く居たが、よく分からないのはクロ殿だ。
 あからさまに理解不能な人はともかくとして、クロ殿は今一つよく分からない方である。
 運動能力は高いが、貴族の割に魔力は多くなくむしろ少ない。
 そしてクロ殿はあまり貴族らしくない。
 自ら料理を作り、服飾などの裁縫も自らやっている。聞けば裁縫に至っては趣味でやっているそうだ。
 領民と良い関係を築くため同じ目線に立つ、というのもあるだろうが、行動に私も学んできた貴族としての振る舞いはあまり見受けられなかった。
 不満があるかどうかと言われれば不満はある。貴族とは社会の模範となるべき振る舞いをしなくてはならない。少なくとも私の知る貴族としての在り方では無いはずなのだが……

「クロ様ですか? 私めを差別せず、初めはクロ様を信用しなかった私めに家名まで与えてくれた恩義のある方です。え、貴族らしくない? ええ、ですから私めも偶に雑に扱っています」
「クロ? 偶によく分からないこというけど、悪いヤツじゃないよ。でも貴族らしくはないよね。そこがいいんだけど。あと本気で殴っても対応できるから本気でバトれるし」
「クロちゃんかい? 前の領主と違って親身になってくれる子さ。孫とそう変わらない年だってのに色々とお世話になっているね。――おっと、そいつは通さないよグリーン。ロンだ」
「クロかい? あいつは色々と語れる男さ! それよりもし夫婦じゃなくなったら俺の下に来て抱かれる気はないかハッハー!」
「クロ、クン? エエ、コンナ私モウケイレテクレタ、ヨイオカタデス。む、仕事です。ちょっと海の神を救ってきます。では、発進!」

 クロ殿は領民に慕われている。
 治めてからたった三年ちょっとで、私より四歳程度しか変わらないのに、だ。
 確かにクロ殿は妙な所がある。私が学園でなにをやらかしたかを見たかのように言い当てたり、偶に年齢より大人びて見えることはある。子供っぽい時も多いが。
 私の知る、私がそうあれと学んできた貴族の在り方とはなんだろうか。
 クロ殿と私の知る貴族の在り方は大きく違う。どちらかと言えばあの女……彼女に近い誰にでも平等に接する在り方だ。
 だが、クロ殿が慕われているというのならば。もしかしたら、殿下が彼女に惹かれたのは、それが本当に貴族が求めるもので――

「ヴァイオレットお嬢様」

 と、私が悩んでいる時に唐突に私の前に立ったのは、私が詳しく知らない、シキにいる領民とは違うどこか冷えた雰囲気を纏う女であった。
 だが、彼女がなにを目的としてここにいるかは分かっている。監視を目的としている者が私の前に立つ理由など、そう多くはない。

「旦那様からの伝言です。羽目を外すな。とだけ」
「……分かっている」
「ヴァイオレットお嬢様のためを思っているのです。どうかご理解を」
「……ああ、分かっている」

 あの父が私のためを思っていないことなんて分かっている。
 ただ、監視の者が思う貴族らしさを失えば父にどのようにされるかは分からない。
 それがクロ殿の様に慕われる存在になる事ではないと、理解もしている。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品