追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

色々と個性豊かで


「…………」
「ヴァイオレットさん、大丈夫ですか?」
「ああ……大丈夫だ……」

 ヴァイオレットさんは屋敷に着くとフラフラした後、手近にあった椅子に座り、右手の中節を額に当てて疲れた様に目を瞑っていた。
 教会に行った後シキの様々な所を案内したのだが、その際に多くの人と出会いお祝いの言葉を掛けられた他に様々な種類の“問題児”と会った。

「紅茶とコーヒー、どちらが良いですか?」
「紅茶で頼む……」
「ではこちらをどうぞ。砂糖とかはご自由に」

 俺は紅茶とコーヒーを一個ずつ持ち近付き、紅茶の方を渡す。
 俺はコーヒーに砂糖とクリームを入れ、一口飲む。……うん、グレイの様に淹れられるのはまだ先になりそうである。それなりだとは思うけど、比べるとやはり俺は淹れるのが下手だ。
 ヴァイオレットさんは特になにも入れることなくそのまま飲み、少々苦かったためか顔をしかめた後砂糖を入れた。だがその苦さのためか多少は意識を紛らわせたようである。
 すると聞こえないような小さな溜息の後、誰に聞かせるのでもなくぶつぶつと呟きだした。

「黒魔術師のローブを着て変に笑いながらお祝いの言葉を掛けてきたり、“怪我をしたら来い、観察した後治してやる”とか言われたり、初対面で求婚してきたり、よく分からない単語を矢継ぎ早に言われたり、シアンさんも大司教を殴ったっていう話であるし……いや、そう簡単に評価をしてはならない。個性的な人達だ。領民を悪く言ってはならない……」
「無理しなくていいですよ」

 シアンは言動の問題ではなく、大司教を殴って飛ばされたこと。
 オーキッドは黒魔術に傾倒していたこと。なお、見た目と言動が怪しいだけで割と善良だ。
 アイボリーは怪我を治すのが好きすぎて怪我を見ると興奮し、医術業を除名処分になりかけたこと。数年経たないと都市に戻れないため渋々いる優秀な医師ではある。
 カーキーは女性に手を出しすぎてシキに来たこと。馬鹿ではあるが悪い奴ではない。相手がNoと言えばひくし。
 アプリコットはただの中二病患者であるので放っておけば問題ない。魔法が実際にあるので実力のある中二病患者という割と厄介なタイプだが。
 ともかく、色々と問題があった人間に出会ったヴァイオレットさん。濃い面子に囲まれて疲れもするだろう。学園で親しかったであろう攻略対象ヒーローの面子も濃いが、違うベクトルの濃さだろう。

「あと、あの変な人型の金属の塊みたいなのはなんであったのだ……?」
「ロボですよ。子供に大人気です」
「いや、あれは絶対にそれだけで済ましていいモノではない。というよりロボとはなんだ」

 ロボはロボです。中に人は居ますが、ただの恥ずかしがり屋なだけなんです。重い荷物を持ったり木の伐採の際には町のお年寄りにも大人気なロボさんです。本名はブロンドっていいますが、ロボです。
 ちなみにこの世界では機械とかは失われたロスト古代技術テクノロジーだったりする。どういう理屈で動いているか解明されていないらしい。

「と、そういえばこんな時間ですね。ヴァイオレットさん、夕食を作りますがなにか希望はありますか? 色々貰ったんである程度は対応できますよ」

 ふと時刻を見れば18時であった。今から夕食準備などをしていては少々遅くなるかもしれないが、作らなければ食べることも出来ない。
 俺はコーヒーを飲み干し、先にグレイに運ばせておいた結婚祝いと言われ、色々と渡された野菜や肉などがある厨房に向かおうとする。

「そうだな、食べやすいモノを……って、クロ殿が作るのか?」
「ええ。グレイも今いませんし、当番今日俺ですし」

 ちなみにグレイは今“色々と元気になる食べ物”をこっそり忍ばせておいた色情魔カーキーに対して返品しに行っている。アイツは今度殴る。

「他に料理をする者は……居ないのだったな。二人しかいないと聞いていた」

 平民にとっては料理をするのは当たり前であるが、貴族はあまり料理をしない。
 男爵家でも雇った者に作らせるのが基本であるし、料理をする者は基本として待遇は良くない。王宮料理人レベルだと話は別だが、貴族にとっては使用人Aレベルである。
 だがこの屋敷では俺とグレイの当番制である。前世の21世紀の庶民の感覚が染みついていたので、料理をしない価値観はあまり合わなかった。おかげで親にはいい顔をされなかったけど。

「ともかく食べやすいモノですね。貰ったヤツに大葉とオクラとミョウガがあったから……トマトと混ぜてサラダを作って……」

 ヴァイオレットさんの口に合うかは分からないが、できるだけ美味しいモノを作ろう。正直俺に料理の腕前はそれなりにしか作れないレベルなのだが、シキの野菜は美味しいし、大丈夫だ。……大丈夫のはずだ!

「クロ殿」
「はい?」

 今日使う野菜を選んでいると、飲み終わった紅茶をテーブルに置き、ヴァイオレットさんが話しかけて来た。手を止めようとしたが、そのままでいいと言われたので失礼ではあるが準備をしながら会話をする。

「このシキという所は不思議な場所だな」
「そうですね」
「否定はしないのか」

 不思議と言うか変わっていると思うけど。
 とは言え人なんて誰もかれもが変で不思議なんだ。的な言葉を聞いたことがあるし、そこを否定しても意味がないだろう。

「でも、不思議とはどういう所がですか?」
「いや、なんというかだな。変わ……個性的な領民も居たが」

 無理しなくていいです。変わった領民で良いですよ。

「領民の殆どがクロ殿と私の婚姻を祝福してくれていてな。不思議なものだ。私自身がなにかをしたという訳でもないのに、だ。こんなに人に祝われるなんて……殿下との婚姻が決まった時以来かもしれん」

 ヴァイオレットさんは何処か悲しそうに呟いたが、自身の発言が良くないものと思ったのかすぐに首を振って気持ちを切り替えようとしていた。

「いや、失礼した。ともかく、様々な噂は聞いていたが、悪い地ではないと思った」
「無理しなくていいですよ」
「領主としてその発言はどうかと思うぞ、クロ殿」

 俺も今では悪い場所とは思わず、良い所だと言えないこともないとは思う。だけど、慣れるのは時間がかかると思うんです。

「色んな人が居て、本当に……」

 ……もしかしたら、なにか別の事を思い出しているのだろうか。
 ないとは思いたいが、多くの人と出会うことで学園での事を連想し、それを振り切るために自身に「ここは良い土地だ」と言い聞かせているのでなければ良いけれど。
 どう声をかけて良いか悩んでいると、グレイが屋敷に帰ってきた。……って、あれ。グレイはアレを返しに行ったはずなのに、何故荷物を持っているのだろう。いや、大きさが違うから別の物だろうか。

「クロ様、カーキー様に食べ物を返しに行ったところ、代わりにと渡されたものがあるのですが。こちらはどうしましょうか」
「捨ててきなさい」

 見る前から碌なモノでないと分かる代物であった。やっぱりアイツは今度殴る。

「クロ殿、人の厚意を無碍にするものではないぞ。祝いの品なのだ、見ずに捨てるのはひどい……なんだこれは。本か? 表紙が塗りつぶされているが、これは一体……?」
「そうなんですよね。帰ってから開くようにと言われたので中身まではわたくしめも知らないのですが。聞く所によると新婚夫婦の夜にはちょうど良いと――」

 俺は料理を放棄してその本を二人から奪った。
 よし、今からアイツを殴りに行こう。





備考:途中に出てくる名前の方々は、現在は黒魔術師、変態医者、変態、中二病、ロボ程度の認識で大丈夫です。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品